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惑星強襲、レガシーキューブ

「『マスターコア宣言』を行なうのだ?」


 «汎用名詞だとイマイチパッとしませんね…»


「とにかく体ができたら世界政府を探してスゴイ宣言をする、それが目的なの」




 気を取り直すかのように、コンピューターは言った。

 «では、バイオマスを用意してください。マスター»


「バイオマス?」


 たまごをかしげる。

(バイオマスってなに?)


 «はい。体を作るために、転送器を使いましょう»


「そんなのあった?」


 «マスターも実験で見たことがあると思いますよ。今ここに持ってきてもらいますね»


 «えー艦内放送艦内放送。ドロイドくんドロイドくん。コアルームまで転送器を運搬お願いします。倉庫の奥にあります。以上»




 «それでは、転送器についてご説明いたしましょう。少し長くなりますが…»


「えー」


 «コホン»



 «お国にいたころは、マスターの超空間制御についていろいろ実験したじゃないですか»


「散々したね」


 «その中でも重要度が高かったのは転送技術、転送機器の開発です»


 «最初はですね、生命体の超空間直接転送に挑戦したのですが…すぐに問題が立ちはだかりまして»


 苦々しげに言う。


 «まずひとつ、有機生命体は超空間に耐えられませんでした。生命体が超空間に入ると、即死します»


「自分のかたちを保てないやつね」


 «超空間に入ると、体の組成がシェイクされちゃうんですね。それによって生命体は細胞が破壊されて、復元できなくなってしまいました。ならば電脳化フルサイボーグや、AIアンドロイドはどうか、と実験したのですが…»


「どっかに飛んでっちゃったね」


 «転送体を送ろうにも、超空間内で座標も方向もわからず遭難、ロストしてしまうんですね。超空間の仕組みがわからず、ビーコンが開発できなかったのです。わたくしのようにマスターと一緒に行けば問題ないのですが、それでは転送器の意味がありません»


 «結局技術が追いつかずに、超空間実験のほとんどが頓挫しました。ですが、そのなかで唯一実用化に成功したものがあります。超空間通信です»


 «そこでお国の方々はこの超空間通信だけで、なんとか転送を実現しようとしたのです。…あ、来ましたね。ドロイドくん、入って»



 コンプレッサー音とともにハッチが開いた。

 そこにいたのは人を模した、と言うにはあまりに簡易的な、骨組みだけのロボットだった。ドロイドくんだ。


 ドロイドくんが押している、リニア駆動式球形吸着タイヤのシンプルな台車の上には、棺のような長櫃が乗っている。

 そのままだとハッチにつかえて入らなかった(ガツンといった)ため、ドロイドくんは大きな長櫃を、わきに抱えて入ってきた。


 «ドロイドくん、その部屋の角にでも置いて頂戴»


「ドロイドくんお疲れさま」


 たまごは設置を終えたドロイドくんに声をかけた。

 ドロイドくんはたまごのほうに頭部を回し、マウントされたカメラを向け、軽く会釈し、頭部を戻す。


 そしてギョッとしたかのように、もう一度頭部にマウントされたカメラをたまごに向ける。

 すぐに姿勢を正してたまごに向き直り、胸部にマニピュレーターをあて、うやうやしく頭を垂れた。



 コンピューターは長櫃をしめす。

 «こちらが転送器になります»


「ああ、なんだ。超空間食べ物入れかあ」


 «はい。超空間…食べ物入れ?»


「なんでもない」


 «あいつらか…»



 ドロイドくんが部屋を出ていくのを横目に、気を取り直したコンピューターは続ける。

 «超空間通信で生命体の転送を成し遂げようとしたお国の方々は、転送体をデータ化して送信し、受信側で復元する方式を採用することにしました»


 «まずは転送側で転送体となる人物をスキャンし、データ化します»


 «そのデータを超空間通信で受信側に送り»


 «受信側にて三次元精密プリンターによって、転送体の人物を復元します»


 «さて、この時点で一つ問題が発生していますね»


「その人がふたりになっちゃったね」


 «そこで元の転送体は、ほにゃほにゃします»


「ほにゃほにゃ」


 «やりました!転送完了です!»


「やったー」


 «……»


「やったー?」



 沈黙していたコンピューターは、やがてポツリという。

 «お蔵入りになりまして»


「やだー」




 «人権屋のみなさんが騒ぎまして»


「騒ぐほどのことかなあ」


 お国には、電脳化したフルサイボーグも、脳のクローン乗り換えをするものもいた。今更感を感じる。

 «人道面の問題もさることながら、受信側のリソース負担も問題になりましたね。聞こえのいい方の声を大きくしたんでしょう»


「持ち出しばっかりじゃ、商売あがったりだものね」


 «今回はその受信側機能、精密プリンターを使って体を作りましょう。そこで材料資源としてバイオマスが必要なのです»


 «今この艦にバイオマスは全く一切、これっぽっちも積載されてませんから»


(バイオマスって有機資源のことかな)


 たまごは察した。


「コンピューターのへそくりにもないの」


 «…なんでへそくりのことを知ってるんですか。星間物質をコツコツちょろまかした、わたくしのへそくりにもありませんね»


 «そもそも生体組織は超空間内では組成を保てず、アミノ酸等に分解していきますから。超空間潜航を行うこの艦の特性上、保存が効きません»


(当たった)




 たまごは悩む。

「うーん、困ったなあ。バイオマスなんて、いったいどこで手に入れればいいんだろう」


 «えっ?»


 コンピューターは当惑した。たまごの言葉がまったくの心外であるかのように。

 «…下の惑星で採取なさればいいのではないかと思われます»


 コンピューターは、棒読み口調で答えた。

 白い床が球状に削り取られるように消えていく。




 眼下には、青い惑星が広がっていた。蒸気の雲が渦を巻き、惑星表面の大半を液状の海が占めている。水資源の豊富さをうかがわせた。

 陸地の多くはオーガニックプラントと思われる緑に覆われ、夜の面にはまばらに人工の光も見える。知的生命体、そして文明があるのだ。




「ああーっ!」


 たまごはとても驚いた。

「いつのまに!」


 «うっさいわ»


「よし、行こう。コンピューター。まだ見ぬバイオマスを目指して!」


 無い胸を張るたまごに、おずおずとコンピューターが水を差す。

 «お待ち下さいマスター、索敵が済んでおりません。敵性勢力の有無、火力、検知能力も不明のままの大気圏突入は危険です»


 たまごは凛々しく答える。

「コンピューター、本降下作戦は侵略行動ではない。本艦の武装は一時凍結する。潜航を維持し、センサー欺瞞並びに目視欺瞞に努めよ」


「アクティブセンサーによる索敵は、敵対行動ならびに本艦の位置を特定させるものとなる。索敵はパッシブ、光学観測に限定せよ」


 «了解。本艦はこれより強襲降下を行います»



 コンピューターの返答とともに、壁面、天井、そして床が巻き戻るように元の白い壁へと戻る。

 «艦内放送、これより当艦は潜望深度を維持しつつ、直下惑星へ強襲降下を行います。各員対重力体制。繰り返す、各員対重力体制。あっ、ドロイドくん?、飛びそうなものは片づけるか結わえておいて頂戴。通達以上»


 «強襲降下開始、エントリー»




 その惑星の衛星軌道上には、奇妙な物体が浮かんでいた。


 大きなものではない。それは白い立方体だった。なめらかな表面は金属にもセラミック質にも、あるいは生物的なものにも見える。

 人工物にしては、作られた意図の読めない物体だ。しかし自然の造形物にしては、あまりにそれは整いすぎていた。


 立方体の一面には、はっきりとした人工物がある。隔壁型のハッチだ。それは何者をも通すまいとガッチリ噛み合ってはいたが、過酷な宇宙の環境から内部を守るには、あまりにも脆弱な作りに見えた。

 衛星軌道上にたたずんでいた立方体が動き出す。それはゆるやかに、あるいは猛烈な相対速度で、惑星の地平線に向かって落下していった。




 たまごとコンピューターは、特に何も変化のない白い部屋の中で、しばらく黙って待っていた。部屋の中は振動も騒音も、温度の変化も無かった。


 «制動中»


 コンピューターは、カタンと落ちた。

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