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市場にて①

 喧騒渦巻く闇市場を、奇妙な二人組が歩く。

 ひとりは紺のパンツスーツでキメた黒縁メガネの女性。もうひとりはトロトロと走る奇妙な筒(腹から棒が生えている)の上で、腹ばいに寝そべっている子供だ。銀灰色の髪の子供だ。


 銀色の子供は、首の下に大きな丸いアクセサリを付けており、腹ばいでいるには邪魔そうだ。片手には更に奇妙なことに、恐ろしい造形の鉄仮面を持っている。

 通行人はあまりのことに、二度見するものが続出した。




 喧騒をかき分けて、ふたりの前にガラの悪い男が立ちはだかる。自然と遠巻きに輪ができた。

 ガラの悪い男は、顔に見合わぬ慇懃な口調で話しかけてくる。

「ちょっと顔を貸していただけますかね、お姉さん」


 取り巻きの輪から、下卑た笑いを浮かべる男が何人か、二人を囲むように進み出る。ガラの悪い男はニヤニヤ笑いながらメガネの女性を睨みつけた。

「親子にしちゃあ似てねえが、どこぞのお姫様のお連れさんですかね?姫もあんたもずいぶん上物だ。そんな身なりの女子供が、こんなクソ溜めにのこのこと」


 ガラの悪い男は言葉を切って、屈んで目線を低くする。精一杯の柔和な笑顔で、筒を指差し話しかけた。

「なあ、なに、これ?」


「タレットくん」


 ダラッとしたコアたまごは答える。

 タレットくんは器用に、キュイイと胴の部分だけを一回転した。

 ガラの悪い男は困った顔で、今度はコアたまごの手に持つものを指差す。

「これは?」


「鉄仮面?」


 コアたまごはダラっとしたまま小首をかしげる。ガラの悪い男も、困って首をかしげた。

「ふうん」



「ダメダメ!ダメ!!」


 突然割って入る男がいる。ガラの悪い男はメンチを切って凄む。

「ああ?」


 割って入った男はかまわず喚き散らした。

「ダメダメ!超力兵どころじゃないやつ!タワーのマギウス使いだ!!」


「見回りお疲れ様でござんす!いつもお世話になっております!」


 ガラの悪い男は瞬時に態度を変え、眼鏡先輩にヘコヘコ頭を下げた。




「今日は、どちらまでおいでで?先触れを出しますんで」


 眼鏡先輩は眼鏡をクイッと直しながら言う。

「ドクター・ダイナモの魔石研究所まで参ります」


「ああ」


 ガラの悪い男は得心がいったようで、下卑た笑いで続けた。

「…これですかい?」


 ピンと伸ばした片手を、自分の首に当ててみせた。



 眼鏡先輩は笑顔を深める。それをみてガラの悪い男は、血相を変えて飛び退った。

「こりゃ余計な詮索で!おいお前ら、手分けしていけ!」


 取り巻きの輪はとっくに崩れて、人の流れが再開している。二人は歩き出した。




「連帯保証人?」


「そうです。連帯保証人を作りましょう」



 出発前の話だ。鉄仮面を脱いで弄ぶコアたまごは、眼鏡先輩と方針を話し合う。

「コアちゃんは、ギルド長さんをとって食うとか殺すとか、そうしたいわけではないんですね」


「お肉代と服代、壊した端末代を払ってもらって、ごめんなさいしてくれればいいの」


「とてもハードルの高い要求です」


 眼鏡先輩は即答する。コアたまごは困ってしまった。

「なんでぇー」


 眼鏡先輩はメガネをクイッと直し、落ち着いた聞こえのいい声で話す。

「責任を追求する、という行為は、常に暴力を背景にして行われるものだからです」


「かけらもフワフワしてない!」



「謝罪も同様です。どちらも、服従の意志がなければ攻撃する、という意味にほかなりません」


「んー」


 コアたまごは目をつむって困ったように眉根を寄せる。

 眼鏡先輩はそんなコアたまごをじっと見て、言葉を続けた。


「たとえ相手が決定的な加害者だとしても、こちらが攻撃の意思を見せずに譲歩を引き出すのは、とても困難なことです」



「ちなみにコアちゃん、おいくらほど請求するおつもりですか?」


「えーとね」


 コアたまごは、コンピューターに振動波を飛ばす。

(コンピューター?)


 «30ギャラクティックキロのブランド牛肉、わたくしの端末代、マスターの肉体、服の製造費、技術料込で、そうですねえ。一億一千十万クレジットぐらいですかねえ»


(現地通貨でおいくら?)


 «大銀貨を貴金属扱いして扱うと、大銀貨が一万一千十枚ですね»


「大銀貨がいちまんいっせんじゅうまい」


 コアたまごが言うと、離れた机で聞き耳を立てていた、目立たない職員がお茶を吹き出す。激しく咳き込んだ。



 眼鏡先輩も困った顔をした。

「気軽に払える金額ではありませんね。おそらくギルド長さんは、そこまでの資産を動かすことは出来ないでしょう。そこで、連帯保証人を作るのです」


 コホンと咳払いをする。



「この街には、ギルド長さんと昵懇の仲と言われている有力者が住んでいます。ドクター・ダイナモと自称している研究者で、元帝国の科学者だったようですね。亡命者…いえ、逃亡者、流民です」


「魔石と科学を併用した機械開発の第一人者で、闇市場マフィアのフロント商店から売り出した、マギウスランプという安価高性能な照明器具で荒稼ぎしています。おそらく、逃げたギルド長さんが駆け込む先もここでしょう」


「その人が払ってくれるかな?」


「交渉相手としては、近場で切り取れそうなのはそこぐらいですね…あとは冒険者ギルド本部のある遠い他国に行くしかありませんが…」


「行けるけど、そこまでおおごとにしたくない感はある?」



「そこでですね」


 眼鏡先輩が意気込む。

「私がコアちゃんの保護者になりましょう。そうすれば、間接的にタワーを背景にして交渉が可能になりますよ。コアちゃんが暴力的な振る舞いをしなくて済みますし、私も幸いです」


 おかしな物言いをする。

 コアたまごは少し気がすすまないようだったが、渡りに船ではあった。

「わかった。一緒に行こう」


「まあ、良かった」


 眼鏡先輩は顔をほころばせ、そっぽを向いて「よし」と言う。




「でも、なんだか話が思ってるのと違うんだよなー。フワフワ感もしぼんじゃったし」


 コアたまごは気むずかしげに言う。

 ここぞとばかりに眼鏡先輩は言った。艶然と微笑む。

「愛が、足りませんか?」


「んー」


 コアたまごの表情は、変わらない。

 それを見て、眼鏡先輩も残念そうな顔をした。




 «実はわたくしも、愛は好物です»


 コンピューターは、言った。

 «生でバリボリいけますね»


(ふーん)


 コアたまごはその言葉に、何の気なしに聞いてみた。

(愛と天ぷら、どっちがおいしいかな?)



 コンピューターは、少し返答に詰まった。

 «…えーっと、気を使う答えですね»


(ならいいの)

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