混沌の夜明け
転送器で体を作ったコアたまごは、工廠で製造中の防衛兵器が出来るまでのあいだ、映画を見て過ごすことにした。(ドロイドくんが、操作用タブレットを持ってきてくれた)
コンピューターはいない。少しでも完成を早めようと、ドロイドくんの手伝いに行っている。
コアたまごが見ているカートゥーン映画は、子どもたちが重力下で遊び回るものだ。
楽しそうに遊び回る子どもたちは、何かにつけて、遊具で真っ二つになったり、ドアに挟まれてちぎれたり、ふとした拍子に破裂したりした。
コアたまごはぺたんと座り込んで台座によりかかり、しばらくそれを見ていたが、何の気なしに映像ファイルを換えた。
次の映画は、リゾート惑星に向かった豪華客船が、レーダー網を抜けた亜光速デブリに貫かれ、沈没していく映画だ。脱出カプセルが足りず、乗客の人々は次々に、簡易宇宙服のみで真空中に飛び出していく。
恒星フレアで視界が悪く、救助の船はまだ来ない。リゾート惑星の重力に捕まった人々は、次々と落下し、燃え尽きていった。
そこで爆笑が巻き起こった。
コアたまごはびっくりして硬直する。
覚醒式脳波VRメットを被った視聴者たちは、映像を見て声を合わせて笑う。拍手さえ巻き起こった。
どうやら事故は、劇中劇らしい。コアたまごはその映画も、表情を変えずにじっと見ていたが、やにわにちらりとハッチの方を見る。コンピューターが戻ってくるかも、と思ったのだ。
コアたまごは映像を消した。
台座に寄りかかったまま天井を見上げる。天井は外部モニター化されており、夜の星々が見える。雲はすっかり晴れていた。
やがて空は蒼く染まり始める。
夜が明けようとしている。
«タレットくんです»
誇らしげなコンピューターに、ドロイドくんがカチカチと拍手をする。
紹介されたそれは、円筒形のボディをキュィィと回した。
それはまさしく円筒だった。ずんぐりした円筒だ。全高は、部屋の台座と同じぐらいだろうか。頭部はつぶらな目のようにカメラアイが内蔵され、脚部は底面に、球形の軟質タイヤが4つ付いている。
胴体部からはニョキリと、武器らしき装置が生えていた。
その武器は、補強や冷却系が施された長筒と、根本の樽状の回転式シリンダーで構成されている。どこか無敵丸のハンドブラスターを思わせた。
«リボルバーマシンキャノンです。現地の技術レベルに溶け込みつつ最大限の効果を発揮するよう、ムッチー様の武器を参考にいたしました»
«特徴的なのは、物理プロジェクタイル投射兵器であることです»
「なるほど。わからん」
コアたまごは小首をかしげる。
«ほら、隕石ぶん投げるやつあるじゃないですか。あれです»
得心がいった。
「ああ、マスドライバー攻撃のやつだ。でも反重力カタパルトってこんなに小型化出来るの?」
«反重力カタパルトは使用しておりませんよ»
「わかった。電磁レールのお安いやつだ」
«マスター、実はこの武装、電気は使用しておりません»
コアたまごは眉根を寄せて、大きく首を傾げる。
「…どうやってプロジェクタイルを飛ばすの?」
«薬品を爆発させます»
「あぶない!」
コアたまごはびっくりして二度言った。
「あぶない」
«省エネです»
「省エネは、あぶない!?」
コアたまごは物事の二面性を学んだ。
「プロジェクタイルの詰め替えとかは手でやるの?」
«リロードは、爆発の反動を使って行います»
「とんちの武器なの?」
コアたまごは、タレットくんに挨拶することにした。
「よろしくね、タレットくん」
タレットくんは嬉しげにキュィィと、頭と胴をくるりと回した。同じ方向だ。
«正直な所、もう一度ギルドと戦うことには賛成です。一方的に被害を受けて、そのまま放置してしまえば、今後の防衛に差し障ります»
コンピューターは疑問を呈す。
«しかしマスター、フワフワ感は大丈夫ですか?これ以上つつくと、あの社会の仕組みおじさん、憤死しますよ。あるいは泣いちゃうかも»
「むつかしいなあー」
«…おてんとさんに聞いてみてはいかがです?»
空気がピリリと張り詰める。
「コンピューター、言うのか、それを」
コアたまごは難しい顔をするが、コンピューターは言い聞かせるように続ける。
«マスターは、そろそろ内なるおてんとさんと、向き合う時なのです»
「プンヘッピが来るかんなー」
なおもコアたまごは躊躇する。
«来ませんよ、プンヘッピ»
当然のことのように言う。
「…わかった。やってみよう」
「わたしの心に潜んで眠る、おてんとさんシミュレーターよ!今一度、つながる力を、魂を示せ!」
コアたまごの文言によって、プルル…プルル…と、心の呼び出し音が鳴る。
(はいもしもし?)
コアたまごの心に、直接語りかける存在がある。間違いない。あの時の存在だ。
「久方ぶりだな、おてんとさん。いや、プンへッピなの?」
(あらコアたまごちゃん。…いいえ、コアたまごよ…よくぞこの場所を探し当てました。それに免じて答えましょう…)
存在は、エヘンと咳払いする。
(…私は、おてんとさんでも、プンへッピでもありません…)
「なんだって!?ならばいったい、何だと言うんだ!?」
(…私は、闇のおてんとさん…)
「なっ…闇の…おてんと…闇の…うぇえ?」
コアたまごは素っ頓狂な声を上げた。
(…光あるところに影がある…おてんとさんがアニマなら、私はアニムス…)
「闇の…おて…どういうことなの!?プラズマ渦巻く恒星の、どこに闇があるの!?」
(…さあコアたまごよ、私はそろそろ行かねばなりません…)
「恒星のほくろのところですか!あそこは本当は暗いんですか!」
存在は、本当に困ったように答える。
(あの、コアたまご?私は今、天ぷらを揚げている最中なのです。本当にもう行かなくてはなりません)
コアたまごにも、事態の深刻さがわかった。
「くっ、…謎は深まるばかりだけれど、天ぷらなら仕方ない」
(…火をかけた油から、離れてはいけませんよ…コアたまご…)
声が遠ざかる。心の受話器がガチャリと音を立てた。
コアたまごは、決意を込めてコンピューターに告げる。
「コンピューター。今は炎から離れてはいけない」
«はい、マスター。御心のままに»
「炎が燻ぶって消えてしまう前に、炎が何もかもを飲み込んで消してしまう前に。行こう、コンピューター。天ぷらを揚げに」
«はい!»
コンピューターは嬉しそうに言った。
«…天ぷら?»
朝のスラムを、タレットくんがトロトロ走る。
タレットくんの頭の上、天板の上には、コアたまごが腹ばいで、だらんとしている。
首だけのけぞらせて前を見たり、やはりだらーんとしたりしている。胸の丸いものが邪魔そうだ。
街は、少しずつ喧騒を取り戻そうとしている。
街の人々がコアたまごを見る目は、昨日とは違うものだ。金目のもの、獲物を狙うような、そんな目は微塵もない。
人々は、コアたまごを見て、ボソボソと噂する。
(何、あのかわいい存在)
(知らんのか、噂の魔女だ)
(抉りの魔女)
(心臓を潰されても、首を落とされても死なないらしい)
(あんなへんてこなゴーレムに乗ってるんだ、本物だろ)
(抉りゴーレムだろ)
(…でも、あんなにかわいいのに)
(それが、恐ろしいところさ。釣られて手を出しゃ、ガボンだ)
(銀の魔女。抉りの魔女、コアット=マゴット)
(おぞましい名前だ)
(本物の化け物)
(マゴット様にうちに来てほしい)
(正気かよ)
(馬鹿、抉られるぞ)
(くわばらくわばら)
«ちゃんと座ってください»
胸のコンピューターは言った。




