ジャスティスタワーの中で
「マーサ様!」
ジャスティスタワー中層には、諜報、治安維持を取り計らうひとつの部署がある。ジャスティスタワーの目的や性質上、さほど大きい部署ではない。
そこは特にこれと言った名前ではなく、『マーサの部署』、そう呼ばれていた。
マーサは、上品そうな老婦人だ。結い上げた白髪、黒を基調にした落ち着いた服装。モノクルをはめた彫りの深い顔は、意外なほど若々しく見える。
マーサの執務室に息せき切って駆け込んできたのは、眼鏡先輩だ。
「なんです、騒々しい。いついかなる時でも慎みを忘れてはいけないと、あれ程言っているでしょう」
マーサは書き物をしながら、眼鏡先輩に一瞥をくれる。
眼鏡先輩は息と姿勢を整える。落ち着いた、聞こえの良い声で話し始めた。
「マーサ様、純魔石兵が暴れています。登録スペルは『粉微塵』と思われます」
マーサの書き物が止まり、眼鏡先輩をじっと見つめる
「それはそれは。朗報ではないですか」
「…何をおっしゃいます、マーサ様」
眼鏡先輩の困惑に、マーサは深くため息をつく。
「ジャスティスタワーの本分を、忘れてはなりませんよ。我々の本分は?」
「…この惑星の防衛です」
「そう」
マーサは、未練がましい顔をする眼鏡先輩をねめつける。
「我々は、あくまで地球防衛軍。地表勢力の小競り合いなど、捨て置きなさい」
「魔石兵技術、『粉微塵』の流出、あるいは独自の開発でしょうか。実に結構なこと。地球の戦力が、『粉微塵』の火力を運用出来るレベルまで達した。素晴らしいことではありませんか」
「これでハイランダーに対する勢力均衡に、一歩近づいたというものです。結局の所、射程まで接近する前に蒸発してしまうのでしょうけど」
「我々が囲い込んでいる『次元マギウス』使い、彼らの言う『ジョウンター』あってこその火力です。しかしこれはゲリラ戦と同義」
「我々とハイランダーとの勢力均衡など程遠い。そうなるように地球を導くのが我々の仕事でしょう。『粉微塵』、魔石兵技術、ぜひとも持ち帰ってもらわねば」
「きっと魔王様もお喜びになる」
マーサはおだやかで優しげな顔で、天井を見上げた。
「マーサ様、ハイランダーにも匹敵するかもしれない戦力の持ち主が、街に紛れ込んでいます」
眼鏡先輩は苦々しげに言う。言いたくはないが、報告義務がある。
「魔石兵の狙いは、彼女です。私に交戦許可を」
マーサは興味深げに、眼鏡先輩を見る。
「なりません」
「マーサ様!」
「タワーの人間が出しゃばっては、人々のためにもタワーのためにもなりません。タワーが人々に関われば関わるだけ、タワーの動きは鈍くなる」
「しかし!」
なおも食い下がる眼鏡先輩の形相に、マーサは軽くため息を付いた。
「…下の街に言って、超力兵団を出してもらいましょう。治安維持活動が終わったら、そのあなたがご執心の存在の、継続調査を許します」
眼鏡先輩は、なおも煮え切らない表情を見せる。
マーサは少し苛立つ。
「なんです?」
眼鏡先輩は、心情を吐露する。
「私が、守らないといけないのです」
「どうして?」
眼鏡先輩は覚悟を決めて、答えた。
「…私、ママになったんです」
マーサは考え込むように目をつぶってペンを置いた。
執務机から立ち上がり、しずしずと眼鏡先輩に歩み寄る。
マーサは眼鏡先輩の両手を取り、言った。
「おめでとう」
「違うんです!!」
(※1)地球:「かぶったー!」(顔を覆う)«かぶってしまいました…»(悲しげ)




