科学者はくじけない
「ワシの負けじゃな」
ゴトンと落ちたドクター・ダイナモの上半身は、ちょうど断面を下にして、傾いで座る。
「…頑丈だな、ドクター」
無敵丸は気安く声をかけながらも、近接刀は構えたままだ。
「そうでもないさ、ヘンヴィ。ワシもここまでのようじゃな」
断面からは透明な作動油と赤黒い血液が、混じり合って吹き出している。内蔵ダイナモは停止し、もはや稼動していない。
「…心残りがひとつある。マジックジャー機械のことじゃ。これは世に出すにはあまりに危険な機械なのじゃよ。ハイランダーの言う通り、厳重に管理されて運用されるべき機械じゃ」
ドクター・ダイナモは落ち着き払った声で、殊勝に言う。
「それでな?ワシが息絶える前に、マジックジャー機械の処理をしたいんじゃよ」
「管理が行き届かないなら、この機械は人類の未来にとって禍根を残す事になりかねんのじゃ。わかるな?ヘンヴィよ」
「まあな」
「そこでこれじゃよ」
ドクター・ダイナモは、羽織った白衣の内ポケットを探る。取り出したのは、使い捨ての散弾発射筒だ。
近接刀をカチャリと鳴らし、殺気を飛ばす無敵丸に、ドクター・ダイナモは諌めるように言う。
「まあ待て。今更君に向かって使ったりはせんよ。これによって単純な仕組みをな?動かすことが出来るのじゃ」
「すると、このマジックジャー機械を、崩壊に導くことが出来る。便利なものじゃろう?」
「…どうだね?ヘンヴィ。見てみたくはないかね?破滅の未来が変わる瞬間を」
「事態を招いたこの老人が、心を入れ替え、世界を脅かす研究を抹消する。今際の際の足掻きをな」
「装置とは、機械の噛み合いだけではない。空を伝う装置、概念の装置。まこと装置とは奥の深いものじゃ。装置と向き合い、装置になりはて、空に組み上げた装置とともに死ぬ。まあ、こうしてみれば悪くない」
「撃っても良いかね?」
「…どうぞ」
無敵丸はためらいながらも、答える。
「ありがとう」
ドクター・ダイナモは狙いをつけ、遠慮なく散弾筒から伸びるワイヤーを引き絞る。派手な破裂音とともに無数の散弾が、狙った箇所を穴だらけにした。
そこにあったのは、金属の缶だ。人の胸元まである大きさの大きな筒状の缶だ。部屋の隅に何本も立ち並ぶ、管で繋がり機械の一部となっている、何かの入った金属の缶だ。
「燃料の、揮発油じゃよ」
「くそじじい!!!」
無敵丸はあわてて壁の穴に向かう。
「自爆装置じゃ!!!」
ドクター・ダイナモのはしゃぎ声とともに、炎は膨れ上がり、部屋は爆炎に満たされた。
スラムで起きた爆発と火災は、人々の強い関心を呼ぶ。野次馬たちが遠巻きに、炎を眺める。
近くの住人はそれどころではない。少ない家財をまとめて、行くあてもなく逃げ出すしか無い。
あえて踏み込む人間もいる。火事場泥棒だ。炎の様子を眺めながらも、空の家屋を物色する。
「いやっ、何?」
「うわっ」
無残なそれを見た人々は、興味や救護精神よりも、まず嫌悪感をあらわにする。近付こうとも関わろうともせず、ただその場を離れていく。
それは、人間の上半身のような形をしていた。
焼けただれた二本の腕で地面を這いずり、焦げた機械の胴体のようなものからわずかに流れる赤黒い液体が、地面にきたない跡をつける。
焼けた衣服は残骸となって張り付き、毛髪も燃え落ちて、顔も同じように焼けただれていた。
ドクター・ダイナモは、燃料も血液も失い、今やマギウスバッテリーだけで可動していた。
「…科学者は、くじけない、諦めない…」
機械の稼働音とともに、焼けただれた二本の腕は、ゆっくりとその体を前に運び続ける。
「…まだじゃ、まだ終わりではない…ワシを貶め、辱めた…すべてに目にもの見せてやるためには…」
ずりり…ずりりと、ドクター・ダイナモは進む。
「…力は…宿りつつあるのだ…頭脳に…魂に…もう少し…もう少しですべて…」
「大丈夫です?」
声がかかる。ドクター・ダイナモが進もうと、手を伸ばした先に、誰かがいる。
そこにいたのは、銀色の子供だった。可憐で美しい女の子だった。
「…来るな!天使め!」
ドクター・ダイナモは、絞り出すように罵倒し、焼けただれた顔を、憤怒と必死の形相に変え、這いずる。
「…連れて行かれはせん…!奪われるものか…!ワシを認めさせねば…どけ!」
子供を避けて進もうと、ドクター・ダイナモは、震える手を伸ばした。
「たったひとりで、戦ってきたんだね?」
銀色の子供は、言った。
「…そうさ…」
ドクター・ダイナモのマギウスバッテリーが切れる。伸ばした手は力を失い、地に伏せた。
もう、ドクター・ダイナモは、動かなかった。
«現地の野良サイボーグですね。野良サイボーグは維持費が無くなると終わりですから、危険な仕事もしたり、いろいろ大変なんです»
コンピューターは、言った。
「どこも大変だね」
コアたまごは、言った。




