サムライ・ショウダウン
(さて、殺気を消したおかげで、なんとかターゲットから外れたようだが)
ゆったりと、あぐらをかいたままの無敵丸は考える。
(正直なところ、このままコアたまごに押しつけるか、コアたまごを囮にして戦いたいがな。…『粉微塵』だったか?こいつより遥かに厄介な存在が、このコアたまごだ)
(まあ、殺るしか無いな。とにかくこの、無防備状態をなんとかせんと…)
その時、マギウス通信が無敵丸の鼓膜を揺らした。
『大将、射線確保しました。いつでもいけます。上空に超力兵が来る前に頼みますよ』
『…待て』
咄嗟に咎める声が上がった。鉄仮面が無敵丸をねめつけるように動く。奥底の光が揺らめいた。
『そこ、何を話している。マギウス通信の流れが見えるぞ』
無敵丸は肩をすくめて見せる。
「仕事の話だよ」
『粉微塵』はそれを聞いて、こころもちしみじみと言う。
『そうか…正しいこととは言え、くつろぎの食事時にご苦労なことだ』
(正しさ、か。このこだわりを、ほじくり返していくか)
無敵丸は、静かに覚悟を決めた。
「コアたまご。麸…天ぷらをもっとくれ」
「はい」
コアたまごはスプーンで掬って渡す。
「気に入った?」
「懐かしい味ではあるよ」
無敵丸はそれを噛んで飲み込み、『粉微塵』のほうを向いた。
「あんた、名はなんと言ったかな」
『アイアーム ディスインテグレート!』
『粉微塵』は左手の親指で、自分をビシッと指し示す。
「『粉微塵』、俺と勝負しないか?正々堂々、インチキなしの正式な決闘だ」
『ほう?』
『粉微塵』は興味を示したようだったが、鉄仮面でかぶりをふる。
『私には、貴様と戦う理由がない。戦う正しさがないのだ。巻き込まれたくなければ、どこへなりとも消え失せろ』
(俺が首を斬っただろうが!記憶が飛んでるのか?)
無敵丸は顔をしかめる。だが遠慮なく立ち上がり、近接刀に手をかけた。
「いいや、正しいね。これは実に正しい戦いだ。これこそ万人が認める正しさというものだ」
無敵丸は首を傾げて、ニヤリと笑う。
「俺の刀とお前のマギウス、どっちが速いか試してみようぜ」
周りにはいつのまにか、遠巻きに見物人の人垣が出来ている。周りの喧騒が聞こえてくる。
「何なに!?」
「黒衣の剣士が子供をかばって、鉄仮面の化け物と戦ってるんだって!」
『それは正しくない』
『粉微塵』は、呟く。
「あの化け物の姿!ケイオスの怪異というやつじゃないのか!?」
「怖いわねぇー!人間の国に入り込んでくるなんて!」
『その認識は正しくない』
『粉微塵』は、呟く。
「で、どうなんだ?俺の刀より速く、詠唱できる自信がないか?」
無敵丸は『粉微塵』に、返答を急かす。
『ふん』
(『観客の中に、高レベルマギウス使いが、二人。仕込んできたか』)
周囲を探り、『粉微塵』は答えた。
『私の粉微塵は、今や私自身の能力だ。詠唱など必要ない。それでもその刀一本だけで、勝てると見込んだか?』
「そうかい。そいつや鍛えたもんだな」
無敵丸のさりげない返答に、わずかに言葉に詰まる。
『…鍛えてなどいない』
「自信がないか」
『…その挑発に、乗ってやろう。ここまでくれば、後には引けないのが正しさというものだ』
「よし、決まりだ」
無敵丸は突然、大声で観客達に呼びかけた。
「おい、お前ら。聞け!!」
黒装束の隠しから大銀貨を取り出して、掲げてみせる。
「この大銀貨を投げて、地面に落ちた瞬間が、この決闘の始まりだ!!」
「それまでは一歩も動かず、武器にも触れない!マギウスの準備もしない!!」
「これが決闘のルールだ!!」
「いいぞ!!」「早く始めろ!!」「だれか胴元しろよ!」
観客達がガヤガヤと答える。
無敵丸は続ける。
「こいつは、立会人もいない決闘だ!ルールを守らせるやつなどいない!!」
「すなわち!ルールを守らせるものは、約束と、誇りだけだ!!」
「そんなもん、この街にはねえよ!」
誰かが茶々を入れる。ゲラゲラと笑い声が起こった。
「約束を守ることが出来ないのは、そうしないとこの街では生きていけないからだ!!」
無敵丸のよく通る声に、笑い声がスッと止む。
「約束は、正しさだ!正しさは、強くなければ守れない!!」
「そしてこいつは、強さを競う決闘だ!!」
「つまり、この決闘のルールを守れないやつは、これから一生」
「正しさも誇りも強さもない、インチキ野郎だ!!」
観客が調子づいて返す。
「おお!」「おう!そうだ!」「早く始めろ!!」「約束破りは、ゲス野郎だ!」
「どう言い逃れようが、言い繕おうが、擁護をつけようが、償いをしようが、そいつは一生、クソ野郎だ!!」
「いいぞ!!」「早くやれよ!!」「守れないやつは弱いやつだ!」「ずっと言いふらしてやるよ!」
無敵丸は、『粉微塵』に向き直る。
「と、いうルールでどうだ?」
『べらべらとよく、口が回るものだ』
『粉微塵』は心持ち愉快そうな声で答える。
『名を聞いておこう』
(ん?)
無敵丸は少し疑問に思う。
「我神一刀、無敵丸だ」
『よかろう無敵丸。だが覚えておけ。先に横紙破りをするものに、私はルールを破る躊躇はないぞ』
コアたまごはこの様子を、ぺたんと座ったまま目をキラキラしながら眺めていた。そして肉のペーストを、すくって食べた。
「よし。ならば、行くぞ!」
無敵丸は、大銀貨を親指に乗せて弾いた。
大銀貨は、高く、とても高く舞った。




