インテグレイト
銀貨を取った虚弱そうな男を、近くにいた強面の男が蹴り上げる。
うずくまってえづく虚弱そうな男の握った手をこじ開けて、強面の男は銀貨を奪った。
決着に大きな歓声は無く、ただざわめきだけが広がっていく。
個人同士で握った掛け金のやり取りをしたり、しらばっくれて掴み合いになったりしているようだ。
無敵丸は大きく息を吐いて、鞘に刀を収める。
「終了。おつかれさん」
ざわめきの中から「おつかれー」だの「お疲れ様です」だの言う声が帰ってくる。
「コアたまごもお疲れ」
ナノテックレジャーシートにぺたんと座ったままのコアたまごは、弁当箱の蓋についたバナナペーストを、ペロペロ舐めながら言った。
「まだだよ、ムッチー」
『【粉微塵】を、逆転』
魔石入りの鉄仮面が、首が空に浮き上がる。気づいた観客達が悲鳴を上げ始めた。
鉄仮面の下に、エネルギーと大気中の何らかの成分が集まっていく。
まずはその成分が集まって、胴体が構築された。それは白いパテのようなもので出来ており、胸や腰の区切りのない、とってつけたような円柱だった。
胴体の底面からは細い二本の円柱が伸びていく。関節もかかともつま先もないそれは、地面につくと構成を止めた。
そして肩に当たる部分からも、細い二本の円柱が伸びていく。それは下ではなく、前に向かって伸びていく。手を突き出しているような円柱だ。
棒人形。『粉微塵』は今や、人である箇所はどこにもなかった。
無敵丸は隠しに手を突っ込んでハンドブラスターを抜いた。そして横に走りながら、鉄仮面に向けて何発も発砲する。
『粉微塵』の突き出した、手の柱の先に、円盤状の力場が宿る。『盾』のマギウススペルだ。放ったプロジェクタイルはすべて、『盾』に弾かれて跳弾した。
球切れと見るや、『粉微塵』の突き出した柱に緑の光が灯る。こんどこそ無敵丸を粉微塵にするつもりだ。
鉄仮面を横殴りに、狙撃がガツンと殴りつける。追って遠くから破裂音が聞こえてきた。
体勢を崩すあいだに、無敵丸は観客達の人垣に紛れてしまった。
『粉微塵』は気にもとめずに、緑の光弾を突き出た柱から連続発射する。
光を浴びた人々は次々と粉微塵になって、消えていった。
「うわぁ!!撃ってきた!!」「やばいってこれ!!」「逃げろ!!逃げろ!!」
観客の人々は、散り散りに逃げ始めた。這うようによたよたと逃げる虚弱そうな男もいる。
この場にいるのは、『粉微塵』とコアたまごだけになった。
『粉微塵』は、コアたまごに告げる。
『…食事も終わったようだな。座興も終わりだ。さあ、銀色の化け物よ、貴様を粉微塵にする時が来たぞ』
コアたまごが弁当箱をタレットくんにしまいながら言う。
「わたしはコアたまご」
『粉微塵』は、言った。
『それは失礼。コアたまごを粉微塵にするとしよう』
「わかればいいの」
タレットくんがトロトロと、銃口を『粉微塵』に向けたまま、コアたまごと『粉微塵』の間に入ろうとする。
コアたまごはそれを手で制し、自分の胸の上からコンピューターをベリっと剥がす。
«マスター…»
そして、タレットくんの上にコンピューターを、ベタッと貼り付けた。
«マスター!»
「タレットくんとコンピューターは、下がってて」
«お待ち下さい、マスター!»
コンピューターが、コアたまごを押し止めようと、声を上げる。
«あのあの、これじゃあ前が見えません!»
«偏光パネルで隠れてますけど、前にカメラアイが付いてるんです!上しか見えません!»
「君たちを巻き込むわけには…いかない!」
コアたまごは、キメ顔で言った。
«マスター、貼り直してください!…タレットくん?ちょっと前倒しになって?…え?嫌?»
コアたまごはタレットくんの胴体に、コンピューターを貼り直す。
「損害を…一千万クレジット増やすわけには…いかない!」
コアたまごはキメ顔で、ちょっとポーズを付けて言う。
«マスター、タレットくんの分も計算してください»
タレットくんも頭と胴体を、同じ方向にキュイイと回す。
«まわるー»
「おいくらまんクレジット?」
«そうですねえ、五千万ぐらいですかねえ»
「六千万クレジットを、壊すわけにはいかない!」
タレットくんが、トロトロとその場を離れる。
『別れは済んだようだな。コアたまごよ。粉微塵になる準備はできたか』
「どうぞー」
コアたまごは両手をダラっと上げてしなをつくり、『粉微塵』に向き直る。
『粉微塵』が突き出した柱の先で、緑の光球が膨れ上がる。力を溜めた、渾身の一撃だ。
『…ああ、やっとだ。これで私は救われる。私を取り囲み、苛むすべての正しさに、私自身の正しさも溶け込めるのだ。もう正しさが私を苛むことなどないのだ』
『砕け散れ、コアたまごよ』
『粉微塵』から、膨れ上がった光球が放たれる。それは仁王立ちしたコアたまごに吸い込まれるように、コアたまごの肉体を粉微塵にして、消えた。




