敗北のムード
しばらくして、中肉中背の目立たない男が走って戻ってくる。
「ギルド長の部屋に連れてこい、とのことです!」
「は?」
眼鏡先輩の殺気が膨れ上がる。怪しく揺らめく金色の瞳が、周囲に強い意志を放つ。男とコアたまごはビクッとした。
目立たない男は弁明する。
「…そういじめんでください。あの人の性格はよくご存知でしょう。連れて行かなくては私が」
「では、私が同伴しましょう」
眼鏡先輩は立ち上がり、スラリとしたポーズでメガネをクイッと直す。
目立たない男はペコペコと頭を下げる。
「勘弁してください!ほんと、勘弁してください!私にだって生活があるんです!どうかここは!」
「お仕事大変ね」
コアたまごが気遣った。
眼鏡先輩は嘆息し、論調を和らげて言う。
「無事にここに帰すこと。あなたの責任で完遂しなさい。よろしいですね?」
二階に登り、コアたまごと目立たない男は、豪華なドアの付いた部屋の前に立つ。男はドアをノックした。
「…入りたまえ」
二人は部屋に踏み込む。
「君は下がっていい」
踏み込むやいなや、目立たない男はヘコヘコしながらドアの外に戻り、しっかりとドアを閉じる。
コアたまごは、豪華な執務机の向こうに座る男を、じっと見上げる。
エングレープの施された立派な上着を着た、長身痩躯の男だった。顔立ちは美しいが頬は痩け、肩まで流れる左右に分けた金髪をサークレットで束ねている。
きつく釣り上がったアーモンド形の目。歪んだほほ笑みを浮かべている。特徴的なのは耳だ。それは鋭く尖っていた。
間違いない。
(バロカン人だ)
«バロカン人ですね»
(バロカン人、わたしのとこに表敬訪問と視察で来たよ。いい人だった)
«こんな無限に離れた宇宙にも、バロカン人がいるんですね。歴史の古い星人ですから。大したものです»
バロカン人(val-'o-karn)とは、お国の人類が初めて接触した他文明星人である。ファーストコンタクトから人類に対し非常に友好的かつ協力的であり、当時(はるかな昔である)、世代間播種船で版図を広げるしかなかった人類に、光速を超える航法であるワープ航法を伝えたと言われている。
精神性に優れたサイキッカー種族であり、相手の感情を読み取ったり意思を伝えたりする、テレパス系サイキックに秀でている。
そして特徴的なのはその挨拶だ。バロカン人同士が片手を軽く上げ合い、手のひらを見せ合う。
一人が言う。
「儲かってますか?」
もうひとりが返す。
「長生きが一番ですわ」
間違いない。いい人だ。
コアたまごはこの挨拶が好きだった。ここは自分から、あこがれのバロカン式挨拶を仕掛ける絶好の機会である。
コアたまごは頭の高さに片手を上げて、手のひらをはっきりと見せる。そして高らかに言った。
「儲かってますか?」
眼の前の人物は言った。
「…君はなにを言ってるのかね」
「ちがった」
「私は、エルブンガルド、ギル氏族が壱、ギルチョー=デ=ギルチョーだ」
男は執務机の向こうで座ったまま、居丈高に名乗りを上げる。
コアたまごも名乗ることにした。
「わたしはコアたまご」
「そんなことは聞いとらん!」
男、ギルチョーが激昂する。血走った目で叫びながら、両手のひらで執務机を勢いよく叩く。コアたまごはびっくりしてしまった。
「貴様の魂胆はわかっているぞ!」
ギルチョーがつばを飛ばしながら怒鳴りかかる。
「再びこの世界で、暴虐の限りを尽くそうというのであろう!」
「私が生まれる前ではあるが、貴様たちから受けた500年前の屈辱を、我々は決して忘れるものではないぞ!」
「あのー」
「我々高貴で崇高たるエルフ族が、いつまでも貴様たちを見過ごすわけがないだろうが!舐めるな!」
「多分人違いだと思うんですけど」
コアたまごがおっかなびっくり異を唱える。
「だまらっしゃい!!人が話していることに、口を挟むな!礼儀をしらんのか貴様は!」
「私が正しいことしか言っていないことさえ理解できないのか!」
「礼儀知らずの使いっ走りが口答えしてはいけないことぐらいわからないのかね!」
「わかったかね!」「返事はどうした!」「言葉を理解しておるのかね!」
ギルチョーは、唇を震わせる。
「もういい!話にならない!」「出ていきたまえ!」「さっさとしたまえ!」
コアたまごはしょんぼりしながら、とぼとぼと一階に戻る。
うろうろと気をもんでいた眼鏡先輩は、戻ってきたコアたまごに駆け寄る。コアたまごの様子をみると、後ろをついて降りてきた目立たない男をキッと睨む。
目立たない男は視線をそらし、自分の机に戻ってしまった。
「大丈夫ですか?嫌なこと言われました?」
眼鏡先輩の心配げな問いかけに、コアたまごは弱々しく答える。
「おこられたー」
「くびり殺してやる」
「えっ」
「いえ、…大変でしたね、コアちゃん。もう一杯甘いお紅茶はいかがですか?気分が落ち着きますよ。お菓子があればよかったのですけど」
「今日は帰る」
「えっ…あっ、登録はどうです?用紙は持っていかれてしまいましたから、もう一度」
コアたまごはかぶりを振る。
「…そうですか…」
眼鏡先輩は見るからに落胆した。
カウンターを抜ける前に、ミッちゃんがコアたまごを呼び止める。
ミッちゃんは申し訳なさそうに、小さなトレイに載せた、大きめの銀貨を差し出した。
コアたまごは銀貨を受け取ると、ジョットの兄貴のところに小走りで駆け寄り、ありがと、と銀貨を差し出す。
ジョットの兄貴は複雑そうな顔で、それを受け取った。
「もう帰ろ?」
コアたまごはジョットの兄貴に言った。
「ええ」
ジョットの兄貴は答えた。




