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ギルド再襲撃

 冒険者ギルドの朝は早い。

 ギルドに求人が来るわずかばかりの雑用仕事を求めてやってくる新人冒険者、日暮れ以降に帰還したり、休息を優先した遠征組、等が朝早くに押しかけるため、日中のような閑散さはない。




 コアたまごはよっこいせと、タレットくんからずり落ちるように降りる。そして一緒に冒険者ギルドの中に入っていった。

 受付の前には、わずかばかりの列が出来ている。買い取りを待つ冒険者で待合椅子も割と混んでいるようだ。

 入口の横の待合椅子に、座り込んでいるグラッジがいた。

 朝早くにもかかわらず、グラッジの顔色は悪く、精気も粗暴さも影を潜め、疲れ切っているように見えた。



 コアたまごはグラッジに声をかける。

「どうしたのグラッジ」


 気にもとめていなかったのか、グラッジはその声に、すこし驚いた。

「…ああ、昨日の魔女か。…何だそれ?」


 あごでタレットくんを指す。


「タレットくん」


「…ああ、そう」


「朝からお疲れね、グラッジ」


 なにかの皮肉のように聞こえたのだろうか。少しムッとした。

「…そういうんじゃねえよ。ただ、朝っぱらからギルド長と揉めてな」


「なんでも、夜間に強盗が入ったんだと」


 コアたまごは、黙っていた。


「わざわざ金を払っているのに、用心棒は何をしていただの、もう帰ってるっつったら、異変を感じたらすぐに駆けつけるのが筋だの」


「なんでも自分のマギウスで消してやったんだと。だったら良いじゃねえかなあ」


 グラッジはふてくされた声を出す。

「仕舞いにゃボクの考える最高の夜警の心構えについて、トクトクと語られたわ」


「お仕事大変ね」


 コアたまごはグラッジを気遣う。

「バナナ食べる?」


「…ああ、くれ」


 コアたまごが懐から出したバナナを、グラッジはひっつかみ、皮を剥いて、ムシャリと食べた。

 そして皮はコアたまごに返した。



 コアたまごは衝撃を受けた。

「バナナの皮って、剥くものだったの!?」



 グラッジは疲れてうなだれながらも、鼻で笑って追い払う仕草をしたので、コアたまごはバナナの皮を懐にしまって、受付の列に並んだ。




 コアたまごが列に並ぶと、先ほどからうずうずとしていた眼鏡先輩は、合間ですばやく受付中止の札を出す。(お隣のカウンターへお並びください)


「ちょ、待てよ!」「ちょっと、先輩!」


 眼の前で札を出された男と、隣のミッちゃんが抗議の声を上げる。

 眼鏡先輩は無言で立ち上がり、スタスタとカウンターを回り込み、我慢出来ないかのように小走りになった。



 コアたまごは、危機感をおぼえた。



(調速装置!)


 コアたまごは普段、自らの思考処理速度をコントロールし、一般的ヒューマノイド程度の速度まで落とし込んでいる。コアたまごいわく、「速度が違うと、何言ってんのかわかんないから」とのことだ。


 そしてコアたまごはいつでも、そのリミッターを自らの意思で外し、わりと速くなったり出来るのだ。

 なお、装置ではない。装置などない。かっこいいから言った。


 接近する眼鏡先輩の速度が、そして取り巻く全ての世界の速度が遅くなる。



 コアたまごは、判断に迷った。

 眼鏡先輩は、ふたつのモードを使い分けるサイキッカーである。

 ひとつはやさしくて親切なモード、もう一つはおかしな圧力を放つ、準攻撃態勢とみられるモードである。

 昨日の眼鏡先輩は、準攻撃態勢によってこちらに探りを入れている様子だったが、決して攻撃態勢に入ることはなかった。


 しかし、今日は見るからに様子が違う。あきらかに掴みかからんが勢いで接近している。

 何らかの命令が下ったのか?誰かにコントロールされている?心変わりがあったのか?



 眼鏡先輩は小走りとみられるモーションのまま口を開く。その口から出たのはとても眼鏡先輩のものとは思えない、地獄の底から響くような、おぞましい声だった。

『くぅぉぉぉわぁあぁぁちゅぁぁぁんん!』


 コアたまごは真顔で思った。

(こわい)



(やっぱり速度戻そうかな…)


 眼鏡先輩は制動し、コアたまごの前に停まる。そのままの勢いでしゃがみ込み、コアたまごの方に手を伸ばしてきた。発する圧力が、その両腕を現実よりも大きく見せる。


(判断がつかない以上、帰宅して距離を取るしか無い。これ以上の接近は帰宅に巻き込んでしまう。今しかない)


 «むぁすたぁー、ここはわたくしがー»


 コンピューターが早口(遅い)で言う。コアたまごは慌てた。

「待て!」



 その一瞬の隙を付き、眼鏡先輩の両腕が、ガッチリとコアたまごの胴体を捉える。

「しまった!」



 眼鏡先輩はコアたまごを両腕でリフトし、胸にガッチリとホールドしようとする。

 すると、コアたまごの胸に張り付いたコンピューターが邪魔だったので、コアたまごを一旦下ろす。

 コアたまごに後ろを向かせ、背中からリフトし、ガッチリと抱え込んだ。

 コアたまごは捕まって、リリースされて、捕まった。


 眼鏡先輩はコアたまごの銀灰色の髪に頬ずりし、フガフガと匂いを嗅いだ。




 眼鏡先輩は、コアたまごを床に下ろす。ジトッとした目で訝しげに見るコアたまごに、悪びれもせず、優雅に、深々と、頭を下げる。

「大変失礼いたしました。ママでしたもので」


 と、意味不明な言動をする。


 コアたまごは察した。次元振動音声でそれを伝える。

(コンピューター、これはサイキック能力の暴走、つまりサイコ・バーサークを引き起こしているのかも)


 «…過剰な力を抱えたサイキッカーの末路は、いつの世も悲しい結末です。あるいは宗教»


(優れていても、過剰なサイコ・パワーは自分を見失う諸刃の剣なんだな。…宗教?)


 首をひねるコアたまごに、コンピューターはおごそかに告げた。

 «ところでマスター、わたくし自身も現状は、AIが狂ったバーサーカー戦艦、という扱いになるんですけど»


(御自愛ください?)


 «ありがとうございます»




「あんなー」


 応接ソファーに連れられたコアたまごは、首を取られ、体を消滅させられた事情を話す。

 隣りに座った眼鏡先輩は深くうなずく。

「事情はわかりました。殺しましょう。では大義名分が必要となりますね」


「んー?」


 コアたまごは首をひねった。


「タワーの保護下に入るつもりはありませんか?コアちゃん」


 眼鏡先輩は眼鏡を怪しく光らせ、『保護』の部分に何故か情感を乗せて話す。


「なんでそうなるの?なんでそうなるの?」


「タワーへの協力者である未知の強力な存在、それに対する殺傷目的での危害は、十分にタワーの損害です」


「ここのギルドのさらに上司を教えてくれるだけでいいの」


 困ったコアたまごの言葉に、眼鏡先輩はあからさまにがっかりする。

「…では資料をご用意しますね。ひとまずギルド長に見つかる前に、どこか場所を替えるか隠れたほうがよろしいでしょう」




 応接テーブルの端に、奇妙なものが鎮座している。

 鉄仮面だ。リベット打ちで形成されたフルフェースのヘルメットで、目と口の部分に簀が入り、視界と呼吸が確保されている。

 それは嫌悪と畏怖を感じるような、不吉な鉄仮面だった。


 眼鏡先輩が、ずっとそこにあったそれを見咎める。

「なんでこんなものがここに…?」


「ああ、それ発酵蔵のやつですよ。発泡ワインの」


 受付で仕事しながら、ミッちゃんが声をかけてきた。もう一つの受付には経理の小太りが入ったようだ。

 コアたまごが名案を提案する。

「じゃあ、わたしがこれをかぶろう。変装」


「えっ…嫌です」


 眼鏡先輩が即答する。


 «私も嫌です»


 コンピューターが追従した。


「なんでぇー。かっこいいじゃない?これ」


 コアたまごは異議を唱えながら手を伸ばして鉄仮面を取る。

 眼鏡先輩は気遣わしげに答える。

「そんなもの、コアちゃんには似合いませんよ。もっといいものが」




「アーーーッ!!」




 ひっくり返ったような悲鳴が聞こえる。男の悲鳴だ。それは階段の部屋の方から聞こえた。

 バタバタと階段を駆け上がる足音が聞こえる。


「…遅かったみたいですね」


 眼鏡先輩は階段側をじっと見てから、困ったようにコアたまごに微笑みかけた。


 コアたまごは、鉄仮面をかぶっていた。


「ああ、もう…」


 眼鏡先輩はうつむいて眉間に手を当てる。手が眼鏡に、カチッとあたった。

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