判決、有罪
「鋼板入りの壁に穴を開けおって!」
機械の部屋へ様子を見に戻ったドクター・ダイナモは、惨状に怒りの声を上げた。
どうやら機械は無事のようだ。だがドクター・ダイナモは、無事な機械を見て眉根を寄せる。
「どうしたものかな…」
「やはり脱出なさいますか」
せむしの小男が尋ねた。
「…やむを得んの。このマギウスシティの流民街は、ワシにとって実に良い環境じゃった。だが、商品の暴走を起こしては、超力兵団、下手をすればタワーが出てくるのは明白じゃろうの。引き時じゃ」
ドクター・ダイナモは気落ちもせずに、むしろ胸を張る。
「イゴルンルンくんは、どうするかね?」
「お供いたしますよ」
小男の即答に、ドクター・ダイナモは少し不思議そうな顔をする。
「…そうかね?ではイゴルンルンくん。債権類や書類をたのむ。技術系のものはすべて焼却したまえ。どうせ頭に全て入っておるからの」
小男はそれを受け、えっちらおっちらと部屋を出ていった。
「さて、マジックジャー機械だけはなんとかせんといかんな。このまま投棄してしまえば、悪いやからに悪用されてしまうかもしれん。技術者につきまとう、大きな命題よ」
ウンウンと頷いた後、ドクターダイナモは真剣な顔で姿勢を正した。
「それが済んだら闇市場マフィアにご挨拶して、預けた資産を引き払い、これにておさらばと行こうかの。ヘンヴィ?」
ドクター・ダイナモは背を向けたまま、少し離れて背後に立つ『デス・サムライ』に話しかける。
「少なくともそこまでは付き合ってもらわんとの。でなければ給料もろくに払えん」
ちょうどその時、『デス・サムライ』の鼓膜を、不思議な声が揺らす。
『大将、判決出ました。有罪です』
『デス・サムライ』はそれを聞き、ゆっくりと近接刀を抜いた。
「ほう?」
鞘走りの音に、ドクター・ダイナモはむしろ楽しそうに声を上げる。
『デス・サムライ』は、近接刀をドクターダイナモの背に突きつけ、マスクを通したくぐもった声で、静かに告げる。
「ドクター・ダイナモ、あんたを逮捕する」
「…逮捕!逮捕と来たか!」
意外な言葉に、ドクター・ダイナモははしゃぐ。
「何が出るかと思ったが、ここまで似つかわしくない言葉が出てくるものかの?ヘンヴィ」
堂々とした態度で振り向き、『デス・サムライ』を見つめた。
「悪いがこれも仕事でな。あんたのように頭一本で食っているのが羨ましいもんだ」
『デス・サムライ』はあっけなく剣を引き、だらりと下げる。
「勤め人は辛いものじゃな。昔を思い出すわい」
同情するようにドクター・ダイナモはつぶやく。
「して、事情は聞かせてもらえるのかな?納得のいくものであれば良いのだがの」
『デス・サムライ』ははっきりと、一言だけ答えた。
「『法律』だ」
ドクター・ダイナモは苛立ち、少し声を荒げる。
「こんな無法都市の真ん中で、何が法律じゃ?もはやワシを縛る法律など、この世界のどこにもない。ドクター・ダイナモを縛るものなど、なにもないのじゃ。一体どこの誰様が唱える、どんな法律じゃね」
「ドクター・ダイナモ、あなたは『人格保護法』に抵触した」
「なに?」
「『人格保護法』第一条第一項、個人の人格を、他者が侵してはならない」
「なにを…」
「第一条第二項、個人の人格を他者が侵す、あるいはその可能性がある機械、装置の使用をしてはならない。第一号、個人の人格を侵す可能性のある機械、装置のやむを得ない使用は、届け出、法に従って厳重に管理されねばならない。第二号、法に従ったやむを得ない機械、装置の使用が認められた場合、経過は法に従い、厳重に管理されねばならない」
「なにを言っておる」
「第一条第三項、やむをえず、個人の人格に操作を加える場合、その元本を厳重に保管し、定めた期限内に、元通りに復旧しなくてはならない」
「おまえはなにを言っておるのじゃ!!」
ドクター・ダイナモは激昂した。
『デス・サムライ』は肩をすくめる。
「判決、五十年間の冷凍刑に処す。なに、きっとあっという間だろうさ。実に人道的な判決なんだろう」
「わけのわからんことをべらべらと!!」
ドクターダイナモは地団駄を踏み、怒りをあらわにする。
「法律とは!国家がその暴力を盾に!その領土の管理のために使うものだろうが!帝国のくびきから逃れ、こんな無法都市に隠れ住んでいるジジイを、誰がどう管理しているというのじゃ!!」
「だから、ここは奴らの管理下なんだとよ。おおっぴらに干渉すると、別の法律に触れるんだとさ。だから俺のような奴らを使うんだと」
「ここ!?ジャスティスタワーの差し金か!!」
「だから」
『デス・サムライ』は、空を指差した。
「この星は、奴らの管理下だ」




