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エピローグ/どこかの昏い部屋

 その、人の上半身を模したような、焼けただれた金属と肉の塊は、道行く人々の通行のじゃまだったのか、気を利かせた誰かが引きずり寄せたのだろう。見知らぬ誰かの家の壁に寄せ置かれていた。


 中折れ帽を被り身なりの良いスーツを着た背の低い男が、それに近づく。手には革のバッグと、分厚い茶封筒を持っている。

 片目が不自由らしい、眼帯の男だ。眼帯の男は寄せ置かれた塊に、静かに片目をつぶり、帽子を脱いで胸に当てる。

「任務とは言えあんたとの生活は、なかなかに面白いものだった。あの世でも元気でな。ハカセ」


 眼帯の男はそう言うと、背筋を伸ばして颯爽と、その場を去っていった。




 冒険者ギルドは、立地の治安上の問題もあり、日暮れとともに営業を終了する。

 外に立っていたグラッジが、建物の中に呼びかける。

「日暮れだ!」



「おつかれー」


「おつかれさん」


「おつかれさまー」


「今日もお疲れ」



 職員たちは一斉に帰り支度を始める。フワフワのブラウスとスカート姿のミッちゃんは、すばやく受付に営業終了の札を立てる。

 そして横歩きに、買取カウンターにも終了の立て札を置いた。

 買い取りを待っていた革鎧の男が、抗議の声を上げる。

「ちょっと!」


「番号札を持ったまま、朝一番にお越しください」


 ミッちゃんは華やかな営業スマイルを向けて、すばやくその場を離れた。

 グラッジと棍棒男が、食い下がる革鎧の男を乱暴に押し出していくのが見えた。



 経理の小太りがにこやかに、気安く話しかけてくる。

「いやあー、結局出向のかたは戻りませんでしたなあ。やはりこのならず者相手の仕事、タワーのような立派な場所の、お高く止まった方には荷が重いのかもしれませんな」


「…はあ」


「その点、生粋のギルド長どのは、気前も良いし私らのことをよく気にかけてくださる。率先して声をかけアドバイスをしてくださる、リーダーの鏡ですな。優秀なんでしょうなあ」


 せせら笑いで腕を組んでいるギルド長を思い出し、ミッちゃんはうそ寒くなった。



「ギルド長も出かけたまま、戻ってきていないようですよ」


 目立たない男が近寄って、助け舟を出す。

 経理の小太りはやましいことをしていたようにビクリとして、声を裏返す。

「ひ、いやっ!火事、そう火事の視察に行ったのでしょう!お忙しいことですな!」


 いそいそと離れていった。



「じゃあ、行こうか」


 目立たない男はミッちゃんに手を差し出す。ミッちゃんも、固くなった表情を和らげて、その手を取った。

「…そうね」




「…ほんとうざったい!あの手の人って、近くに来られるだけでゾッとするのよ!」


 夜のスラムを、二人は歩く。

 目立たない男は、短く答えた。

「…そうだね」


 ミッちゃんは呟く。

「…息が詰まるわ」



 しばらく二人は、無言で歩く。日が暮れたとは言え、ランタンやカンテラを持った人たちが、まばらに歩いている。



 向こうから、中折れ帽の男が歩いてくる。身なりの良い、眼帯の男だ。手に持った革のバッグと茶封筒を、道の脇にある樽に無造作に置き、そのまま目も合わせずに歩き去る。

 二人がそれに近づく前に、手癖の悪い男が革のバッグを持ち去ろうとした。


 ミッちゃんは駆け寄り、無造作に手癖の悪い男の腕を取り、捻り上げる。

 悲鳴を上げた男の足を払い、倒れ伏した男の腕を、更に捻り上げる。腕はミシミシと音を立てた。

 男はギャアと絶叫する。

 ミッちゃんが手を離すと、手癖の悪い男は革のバッグを置いて、腕をだらんとさせたまま、よたよたと暗闇に消えた。


 目立たない男は革のバッグを持ち、ミッちゃんは茶封筒を持った。


 通りを外れた暗闇を、明かりも付けずに二人は歩く。別の路地に無造作に入ったり、わざわざ遠回りをするかのように二人は歩いた。




 たどり着いたのは不法港だ。二人は不法港の灯台の前で、挨拶をして別れる。


「じゃあ」


「また明日」




 ミッちゃんは灯台小屋のドアを、まるで打楽器のように複雑にノックする。

 鍵が開き、大柄の筋肉質な灯台守の男が顔を見せる。壮年をすぎて老境に差し掛かったような男だ。


「…使うのか?」


「おねがい」



 灯台守の男は灯台へと向かう。ミッちゃんは扉に鍵をかけ、床の敷物をめくる。そこには鉄扉が隠されていた。

 鉄扉を開け、細い階段を降りるとすぐに小部屋がある。しばらくするとなにかの駆動音とともに、部屋にパッと明かりが灯った。



 そこにはなにかの装置が置かれていた。机と椅子、不思議な明かり、何かの装置以外にはなにもない。殺風景な部屋だ。



 ミッちゃんは茶封筒から書類の束を取り出し、さっと一読する。そして椅子に腰掛け、装置に取り付けられた、バネ付きのレバーを操作する。


 レバーが電極に触れると、装置からわずかに音がする。ミッちゃんは複雑に、その音を鳴らし続けた。




 長音。単音。無音。それは三つの組み合わせだった。それは組み合わせによって、なにかの意味を持つかのようだった。




 ミッちゃんは、硬い表情でレバーを操作し、その音を鳴らし続けた。




 ずっとずっと、鳴らし続けた。

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