回るダイナモ
「500年前の敗残者どもが、いまさらでかいツラをしようというのか!」
ドクター・ダイナモは鼻息荒く吐き捨てる。だが、目には光が戻ってきている。理性の光だ。
「なんでも?今のハイランダーは、ずっとこの星を管理しているんだそうだ」
「今の…だと!?」
「俺も詳しくは知らんがな。聞き出せた範囲の情報を総合すると」
「今のハイランダーは銀河連合とかいう共同体の国の奴らで、エルミランとかいう種族のハイランダーと小競り合いを繰り返してるらしいな」
「エルミランはこの星を、『ジョウンター』の生産基地として使っていたらしいがな。その『ジョウンター』を擁したこの星の反乱で負けちまったんだと」
「『ジョウンター』とやらは、かなり管理の難しい、危険度の高いものらしいな?だからエルミランの敵、銀河連合が乗り込んできて管理しているんだとさ」
「こういう情報は、知識人を中心にどんどん共有していかんとなあ」
『デス・サムライ』はシニカルな口調で、ドクター・ダイナモに告げる。
「要はドクター、あんた、権力者の勘気に触れたんだ」
「エゴをプライドと言い張るような、帝国の無能共にたかられて」
「さんざん目をかけてやったバカ弟子にも裏切られ」
「ほうほうのていで逃げ込んだ先で」
「叡智の探求だけに専念出来る」
「王道楽土を築き上げたと」
「思い込んだこの矢先にこの仕打ち」
「権力者というものは、いつ、どこの世でも実に」
「度し難いものよの?」
ドクター・ダイナモは、機械の前をコツコツと、ウロウロしながら話す。あたかも自分に言い聞かせ、気持ちを鎮めるためであるように。
そして、『デス・サムライ』のほうをきっと睨みつける。
「じゃが、その権力者のくびきというものは、どうやらワシの前にいる愚かな男一人だけのようにも見えるの」
その言葉に、『デス・サムライ』は肩をすくめる。
「はてさて、その余裕。手を出さぬのは一体何故なのかの」
「五体満足で逮捕せねばならんのか?強大な背後をチラつかせればワシが素直に従うと、思い込んででもいるのかの」
ドクター・ダイナモは、狂気を孕みながらも冷静な表情で、ニヤリと『デス・サムライ』に笑いかける。
「それともワシに、情でも湧いたかな」
「あんたは面白い爺さんだ。知り合えて光栄だよ」
『デス・サムライ』の言葉に、ドクター・ダイナモは面食らう。その言葉には含みのない、本心の響きがあった。
「…どこまでも口のうまいやつじゃな?だが、まさかその蛮族の曲剣が、わしの命令より速いとは思っておらんよな」
「さて、種明かしを見せてもらおうか。ワシの作った隷属の首輪の、死と絶望を呼ぶ痛みにどうやって耐えるのかを」
「まさか偽名を使った程度で、抗しきれると思っとらんよな?」
ドクターダイナモは言った。
「ワシが命ずる。自刃せよ、ヘンヴィ。神経を侵す痛みで、狂死する前にな」
「そのマギウスというやつ、実に羨ましいな。念仏唱えて空が飛べるなら、いくらでも唱えるんだが」
『デス・サムライ』は意にも介さず、滔々と語る。
「そんなのたまいする奴は、うちの国ではペテン師さ」
ドクター・ダイナモは、あまりの事にポカンとする。そして眉根を寄せて目をしばたかせ、やせ我慢なのかと疑って、少し経過を観察する。
「…痛みはないのかね?」
『デス・サムライ』は肩をすくめて、空いた片手の平を横に上げ、少し持ち上げてみせる。
「…マギウスとは、世界の理じゃ。人や魔物はもちろんのこと、怪異どころか木石にさえ宿っておる」
「ハイランダーとて同じこと。マギウスは組成。存在を司るもの」
「何故じゃ?なぜマギウスをかき乱されて平気な顔でいられる?『粉微塵』と同じように、痛みを介さぬ死人が動いておるのか?」
『デス・サムライ』は、静かに答えた。
「俺の耳にこそ、そのマギウスがどうとか、口先のことにしか聞こえんな」
ドクターダイナモは、まるで自らが否定されたかのごとく、顔を歪めた。
「さてドクター、素直に着いてきてくれれば、傷も負わせんと約束しよう」
「抵抗するなら手足を斬って、背負っていかねばならんところだ」
「もしそうなっても、『デス・サムライ』には腕の良い治癒術士がいる。あとで直すよう、取り計らっておくよ」
首にはまった隷属の首輪を、片手でカチャリともてあそぶ。
「ふたつくれれば良かったんだがな。高いものなんだろう?うちは高給取りばかりで、運営が大変なんだ」
「それでワシを、下に見たつもりか?」
ドクター・ダイナモは両手で首のネクタイを緩める。
「勝ったと思ってはしゃいだか?マギウスバッテリーからセルモーターを起動」
ドクター・ダイナモがなにか呪文を唱えると、どこからかキュルキュルと、継続して奇妙な音がする。
それは突然爆音に変わった。連続した爆音だ。
音が聞こえるのは、ドクター・ダイナモの体からだ。爆音とともに、衣服が盛り上がりはためく。隙間から黒煙が吹き出した。
「見よ。帝国が、権力が。それを笠に着たバカ弟子が。ワシに施した呪いの心臓を」
ドクター・ダイナモはネクタイを投げ捨て、シャツを両手で引き裂いて、その厚すぎる胸板をあらわにする。
それは、機械だった。
ドクターダイナモの胴体は、すべて機械でできていた。機械は爆音と黒煙を上げ、細かく激しく振動を繰り返す。
「あのバカ弟子め。ワシの取り計らいを逆恨みして、ワシからすべてを奪った挙げ句にやったことよ。あやつの唱えた発電方式のダイナモで、命をつないで生きろとな」
ドクター・ダイナモは狂気の笑みを浮かべる。
「だが科学者は、この程度の逆境ではくじけない!諦めない!」
「直流変換!変圧装置!マギウスバッテリー!霧吹き式燃料供給!バッテリー駆動!改造に改造を重ね!今ではワシが、ワシこそがダイナモよ!!」
「ハイランダーの威に乗って、上から眺めてわかったつもりか!!」
「そんな上辺の共感で、ワシの仲間になったつもりか!!」
「なにが面白いジジイだ!光栄だ!!貴様になにがわかるのだ!!」
「わかるまい!誰にもわかるまい!!どんなに手を加えても加えても、絶え間なくこの胸を焼き続ける、このダイナモの爆発が!!」
『デス・サムライ』は、なにも言わなかった。ただ、手に持つ近接刀を、両手で静かに正眼に構えた。




