必殺圏内での戦い
(まずい、マズい不味いぞ)
男を焦燥感が貫く。
(高所の有利を捨ててまで接近、そしてこの余裕。必殺攻撃の間合いを取られたか…?相手の必殺圏。ひと仕事終えたはずが、一気に死地に落とされた)
(完全なる奇襲…気を抜いた?いや、結果は変わらん。…情報不足だった?いや、人事は尽くした)
(上空からの奇襲、上にこいつを落とした何かがいる…空から監視されていた?)
(狩りへの妨害はなかった。この地の勢力の味方ではない)
(こいつはなんだ?間抜けな調子で話しかけた?)
(交渉を望んでいるのか?これだけの優位を取ってなぜ?理由は?)
(上空からならばハイランダーの機械?だが奴らの機械は直感的な形をしている。これはもう、なんなのかさっぱりわからない。スイッチも画面も計器もないたまご型の機械、意図がわからん)
(最悪なのは、ケイオスのさまよう怪異)
(返答を要求し、答えると攻撃するタイプの怪異か?妖怪のように。それともただ気まぐれに、犠牲者を愉悦でなぶるサディストか?)
(もしこいつがハイランダーの機械なら、交渉の余地はあるはず。この期を狙って降りて来たならば、目的はこの極大魔石が有力。魔石の破損を警戒して接近した?)
(魔石を盾にするか?否、空を取られているならば離脱は非現実的。そもそもハイランダーに敵対など、無謀もいいところ)
(魔石を渡して、情報を引き出し、次につなぐのが落とし所か)
(ケイオスの怪異なら?)
(まだ攻撃条件が成立していないかもしれない。ひとまず直接の返答は避けたほうがいい。関わりを作らぬよう距離を取り、背を向けて逃げるしかないな)
(相手が攻撃の意思をもてば即座に死ぬ。返答をそらしつつ、交渉の意図を示す。相手の支配欲を煽らぬよう、譲歩を示し、情報を引き出す)
(…ままよ!)
振り返った男はたまごの問いかけに対して一瞬怪訝そうな顔をしたが、たまごをねめつけながらも先立って名乗りを上げる。
「俺の名は無敵丸」
「我神一刀、無敵丸だ」
男は不敵な表情で、無精髭の生えた顎をなでつけた。
(いい人そう)
たまごは思った。
「あんなー」
たまごはもじもじしたあと、声を上げた。
「お肉ちょうだい」
無敵丸の背筋が凍る。
(…人喰い!)
(ケイオスの怪異か!くそっ。肯定は死!)
「俺の肉は、俺のものだ」
「そっかー」
たまごはしょんぼりした。
無敵丸は目線をそらして背を向けると、さりげなく刀と宝玉を拾い、刀を腰におさめる。そして静かに立ち去ろうとした。
「…あっ、えー、お疑いもごもっともでございますな」
たまごは突然、流暢にしゃべりだした。
「お控えなすって、お控えなすって。申し遅れやんした。あっしは決して怪しいもんじゃあござんせん。見ての通りの、ただの丸いもんでございます」
「生まれも育ちも宇宙の彼方、根っから根無しのさすらいもん、しがないたまごでございます」
「親分さんにおかれましては、見たところ御荷物に少々難儀していらっしゃるご様子」
「根っから根無しの無宿者ではございますが、こちとら根っから生まれついてのおせっかい」
「ねえコンピューター、これ、ねっからねっからクドくない?」
「…はい。すいません。わかった。ごめんなさい」
「うしの肉運ぶからうしの肉ちょうだい」
たまごは得意げに言った。
(わけがわからん)
頭痛がしそうだ。無敵丸は混乱し、足を止めてしまった。
(目的は牛の肉?牛っちゃー牛だが…食うのか?…味は?)
(こんなもん俺が消えたら勝手に持っていけばいいだろうが。なのになぜ降りてきた?どこかと会話…交信している?)
(ケイオスの怪異かも否定できんが…情報が足りない。情報を引き出すんだ。体制を立て直す)
「…なぜそんなことを俺に言う?」
「あんなー」
「わたし他の宇宙から来たんだけど」
「バイオマスがほしいんだよ」
「人の体つくりたいんだ」
「これだとやっぱり怪しまれるし」
「狩りを上で見ててー」
「人手がずいぶん減ったから」
「あっチャンスだ、と思って」
「落ちてきた」
たまごは無い胸を張った。
「そんでー」
「代わりに運ぶから」
「分け前に牛のお肉ちょうだい」
「労働の対価?」
「待て、まてまて!」
おっとりとまくしたてるたまごを、無敵丸は制止する。
「なあに?」
無敵丸は額に手をやった。今度こそ頭痛だ。
(雑…!)
(情報の出し方が雑!)