『粉微塵』の挑戦
「えっ…どうする?」「見るだろ?」「ヤバくない?」
『粉微塵』の進行方向にいない、後ろで遠巻きにしている人々は、『粉微塵』の進行に合わせてジリジリと後を追う。そそくさとその場を離れる人を、せせら笑うものさえいるようだ。
目がイッている小太りのおばさんが、金切り声で叫ぶ。
「こんなに大変なことになったんだ!私達にだって出来ることはきっとあるよ!!」
「本当にうざったい」
眼鏡先輩は『粉微塵』の側を見る。眼鏡の奥の金の双眸が、怪しく光った。
もう二人と粉微塵のあいだを遮るものは、なにもない。
『粉微塵』がマギウスの力を収束し、手のひらを二人に向けた。
「マギウスロックなど!」
眼鏡先輩は片手間で、手首を軽くスナップさせる。その指先からまばゆい光の玉が、空に向かって打ち上げられる。
『粉微塵』が放った緑の光弾は、光の玉に吸い寄せられるようにネジ曲がった。
眼鏡先輩はかるく地を蹴る。その体は飛翔し、『粉微塵』に向かってえぐりこむように弧を描き飛んでいった。
『粉微塵』は、それに全く興味を示さない。今度は正確に、コアたまごに向かって手のひらを向ける。
苛立ちとともに放たれたエネルギー・プロジェクタイルが、『粉微塵』の差し出した腕をへし折った。
よろめいた『粉微塵』の両膝を、裏から二発のエネルギー・プロジェクタイルが砕く。
『粉微塵』はもんどり打って倒れた。
「対人は素人のようですね?そんな術式の複雑な対物マギウスより、最下級の『マギウス弾』のほうが速いに決まっているでしょう」
眼鏡先輩は空中で、静かに『粉微塵』の頭を指差す。
「タワーへの報告は、捕獲を試みるもやむをえず撃破、としておきましょう」
倒れた『粉微塵』は、ぼそぼそと何かを唱える。鉄仮面が光を放つ。
『マギウススペル、【物体引き寄せ】を発動』
眼鏡先輩の背後から、『粉微塵』に向かって何かが飛んでくる。気配を感じ、眼鏡先輩は視線を向ける。
それは、小太りのおばさんだった。目がイッている、小太りのおばさんだ。あまりの事に息を呑み、悲鳴すら上げずに硬直し、それは吹っ飛んできた。
空中で軽く減速し、『粉微塵』の残った片腕に、小太りのおばさんは軽くおさまる。『粉微塵』はその手に収まったものを盾にする。
「くっ…体裁が悪い!」
一瞬、おばさんもろとも葬ろうとした眼鏡先輩だったが、躊躇して毒づく。コアたまごが見ているのだ。
『マギウススペル、【物体引き寄せ】を逆転』
『粉微塵』は、眼鏡先輩の飛翔速度を遥かに超える勢いで、盾にした小太りのおばさんごと一直線に吹っ飛ぶ。
そして、スラムの街並みの何処かに消えた。
「こういうハレの日に限って、余計な仕事が入ってくる」
眼鏡先輩は空中で毒づく。仕掛けられた遭遇戦とは言え、タワーの許可なしの交戦をこれ以上続けては、致命的な問題に発展しうる可能性がある。
報告と増援要請(体裁を整えるための)も行う必要があるだろう。
眼鏡先輩はコアたまごの上空に近づいて、上から呼びかけた。
「コアちゃん!危ないから今日は帰って隠れていてください!ギルド長さんは明確にあなたを狙っていました!今日の内に必ず処理します!続きは明日にでも!」
コアたまごは、なにか達観したていで、顔をむにむにしながら、眼鏡先輩に向かってひらひら手を振った。
眼鏡先輩はとても嬉しそうに、大きく手を振り返す。そしてタワーの方に飛翔していった。
脅威は去り、人が戻りつつある。倒れた屋台を直したり、散らばった商品を集めたりちょろまかしたりする光景も見える。
コアたまごはタレットくんを連れて、近くの露店の主に訪ねた。
「もしもし、ドクター・ダイナモのおうちはどちらですか?」
«知ってた»
コンピューターは言った。
タレットくんは、頭と胴体を、キュイイと逆向きに回した。
逆転させた【物体引き寄せ】を乗り換えながら、『粉微塵』はスラムの路地に転がり込む。
放り出された小太りのおばさんは、衝撃で目を覚ました。
「痛た…一体何がおきたのさ…ヒィッ!」
壁に寄り掛かる『粉微塵』を見て腰を抜かす。
『粉微塵』は鉄仮面の奥を光らせて、小太りのおばさんに語りかける。
『聞こえたぞ。自分になにか出来ることがある、たしかにそう言ったな?』
息を呑んで震える小太りのおばさんは、声も出ないようだ。
『粉微塵』は片手で這いずり、固まって震えるおばさんに鉄仮面を近づける。
『…名前は?』
答えないおばさんに業を煮やし、強く詰問する。
『名前は!!』
「ヒィッ!!クリスティーヌ!クリスティーヌです!!」
『クリスティーヌ、先の言が本物ならば、私を支えて持て』
鉄仮面の目と口が、激しく輝く。
『私が体をつなげるあいだ、私を支えて持つがいい』
のけぞって後手をついたままの小太りのおばさんは、細かくかぶりをふる。
そして顔をクシャクシャにして、涙を流しながら激しくかぶりをふった。
『ならば、消えろ』
『粉微塵』の言葉に、おばさんは死を覚悟して縮こまり、うめきながら目をつぶる。
何もおきない。『粉微塵』は、這いずって壁際に戻り、壁に寄りかかって言った。
『早く消えろ』
「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」
小太りのおばさんは何度も頭を下げて、転がるように逃げていった。
『粉微塵』は、また、一人になった。




