乾坤一擲
夜の闇を切り裂き、スラムの空を黄金の光が猛烈な勢いで飛来する。
差し伸べた手のひらを、バッと立てたギルチョーに、黄金の光は猛然と襲いかかる。
手のひらに張り付くように収まったそれは、ギルチョーの腕を引きちぎらん勢いで、執務室の窓から飛び込んでくる。
仰け反ったギルチョーの体に不思議なエネルギーが満ち、ミチミチと切れつつある筋繊維の力を増加、補強する。
ギルチョーは歯を食いしばり、打ち消すためのキネシス・サイキックエネルギーを、光の運動エネルギーにぶち当てる。
血管が浮き出て、目が血走り、鼻血が吹き出した。
コアたまごは、念話機の棚の前に放置された箱に気がついた。トテテと駆け寄り、中身を両手で取り出す。
「じゃじゃーん」
コアヘッドだ。
「ミッションコンプリート?」
胸のコンピューターは悲しげに、未練がましく通信で言う。
«クオリティ談義はともかくとして、歌と踊りを動画に撮っておきたかったのです。マスターのお胸にくっついたままだと、マスターの姿を動画に撮れないのです…»
«一緒にその動画を見て、その後大事にしまって永遠に塩漬けにする儀式、わたくしは必要なものだと思うのですが…»
ゼイゼイと息切れしながら、ギルチョーは手に収まったものを確認する。あのときの極大魔石だ。
もう片方の手で鼻血を拭いながら、ギルチョーは勝ち誇る。
「これで私の勝ちだな!この『粉微塵』の術式は、500年前の戦争で、ハイランダー超科学船の障壁と装甲を、抜いて墜とした伝説の術式だ!」
「クリエイション系マギウス最上位の、膨大な術式情報量!誰も発動できるものはいなかったが」
「我が国の諜報力による成し遂げを、ドクター・ダイナモの魔石加工技術を使って作り上げた、この『粉微塵』発動魔石!」
「ハイランダーの人形だろうがケイオスの怪異だろうが、防げるものではないぞ!」
コアたまごは悩む。
肩に載せてみる。
「ツーヘッデッドコアたまご?」
頭に載せてみる。
「コアたまご・ビルディング!」
小脇に抱えてみる。
「コアたまご・なんだろ。ポータブル?」
コンピューターは言う。
«そういった、拘束やアピールと捉えかねない形式的愛情表現でも、それをしない方は荒んでいくのではないか、とわたくし思います»
«形式性に心が違和感を覚えたとしても、それが無かった時の感情流動性のダウンは深刻です。そして次の機会ではもっと愛の本質に寄せることも出来る。最適化出来ると思うのです。わたくしはコンピューターですから、ルーティンの大事さはよくわかっているつもりです»
«ちょっとマスター、聞いてます?わたくし今すごく良いこと言ってるんですけど!»
「わたしのほうが良い感じのこと言ってますぅー」
«意識高い言い草をすげなく扱うのはよくないと思いますぅー»
コアたまごはコアヘッドを胸に抱える。コンピューターにコアヘッドの髪が、モフッと押し付けられる。
«ふむ、まあたしかに、良い面も否定できません»
「超空間神経伝達!」
コアたまごの掛け声とともに、胸に抱えたコアヘッドが、薄っすらと半目を開ける。
「ダメだね、血が足りない」
«ここからだと、何がおきてるのか見えないのです»
渾身の決め台詞をスルーされて、ギルチョーは激昂した。サークレットをかなぐり捨てて、髪を振り乱す。
「どいつもこいつも馬鹿にして!!」
そして極大魔石をコアたまごに向かって、差し出すように片手で抱え上げた。
「原子の塵となって反省しろ!!全身全霊の、『粉微塵』をーーーっ!!」
コアたまごとコンピューターに感知できない微量粒子が、空気を巻き込んで爆縮する。大気、魔石、ギルチョーの体のマギウス粒子が、極大魔石内に刻み込まれた回路を強く光らせる。
体内から吸い出されるマギウス粒子の激痛と、エネルギーの圧力、そして全能感に、ギルチョーは吠えた。
コンピューターの野生の勘が危険を告げる。プラズマ化した推進剤を急に吹かして、急旋回と急加速を組み合わせた緊急回避運動を取る。コアたまごはつんのめって吹っ飛んだ。コンピューターの球体がコアたまごの上胸にめり込み、胸骨がメキメキと折れる。
極大魔石から発射された緑の光弾は、弧を描いてホーミングし、離脱しようとするコアたまごを急襲した。
緑の光弾は、腕から離れたコアヘッドを、プラズマを撒き散らすコンピューターを、そしてコアたまごを巻き込んだ。
なんの跡形も、エネルギーの残滓もなく、緑の光弾とそれに巻き込まれたコアたまごたちは、消えた。
白い部屋の台座には、不思議な灰色のたまごが鎮座している。否、鎮座はしていない。たまごは焦ったようにオロオロしていた。
「全損しちゃった!」
コンプレッサー音とともに壁のハッチが開く。廊下から、金属の球体がコロコロと転がってきた。
«ちょっとマスター、この丸いの、買うと結構お高いんですよ?まあうちの工廠でライセンス製造してますけど»
«…そういえばライツを払えなくなってしまいました…»
コンピューターは、はたと気がついたかのように言った。
「困るー」
«困ります»
コアたまごとコンピューターは、困った。
«では、反省会をいたしましょう»
「はい」
居住まいを正す。
«今回の敗北、マスターは何が足りなかったとお思いですか»
「うーん、素早さ?」
素早さがあれば、あの緑の光弾を回避できたかもしれない。音速程度の素早さは必要だろうか。
«素早さは大事です。しかし、強力な武力を持つ敵に対して交渉を行う場合、必要なのは、まず説得力です»
「口のうまさとかかな」
«説得力というのは、相手の意志を曲げる力です。口のうまさも重要ですが、基本的に交渉相手の意思というものは、ただでは曲がりません。損益が必要です»
«今回のような社会の仕組みを象徴する敵相手には、やはりこちらが相手に実際の破滅を提供出来ることを、悟らせなければなりません»
「フワッとしてないやつ」
«はい。フワフワ感が作戦の根幹になるのなら、こちらからの積極的攻撃や威嚇攻撃は、トゲトゲ感で採用しづらくなります。したがって、防衛が主軸となるでしょう。こちらの防衛力を見せつけることで、相手の攻撃を封じねばなりません。ジョット様も言っておられましたね»
「なるほど、製造中の防衛兵器を示威に使うんだね」
«それでやっと交渉のテーブルにのぞめるのです»
«しかし、あの社会の仕組み人のサイキックブラストは、かなり強力でしたね。あれでは自尊心で動いてしまうのも分かる話です»
「あれどうなってたの。ビームって曲がるものなの?」
コアたまごは、たまごをかしげた。
«曲がった理屈はわかりませんが、ヒッグス粒子場と電荷を消滅もしくは破壊、除去して物質を崩壊させる、原子分解サイキックブラストだったようですね»
「レーザーキャノンより強い?」
«攻撃速度は及びませんが、対装甲打撃力は非常に強そうです。この艦のナノテック複合装甲でも抜かれますねあれ»
「なんだか強そうね」
«不思議なのは、おかしなホーミングもですが、熱エネルギーが全く発生しなかったことです。このため対消滅攻撃ではなかったようですが…次元操作でしょうか»
「次元干渉はなかったよ」
«正直お手上げです。不思議攻撃です»
「魔法なんじゃないの」
«またまた»




