地球人の体をつくろう
«銀河のお国の産湯を使い»
«お上の差配でマスターの、世話を任され幾星霜»
«いまだわたくし、マスター第一の臣であると自負しております»
「はい」
«あの頃のマスターは、とにかく無口なタチでございました。何を言ってもだんまりで、お国の方もわたくしも、最初はひどく難儀したものでございます»
«しかしよくよく見れば、態度や景色、たたずまいに、しかと了見がございますもので»
«言葉を交わし合わずとも通じ合えはするものだと、わたくし軽く自負しておりました»
«此度のことでそのマスターが突然しゃべり始めたものですから、それはもうわたくし、驚きましたとも»
«これぞまさしく驚天動地。おどろ木ももの木さんしょの木»
«結構毛だらけ猫灰だらけ、おまたのお毛毛ももっけもけでございます»
「お前は何を言ってるんだ」
«黙って聞きなさい!»
「はい」
球体がかぶせ気味に怒ったので、たまごはまた居住まいを正した。
«あのマスターがしゃべり始めたのです。もちろんわたくし、嬉しく思いましたとも»
«ところがでございますよ»
球体は、無い肩を落とす。
«肝心のお声がですね?お前だれ、でございましょう?»
«あーあーわたくしなどマスターに比べればミジンコのミ、ゾウリムシのゾでございます。悲しくはありますけれども、そんな扱い一向に構いませんとも。ええ»
«ただ、その後がよろしくない。大変よろしくない»
«わたくしも製造から500はとうに越えましたが、この歳になってまで、大事なこの子に、たばかりをならべて財をかすめとろうなどという、そんな魂胆を見せつけられるだなんて…»
球体はしばしわななき、そして叫んだ。
«なーげーかーわーしぃー!!»
«世間様にも顔向けできねえ!あたしゃ育てを間違えた»
«かくなる上は腹を切り、きたねえはらわた差し出して、どうぞ素っ首晒しくださいと行きたいが»
«そうもいかねえ!»
球体は推進気体を吹かしながら、床をカンカンと跳ね鳴らす。
«お腹を痛めた我が子じゃないが、この子を立派に育ててみせると、あたしゃあの時おてんとさんに誓ったんだ»
«流れ流され幾億銀河、あの日誓ったおてんとさんも、すっかり遠くになっちまったが»
«さあ見ておくんなせえ»
四方の壁と天井が、見えない球形に食い破られるように消えていく。そこには周囲の景色があった。異物感のあるハッチだけは消えず、そこに残って浮かんでいる。
周りは見渡す限りの宇宙だ。眩しくまばらなはぐれ星たちと、銀河の帯に散りばめられた、たくさんの星々。
そして中天には、はっきり大きく燃え輝く恒星。この星系の主だろう。
«あの日誓ったおてんとさんに、すっかりよく似た太陽が»
«そこでニッコリほほえんでるじゃねえか…»
«おてんとさんよ、どうか堪忍しておくれ。この子はそんなにワルじゃねえ。ちょいと魔が差しただけなんだ»
«さあさマスター、誓っておくれよ。これからはおてんとさんのニッコリ笑顔に、そっぽを向いて生きはしないと»
«あやまって!はやくあやまっテ!»
たまごは謝った。
「ごめんね?」
«おてんとさんに謝って!»
「おてんとさんごめんなさい」
«なあにおてんとさんは許してくれるさ。おてんとさんはでかくてあったけえんだ»
察するに、おてんとさんとは恒星に住む宇宙的存在、グレーターコズミックビーイングなのだ。しかもかなり強力な。たまごは思った。
(交戦すれば、きっと激しい戦いになる。ここは慎重に様子を見るべき)
たまごは、警戒を強めるのだった。
「ごめんて、コンピューター」
たまごは改めて謝る。
«悲しかったんですよ?»
だが、この地球人スタートは、たまごにとっては考えに考え、練りに練られた必殺のプランだったのだ。それがいきなり頓挫してしまった。
「500年考えたのにー」
たまごはしょんぼりした。
コンピューターはそれを見て、空中で少しうろたえる。
«…まあその、暗いところで考えると、わからなくなるものですよ。それより人の体をご所望なのですか?»
「うん」
たまごは言い募る。
「ほしい」
«少しの問題をクリアすれば、この艦の設備で対応できますよ。理由をお聞きしても?»
「あんなー」
たまごは居住まいを正す。
「わたしは、ここの宙域、ここの世界政府と交渉を行なおうと思う」
«ほほう»
«宣戦布告ですね?…いいえ…あえて交渉におもむくとおっしゃる。マスターのそのお心、わたくし理解いたしました»
「わたしの意図を汲んでくれたんだね、コンピューター」
たまごは嬉しそうにしている。
«最高権力の譲渡を迫るのですね»
「えー」
たまごは汚い声で答えた。
«最高権力さえおさえてしまえば、この場所こそマスターの安住の地となりましょう。簒奪せずともマスターのお力ならば、なるほど交渉も容易»
「ちっがうよ。なんでそうバチバチするほうに行くの」
«戦艦ですのに»
コンピューターは残念そうに言う。
たまごはない胸を張り、澄んだ声で高らかに宣言した。
「わたしが世界に望むのは、協調と調和だよ、コンピューター」
«協調と…調和»
「そうだ、コンピューター」
«急激にものすごく胡散臭くなりました»
そっけなくコンピューターは言う。
「なんでぇー」
たまごは抗議した。
«申し訳ありません、マスター。お続けください»
「わたしは現地政府との交渉によって、人類に協調と調和を求めようと思う。そのための歩み寄りとして、人の姿を取ろうと思うのだ」
「人々と交渉するには」
たまごは言葉を切る。
「わたしは異形すぎる」
«マスター…»
「この姿ならば、わたしがあの強力で強大な『レガシー』である、と気づく者もいるかも知れない」
«ん?おう。はい»
「さすればお国の二の舞となることもあるだろう」
淡々と語っていたたまごは、エヘンと胸を張った。
「だけど、遠き星からわざわざやってきた、ヒューマノイド仲間である地球人なら、現地人類の同胞じゃない?交渉するのは簡単だと思うの」
コンピューターは黙っていた。
そうだ。この子の言うとおりだ。宇宙を震撼させる破壊の権化、『レガシーキューブ』『レガシー』であると、この周辺宙域のものには決して知られてはいけない。それは必ず、この子の望まぬものばかりを呼び寄せることだろう。
この子がその破滅の力を振るわないように、人々の中では決して叶わぬ協調と調和を求めるというのなら、ならばわたくしが代わって力を振るわなくてはならないだろう。当艦のクラスの名に恥じぬディザスターを、この星系に振りまくこともいとわない。
お国の方々がおっしゃった、『レガシー』の隔離隠蔽など、口先の飾りにすぎない。芽生えたばかりのこの子の心を曇らせ染め上げて、黒き破壊の権化にしてはいけない。わたくしは、当艦はそのためにこの子に配属されたのだ。
たまごがつづける。
「そして地球人の姿を手に入れた暁には、わたしは星系のメディアを通して、届く限りの全世界に」
誇りを持って、高らかに。
「『レガシー宣言』を行なうのだ!」
«えっ»
コンピューターは当惑した。
「えっ」
たまごは当惑した。