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市場にて②

「ちょっと、タワーの人が来てるんでしょう!」


 人をかき分けて、ひとりの女性が近づいてくる。壮年のおばちゃんだ。

 おばちゃんは言う。

「ちょっと!タワーの人!ああいうのを野放しにされると困るんですよ!ちゃんとなんとかしてくださいな!」


 周囲がざわつく。痛々しそうに顔を押さえるもの、そそくさと離れるもの、「おばさん!おばさん!」小声で鋭く諌めるものもいる。



 眼鏡先輩は、おばちゃんに掴みかかろうとした男性や、周りを手で制す。

 おばちゃんは、少し気おくれしたように続ける。

「光る石頭の化け物がいるんですよ!もう気持ち悪くって」


「被害は?」


 眼鏡先輩はメガネをクイッと直し、鋭く問いただす。


「ヨタヨタ歩いてぶつかって、屋台をひっくり返された人もいるんですよ!あんな気持ちの悪いもの、絶対に良くないものでしょう?」



 眼鏡先輩がコアたまごを見ると、黒いキラキラした目で、何かを期待するようにこちらを見ていた。

「行ってみましょう」


 眼鏡先輩は、即決した。




「あれ、ギルチョーじゃないの」


 コアたまごの声に、眼鏡先輩は難しい顔をする。

 闇市場の通り、その間300ギャラクティックフィートほどもあろうか。かなりの向こう側に、それはいた。


 まず目を引くのが、頭が大きな光る魔石であることだ。体と魔石の間には台座のような装飾があり、灰色のベタベタした接着剤のようなものに埋もれている。

 首から下はその接着剤とドス黒い血の跡が目立つ。エングレープが施されていたらしいゆったりとした上着とベスト、そしてズボンは泥とホコリにまみれている。

 うまく歩けないらしく、足を棒のように扱って、よたよたと進んでいる。



 魔石頭を遠巻きにしていた人たちも、それが襲ってきたり暴れたりしないとわかると、興味を失って離れたり、近づきはしないものの素通りしたりしている。中には、ニヤニヤ笑いながらついてきているようなものもいるようだ。



 魔石頭が、歩みを止める。そして直立し、体をコアたまごたちの方に向けるのが見えた。

『見つ…けたぞ』


 気づかれたのだ。




 眼鏡先輩がなにか言う前に、コアたまごはすばやく行動を起こす。

「タレットくん!攻撃態勢!」


 言葉を受けてタレットくんは、4つの球形タイヤをシュッとしぼませる。底面に内蔵された4本の超硬ピックが闇市場の道をえぐり、本体を固定する。胴体のリボルバー・マシンキャノンが黒く光った。

 コアたまごは告げた。

「タレットくん!トルネード・アタック!」


 コアたまごの声に、タレットくんはしばらく硬直する。そして困ったように、上のコアたまごごと、頭を左右にキョロキョロさせた。

 コアたまごは、タレットくんに向かってなにやらゴショゴショとささやきかける。


「よし、トルネード・アタック!はい離れてー」


 タレットくんがコアたまごごと、胴体と頭を回転し始める。眼鏡先輩は困ったように、少し離れた。



 回転はだんだん早くなる。コアたまごは振り落とされることもなく、タレットくんの天板にへばりついている。


 «3、2、1、リリース»


 コンピューターは合図を送った。それに合わせてコアたまごは、手首にスナップを効かせて、手に持ったものを宙に放り投げた。鉄仮面だ。



 鉄仮面は弧を描いて宙を舞い、正確に魔石頭を襲う。

「ふう目ぇまわる。ギルチョー!これを使って!!」


 コアたまごが高らかに叫んだ。

 魔石頭は両手を頭上に上げ、鉄仮面をしっかりと受け止める。

 そして厳かに、それを頭の魔石にかぶせる。

 不気味な鉄仮面はまるで誂えたかのように、しっかりと頭の魔石を包み込んだ。


 簀の入った鉄仮面の目と口が、光を放つ。


 マギウスの力がうずまき、旋風が巻き上がる。


 『粉微塵』は天を仰ぎ、なにかを抱え込むように両手を広げた。



 コアたまごは、はしゃいで言った。

「か、か、か、かっこいいーーーー!!」



 『粉微塵』が巻き起こすマギウスの力の旋風が、敷物や屋根、商品を飛ばす。

 周囲の人々は、おののき後ずさるのが見える。

 眼鏡先輩は、その様子とコアたまごを、本当に困ったような顔で見つめた。




「めっ、ですよ、コアちゃん」


 眼鏡先輩は怖い顔を作り、屈んでコアたまごを睨みつける。

 眼鏡先輩が怒っている。この事実はコアたまごを当惑させた。



(これは、すべてのママに訪れると言われている、ママの試練。ママ・イニシエーション!)


(…ああ、でもきっと嫌われてしまいます…)


(コアちゃんは、頼れるものがママしかいない子供ではない)


(ママの代わりなど、いくらでもいるのです…)


(しかし、これはママと子ふたり、人のサガの海をたゆとうだけの死体となるか、それとも泳ぎきれる子に育てられるかの分水嶺)


(引くわけにはいかないこと)



 コアたまごは困惑する。

「でもでも、鉄仮面はきっとこうなるべきものだったの。運命に導かれたものなの」


「言い訳してはいけないことです!」


 眼鏡先輩は強い口調で言った。

(ああ…終わった…)


 眼鏡先輩の心の涙がちょちょぎれた。




『粉微塵』は腕を突き出し、手のひらを二人に向ける。

 マギウスエネルギーが収束し、緑の光弾が放たれた。

 光弾は一直線に、コアたまごたちに向かう。だが、距離が遠すぎ、人が多すぎた。光弾にあたった遠巻きのひとりは、弾けるように消えた。


 弾けて消えたひとりのまわりにいた人々の何人かが、悲鳴をあげて逃げ散ろうとする。

「うわーーーっ!!」「キャーーーッ!!」「やばい!ヤバイって!」



 だが、近くにいなかった人々はよく事態が飲み込めていない。ざわめきだけが広がる。



 «社会の仕組みが反社会的になってしまいました…»


 コンピューターが悲しそうに言う。


(あるべきところに導かれたものを、あるべきところに返しただけなのにー)


 コアたまごは、ここまで怒られるとは思わなかった。振動波で不平を言う。


 «マスター、マスターの言い分は、おそらく正しいでしょう。しかし、マスターは今、何かを見落としているのではないでしょうか?»


(なんだって!?)




 «それは、殺伐です。マスターの行いは、殺伐としたものだったのです»


(…サツバツ!)


 コアたまごは、衝撃を受けた。

(なんてことだ…フワフワを失ったわたしは、寄る辺もなくただサツバツの引力に引っ張られてしまったというの…!)


(サツバツが呼ぶ、荒んだ行いをしていたと言うの…?それをサイキッカーお姉さんが諭してくれたのか…)



『粉微塵』は再度、緑の光弾を放つ。最初の悲鳴と混乱を見に行った野次馬の背中に当たり、野次馬は弾けて消える。


 悲鳴や絶叫が、飛び交い始めた。


『粉微塵』は業を煮やし、棒のような足でヨタヨタと接近を始めた。



 コアたまごはタレットくんを降りて、しょんぼりして言う。

「おねえさんごめんなさい」


「わたしはあんなやり方をするべきではなかった」


 眼鏡先輩の心に、救いが満ちる。

(届いた!)



『粉微塵』は腹立たしそうに、片手を振り回す。緑の光弾が次々と野次馬を弾け消す。そうだ。奴らがいなければ、『粉微塵』は化け物に届くのだ。


「いいのです。わかってくれてありがとう、コアちゃん」


 眼鏡先輩は心底ホッとしたように、ニッコリと笑う。


 人々は逃げ惑い、屋台や商品は踏みにじられる。転んだ者は踏まれ蹴飛ばされ、もみくちゃにされていく。

 逃げる通行人が叫んだ。

「おい!何やってんだタワーの!早くなんとかしろよ!!」


「うるさい!いまいいところなのです!!」


 眼鏡先輩は怒鳴った。

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