真夜中の訪問者
冒険者ギルドの二階に、ギルド長の執務室はある。
すっかり夜も更けてきた。最新のマギウスランプが執務室を煌々と照らす。
ギルチョーはこの時間になっても、羽ペン片手に執務室で書類仕事をしていた。
冒険者ギルドマギウスシティ支部は、治安の悪い場所柄もあり、日暮れとともに業務を終える。正門は固く施錠され、階段裏の勝手口から職員は出入りすることになる。
ギルチョー以外の職員はとっくに帰ってしまっている。ギルチョーは目元の小鼻を指でつまみ、目をしばたかせてから深くため息をつく。
ため息を付いた後、声に出して「ふう」だの「はぁー」だの、誰に聞かせるでもなく口に出してみせる。
突如、締めた木窓がガタガタと音をたてた。ギルチョーは鋭く目を向けた。
その途端、木窓は破砕音を立てて内側に吹っ飛んだ。
ギルチョーは縮こまって絶句する。
緑の継ぎ接ぎズボンと、同じ材質のフットラップが、窓からにゅっと生えていた。それはスルスルと引っ込み、白煙とともに何かが投げ込まれる。
その四角い何かは、ガタンゴトンと音を立てて床を転がり滑る。
ギルチョーはそのまま固まって、おののきながら様子をうかがう。
しかしもう、何も起きることはなかった。木窓を失った窓から、音を立てて風が吹き込んだ。
そこにあるのは見事な装飾が施された、大きな木箱だった。ギルチョーは何が起きたのか察した。
「…あのジジイめ!あとで念話器で文句を言ってやる!かけてくるなと言おうが知ったことか!」
ギルチョーは毒づいたが、表情は明るい。席を立ち上がり、木箱を拾う。
「だが、遂に完成したか。氏族の、否、種族の悲願」
木箱を執務机に置き、戸棚から発泡ワインの瓶と、透明なグラスを持ってくる。
「万感の思いとは、このことなのだな」
グラスを執務机に置き、発泡ワインのコルクを親指で押し出してポンと飛ばす。
「私の栄達で、氏族の皆にも楽をさせてやれる。それは素晴らしいことだ」
吹き出した泡が床と机を汚すが、気にせず発泡ワインをグラスに注ぐ。
「未来に」
軽くグラスを掲げ、ぬるいワインを一口飲む。そして深くため息を付いた。
木箱の留め金を外し、蓋を開ける。
そこには首が入っていた。
ギルチョーは小さな悲鳴とともに蓋を取り落とした。
その首は、可憐で、美しかった。首の高さに切りそろえた銀灰色の髪が、マギウスランプの光に怪しくきらめく。
双眸を閉じた白皙の美貌は傷一つ無い。それどころか首の切断面さえ皮膜に覆われていた。常在ナノマシンが修復したのだ。
不意を突かれておののいてしまったギルチョーは、慌てて体裁を取り繕うと、あらためて首をまじまじと見つめる。
「おぉ…」
そして感嘆の声を上げた。口元に歪んだ笑みを浮かべる。
「そうか。この首を本国に贈れば、手柄が増えると見込んだか。ドクター・ダイナモも、なかなか気が利く」
ギルチョーは、おそるおそると箱の中の首に手を伸ばす。
首の額に手を当てて、銀灰色の髪をかきあげ、そのままつたって頬を撫でる。
下くちびるに親指をかけ、ぷにぷにと押してみる。
その感触に、ギルチョーは陶酔した。
何かが部屋にいる。
視界の隅に映った。何かがいる。
ギルチョーはギョッとして、恐る恐ると何かを見据える。
銀色の子供だ。
ドアを開ける音も、足音もしなかった。それはいつの間にか、部屋の中央にいた。
マギウスランプの光に、銀灰色の髪がきらめく。
子供は口を開いた。
「返して」
ギルチョーは呆然として、箱の中をみる。
同じ顔だ。同じ顔の首が、そこにはあった。
ギルチョーが顔をあげると、いつのまにか銀色の子供は執務机の前にいた。
ギルチョーのすぐ目の前に。
銀色の子供はすっと、手のひらを差し出す。
「それを返して」
ギルチョーは絶叫した。




