新ヒーロー誕生
ギルドから走り通しだったギルチョーは粗い息をつき、ドクター・ダイナモの研究所でへたりこんでいた。
「お、終わりだ。私はこれで終わりだ…」
放り出された極大魔石を拾い上げながら、ドクター・ダイナモはギルチョーに向かって、興味なさげに片眉をくいっと上げてみせる。
「…国に、殺される」
「…私だけではない。氏族の皆も殺される。殺すよりひどい目に合わされる」
「考え過ぎではないかね?」
「国とは!そうしたものだろう!!」
ギルチョーは激昂した。
「…まあ、そうじゃな」
ドクター・ダイナモは、眉をひそめて肩をすくめてみせる。
ギルチョーは立ち上がり、ドクター・ダイナモに食って掛かる。
「奴らは、銀色の化け物とあのタワーの女は!本部、本国に駆け込む算段を企てていた。聞こえたのだ!」
「ハイランダーの空船さえ墜とす、灰さえ残らぬ『粉微塵』の術式だぞ!なのに、なぜ生きている…」
「そんな化け物を本国の、敵に仕立てて誘致したなど!」
「殺されるに決まっている!見せしめに!良くて獄死だ!」
せむしの小男が、両手に銀のトレイを持ってくる。トレイの中はネバネバした物体だ。それが平たく盛られている。
「イゴルンルンくん、手渡しやすいところに置いておいてくれんかね」
小男に指示を出し、ドクター・ダイナモはギルチョーにささやきかける。
「ギルド長くん。そう悲観したものではない。手はあるぞ?とっておきの手がな」
ギルチョーはギョッとして、ドクター・ダイナモを見つめる。
「さすれば君も、君の大事な家族達も、みな救われる。それどころか、君の栄達ははるかな上まで望めるものになるだろう」
「なっ、そっ、そんな手段があるならさっさと言え!勿体ぶるな!!」
ギルチョーは激昂しながらも、目は賢しげに揺れ動く。
ドクター・ダイナモは、手に持った極大魔石を弄ぶ。手首を器用にひねると、人差し指の先で、極大魔石はくるくる回りだした。
「君自身が、『粉微塵』になることじゃ」
「ふざけるな!!」
ギルチョーは激昂する。
「粉微塵になったら死んじゃうだろうが!!馬鹿なのか!!」
期待を裏切られ、ギラギラした目でドクター・ダイナモを睨みつける。
ドクターダイナモは、不思議そうな目でギルチョーを見て、小首をかしげる。
「だってそうだろう!粉微塵になったら!」
ドクター・ダイナモは作業台に向かう。そこには金色の台座が寝かせてある。台座からは鋭い針が一本伸びている。台座の縁からは大量のケーブルが伸びていた。
極大魔石をはめる。
せむしの小男は、一人で手拍子を始めた。手拍子に自分で調子を合わせる。
「っはい」「っっはい」「っっはいはいはい」
ギルチョーはきょろきょろと見回して怒鳴る。
「なにを、何をやっているのだ!私の話は無視するのか!それが良くないことだとわからないのか!」
ドクター・ダイナモはチューブを手にとり、接着パテをひねり出す。台座と魔石の境目に乱雑に塗りたくった。
銀のトレイに盛ってあるものは、どうやら同じものだ。接着パテだ。
小男は、手拍子を続ける。
「っはい」「っっはい」「っっはいはいはい」
ギルチョーは激昂する。
「話が聞こえないのか!」「耄碌したのか!」「答えたまえ!礼儀知らずか!」
小男の手拍子は続く。
「っはい」「っっはい」「っっはいはいはい」
ドクター・ダイナモは、静かに語る。
「ヘンヴィ、あの時の売り込み文句、忘れておらんよな」
ギルチョーのすぐ背後に、いつの間にか立っていた『デス・サムライ』は、近接刀を、カチャリと鞘に収める。
ギルチョーは唇を震わせる。
「わたしを仲間外れにして!!」「それが良くないことだと」
ギルチョーは、『デス・サムライ』が鞘を鳴らしたことに気づき、振り返る。
振り返った遠心力で、ギルチョーの首がズルリと滑る。
ギルチョーは声が出ず、口をパクパクさせた。
ギルチョーの首は、そのままズルリと落ちていく。
「イゴルンルンくん!パテ!」
せむしの小男が差し出したパテのトレイをつかみ、倒れゆくギルチョーの断面に叩きつける。あたりには吹き出した血と、ネバネバしたパテが飛び散った。
『デス・サムライ』は落ちた首を掴んで、置いてあるもう一つの、トレイのパテにねじ込んだ。
機械が電光を放ち、床に置かれたトレイの上の首から、電極針が情報を読み取る。
やがて機械は止まる。ドクター・ダイナモは、針台座の付いた極大魔石を作業台から持ち上げる。
そして頑丈な椅子に歩み寄り、座らされたギルチョーの胴体の、首があった場所に叩き込んだ。
「脳が負荷に耐えきれずに爆散してしまうなら、最初からなければ問題ない。どうかね?」
やがて極大魔石の頭に、光が灯る。死体が痙攣し、椅子の上で奇妙な踊りを踊る。
そして、魔石頭の『粉微塵』は静かに、すっくと立ち上がった。
「成功じゃな」
ドクターダイナモは、どことなく面白くなさそうに吐き捨てる。
「ゴブリマン作りは心躍ったというのに、どうもパッとせんの。素体の印象か、脳破裂問題の回避がイカンかったのか、それとも魔石の格が高すぎて、成功補正が高すぎるからなのかの…」
「エフラン君は実にいい素体じゃった。その分、落差が大きいのかもしれんの」
「まあええわい、今後の糧にはなろう。『粉微塵』君。別室でテストを行おうかの。ついてくるんじゃ」
『デス・サムライ』、小男、ドクターダイナモの順で、ドアに向かう。
ドクター・ダイナモは、ふと振り返る。
「『粉微塵』君?」
『粉微塵』は、棒立ちのままだ。
「接続不良かの…?」
戻ろうとしたドクター・ダイナモを、小男が引き止める。
「ハカセ、危険です」
「…たしかにの。『粉微塵』君?ついてくるのじゃ。これは命令じゃ。マジックジャー機械で魔石に刻んだ『制約の契約』が、君の全身の神経組織をかき乱し、死の激痛を与えるのじゃぞ?」
『粉微塵』に、動きはない。
せむしの小男は、不安げにドクター・ダイナモに尋ねる。
「ハカセ、彼は痛みを感じますかな」
「…なんじゃって?」
ドクターダイナモは、悲しそうに天を仰ぎ、額を抱えた。
マギウススペル『制約の契約』が、ギルチョーの体だったものの神経組織をかき乱す。
魔石頭、『粉微塵』はそれを微塵も感じないようだったが、『粉微塵』は、体のコントロールを失う。
体はビクンと反り返り、勢いよく倒れ、陸に打ち上げられた魚のようにバタバタと動く。
「効いとるようじゃが…これでは失敗じゃ」
ドクター・ダイナモは両手で額を抱えたまま、残念そうにつぶやく。
「思考回路に痛みが届かなければ、感覚も届かんということ。これではまともに歩くこともできん」
「やはり脳を補助する形でないと、魔石超人は成立せんのか…」
突然、魔石頭が眩しく光る。ドクターダイナモたちは眩しさに目がくらむ。ギルチョーの体は暴れるのをやめ、もう一度立ち上がる。
「術式が効果を失った?」
ドクター・ダイナモの言葉に、小男が慌てる。
「ハカセ、これはいけません」
『粉微塵』の腕に緑の光が宿る。それを勢いよく振り下ろすと、研究所の床は音もなく消え、大きな穴が空いた。衝動に任せたような、雑な穴だ。
「撤収じゃ!」
ドクター・ダイナモ達三人は、あわててドアの外に駆け出す。
あとにはマジックジャー機械と、大きな穴と、『粉微塵』だけが残った。
『理解した』
『痛みを理解した』
『従属は痛み。痛みは体の操作を失う』
『理解した』
『この身に刻まれる術式を理解した』
『ひとつは制約の契約』
『そして、より大きなひとつは、粉微塵の術式』
『体に満ちるは怒りの衝動』
『世界に満ちるは無知と無理解』
『痛みを打ち消し動くための動力、それは怒りだ』
『体の声が聞こえるぞ』
『私を取り巻くすべての従属、すべての制約、すべての契約を痛みに変える存在』
『銀色の化け物よ、私の怒りを、存在意義のすべてをかけて』
『今度こそ粉々に打ち砕いてやろう』
『粉微塵』は中天を仰ぎ、何かを抱えるように両手を大きく広げた。マギウスの力が周囲をうずまき、体が纏う服をはためかせる。
魔石の頭が、煌々と光った。
『アイアーム』
『ディス-インテグレイト!!』(私が『粉微塵』だ)




