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世界の合言葉は森

 遥か遠くに、雷鳴が響く。

 『レガシーキューブ』が厚い雲を抜けると、モニター化させた床面には広大な森が広がっていた。鬱蒼(うっそう)と繁る、暗い森だ。


 «ここならばバイオマスの採集も容易でしょう。動物性バイオマスを光学検索、ピックアップ»


 床をコロコロ転がるコンピューターがそう言うと、森の各所をサジェストしたウィンドウ画面が、床にいくつも浮き上がる。


「それでコンピューター、結局バイオマスってなに採ればいいの」


 «お肉ですね»


「うん、はなからそう言ってほしかった感がある?」


 «マスターが当惑してまごついている姿を見ると、わたくしの中に喜びの気持ちが湧き上がることを発見したのです»


「そういう概念は、わからないまま眠らせておいて?」



 コンピューターは知らんぷりしながら、ひとつのウィンドウに注目する。

 «あれは原住民ですね»


「原住民かー」




 そこには知的生命体の一団が映し出されていた。

 お国の基準で言えば子供程度の体格だ。全身をシワの寄った緑の体皮に覆われ、粗末な貫頭衣や腰巻きをつけている。耳や鼻は尖り、体毛は少ない。


 «想定よりも文明レベルが低いかな?どうやら狩猟を行うようですね»


 自然素材で作られた弾性式プロジェクタイル(飛翔体)投射機や、陸戦部隊が使用するような槍を持ち、六人ほどの原住民が隊列を組みながら、木々をぬうようにゆっくりと森を進んでいた。


「そこの大きな動物を狩るのかな?あれはなんだろう」


 «データ照合…アーカイブ検索…牛ですね»


「うしかー」


 «だいたい牛です»


 ウィンドウの一つにはその牛が映っている。低木をなぎ倒しながら原住民の方に悠然(ゆうぜん)と進んでいく。このままならば原住民と接触するだろう。


「じゃあ狩りが終わったら、交渉してお肉を分けてもらおうかな」


 «独自の採取はなさらないのですか?»


「ここにあるバイオマスは、すべてこの惑星のリソース(資源)だ。略奪行為は避けたい。せめて現地の責任者に確認を取り、その上で交渉を行なおう」


 «マスターがそうおっしゃるのでしたら支持いたします。…そろそろ狩りが始まりますね»




 地響きと木々をへし折る音が近づいてくる。その音に原住民たちはおののき、武器を握りしめた。尖った鼻をつたって汗がしたたり落ちる。

 原住民たちの顔に浮かぶ表情は、狩人のものではない。


 それは絶望の表情だった。



 木々を窮屈そうにかき分けへし折りながら、その怪物が現れる。



 巨大で屈強な、四足の獣だ。

 筋肉質な足に支えられた胴は太く、光沢のある青銅色の肌は、生物らしからぬ硬度があるように見える。

 二本の角を持つ頭部、紅く輝くふたつの魔眼が原住民たちをねめつけた。



 そしてその怪物は大きく息を吸い込んだ。

 すっかり腰が引けた原住民たちは、恐怖の張り付いた顔で何かを叫ぼうとした。



 怪物が大きく吐き出した白い蒸気が、またたく間に周囲と原住民たちを巻き込む。



 もうもうと、蒸気が立ち込める。

 やがてその霧は薄れ、蒸気の噴出を受けた原住民たちの姿が見えてきた。



 そこにあったのは石像だった。

 恐怖の張り付いた顔で何かを叫ぼうとしている、六体の石像であった。



 四足の怪物はそれを一瞥し、首を傾げて口元を歪めた。さあ、食事の時間だ。怪物はよだれを撒き散らしながら、歓喜の咆哮を上げる。

 巨体に似合わぬ俊敏さで、手近な一体へ飛びかかり、ガリリとかぶりついた。




「あーあ、原住民まけちゃった」


 たまごは残念そうに言う。

「これでは現地の責任者にお肉を分けてもらうことが出来なくなる。わりとピンチ」


 «ご安心ください、マスター»


 コンピューターはなだめるように言う。


「どうして?」


 «まだ、いますよ»


 バリボリ、バリボリと、うまそうに石像を咀嚼し、次々と腹に収めた怪物は、ゆったりと最後の一体にかぶりつく。

 その瞬間、怪物の横の茂みががさり、と音を立てた。




 銀光が、怪物を切り裂く。

 茂みから飛び出した黒影の一撃は、怪物の首を深々と切り裂いた。


 怪物はよろめき、吠え声を上げようとする。煩わしそうに口に詰まった石像の、噛み砕いた破片を吐き散らした。


 首からは怪物の鼓動に合わせ、血液がビュッ、ビュッと吹き出している。


 黒影が目の前を挑発的に横切る。

 逆側に回り込もうとしている。怪物は石化蒸気を吐きつけるべく、大きく息を吸い込んだ。


 その時すでに黒影は、片手に握った小さな包みを鼻面に投げつけていた。キラキラと粉が舞い、大きく吸い込んだ息に乗って口と鼻に吸い込まれていく。


 怪物は大きく咳き込んだ。


 粉が鼻孔と喉を焼く。肺に入り込んだ粉が組織を侵し、激痛と溺水感を起こす。毒だ。


 黒影が木立を影に回り込むのを、怒れる怪物の魔眼が追う。逆への動きに首の傷口が裂け、メリメリと音を立てる。



 そのとき、魔眼が強く眩しい光を放った。


 周囲が帯電する。


 魔眼から放たれた破壊の光線。それが木々を薙ぎ、土砂を巻き上げる。



 だが光線は黒影を捉えない。黒影は死角へと走り、そして魔眼が黒影を追うと首の傷はさらに裂けた。


 回り込んだ黒影は、怪物の後ろ足を横薙ぎにする。

 分厚く硬い皮膚は骨まで切り裂かれ、自重で後ろ足はへし折れた。怪物は横倒しになる。

 苦しげに絞り出す咆哮。木々の葉片、葉や草花、土砂が舞った。




 血を失い、肺を焼かれ、苦しげにぜひぜひと息をする怪物の上に、黒影は立っていた。

 原住民に倍する身長の、全身黒装束のヒューマノイドだ。皮膚を全く露出せず、クロークフードを被り、反りの入った片刃の近接刀を持っている。

 そして顔は奇妙な仮面で覆われていた。局地装甲服を思わせるその意匠は、防疫・防ガスの機能を持っているようにも見える。仮面を通してくぐもった呼吸音が聞こえる。

 黒装束はひきつる怪物の顔を見下ろす。仮面越しのくぐもった声は、こうつぶやいた。



「所詮は畜生」



 怪物には人の言葉がわかる。怪物は高位の魔獣であり、高い知能があった。それをこの黒装束は下等な動物と嘲笑ったのだ。

 しかもこいつは卑劣な奇襲をしかけ、毒という姑息な手を使い、必殺の石化蒸気と魔眼を潰したのだ。貴様こそ正面から力を比べれば歯牙にもかからないような、矮小な存在ではないか!

 怪物は激昂した。



 黒装束は近接刀で、怪物の頚椎を刺し貫いた。




 たまごとコンピューターは、その様子を上から拡大で見ていた。

「あ、終わったね。かっこいー」


 «ずいぶん犠牲が出ましたねえ。これではマンパワーが足りず、獲物のすべては持って帰れないかもしれませんね»


「むふふふ、チャンスだね」


 «ぐふふふ、チャンスですね»


 たまごは高らかに宣言する。

「よし、今からちょっと行ってお肉を分けてもらってくる」


 «マスター、大丈夫ですか?»


「大丈夫だよ」


 コンピューターは心配げに言う。

 «マスターってコンピューターとしかお話したことのない、筋金入りの引きこもりじゃないですか。本当に大丈夫です?お話できます?»


「言い方ー」


 たまごは非難した。


「ハッチ開けるよ。コンピューターは退避」


 転がって台座を盾に回り込んだコンピューターは、軽く推進剤を吹かしゴンゴンと跳ねた。

 «お早いお帰りを»




 ハッチが開き、猛烈な気流が吹き込む。そこは空中だった。通路だったはずのそこは、どういう仕組みか今は外部につながっているのだ。

 たまごは気流に吹き飛ばされ、奥の壁にカンと跳ね、そのまま外に吸い出され、落下していった。




 死んだ魔獣の胸を切り開き、黒装束は全身血塗れになりながらもそれを取り出す。

 それは宝玉だ。人の頭ほどもある宝玉だ。それは自ら金色の光を放ち輝いている。



 黒装束は宝玉と近接刀を無造作に投げ捨て、鬱陶(うっとう)しそうに血塗れのクロークフードを脱ぎ捨てる。仮面を外し、それも捨てた。

 お国の人類と同じ人間だった。中年期を迎えた精悍な顔立ち、黒い瞳。短くざんばらな黒髪を後ろに流し、無精髭の顔は汗まみれだ。


 その男は大きく息を吸って、頬を膨らませて吐く。顔をしかめながら両手にはめた血塗れのグローブを外す。出てきた手のひらで汗を拭い、顎の無精髭をなでつける。




 彼は一息ついて血塗れの上着を脱ぎ捨てた。中に着ていた着流しを手でパタパタしながら、放り出した近接刀と宝玉に向かった。



 その時、それは天から降ってきた。



 空を切り裂き、男の背後になにかが落下する。そして地面に激突し、ポヨンと間抜けな音を立てた。

 男は凄惨な形相でふりむく。



 そこには大きなたまごがあった。奇妙な灰色のたまごだ。

 たまごは言った。



「あのー、すいませーん」



 男は戦慄した。

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