敵性基準
眼鏡先輩は、コロコロと笑って言う。
「それも面白いかと思いますけど、甘いのがお好きなのでしたら、3つぐらいがちょうど甘くて美味しいと思いますよ」
「ふむ」
コアたまごはコンピューターと相談する。
(この底知れない女性へのこれ以上の刺激は、無用の攻撃を誘うヤブヘビになるかも)
«そもそもわたくし達は、冒険者ギルドに藪蛇しに来たんですけれども»
(二正面作戦になるのは避けたい。ジャスティスタワー…侮れない相手のようだ)
「ならそれで」
コアたまごは、眼鏡先輩の提案を肯定する。
眼鏡先輩は、陰にある部屋から銀色のトレイを持ってくる。そこには琥珀色の液体をたたえたカップ、そしてソーサーが二組載っている。
コアたまごはソファーの上で、足をパタパタしながら待っていたが、眼鏡先輩の接近に居住まいを正す。
「さあ、どうぞ」
カップの乗ったソーサーをコアたまごの目の前のテーブルに置き、眼鏡先輩はなぜか、コアたまごの正面ではなく隣に座る。
コアたまごはカップを両手で支えて飲もうとしたが、想定以上の熱量を感じ、フー、フーと深く息を吹きかける。空冷式を採用したのだ。
そしておそるおそる、チビリと飲んだ。
「…んまい」
気取られぬよう横目で、眼鏡先輩の様子をうかがう。彼女が攻撃姿勢に入る様子はない。ただ、表情をうかがい知ることは出来ないが、なにかヤバイ表情を浮かべているような、そんな圧力を感じた。
コアたまごは気を引き締め、カップを置く。
「あなたの話は聞いている。ジャスティスタワーのヤバイ奴だね」
眼鏡先輩は柔和にほほえんでいたが、それを聞いて笑顔を深める。そして、カウンターの向こうで様子をうかがうジョットの兄貴に視線を向けた。ジョットの兄貴はすばやく視線をそらした。
「…ヤバくはありません。普通ですよ。ところで、魔女さま、とお呼びすれば?」
「わたしはコアたまご」
「コアちゃん、とお呼びしても?」
変にグイグイくる。
「?いいけど」
「それでコアちゃんは、この冒険者ギルドにどんな御用で参られたのですか?」
コアたまごは、オコーチャをフーフーし、ちびちび飲む。甘くておいしい。
「あんなー」
いけない、油断をしてはいけない。
「わたしは、冒険者ギルドという『敵』がどういうものなのか、見極めに来た」
空気がピリリと張り詰める。
「『敵』…」
眼鏡先輩は考える。
(これは、良くない案件です。仕事のモードにならなくては…)
(ママスイッチオフ!お仕事スイッチオン!)
眼鏡先輩は、メガネをクイッと直した。
「それで、コアちゃんはどのようにして、冒険者ギルドを『敵』だと見定めたのですか?」
「識者の意見?」
眼鏡先輩は眉根を寄せる。
「…信用できる方々なのですか?」
「そこそこー?」
コアたまごは、大きく首を傾げた。
眼鏡先輩のスイッチングサーボモーターが唸りを上げ、ママスイッチが入りそうになる。
(言って聞かせなくては!そして世間の荒波から保護しなくてはなりません!)
そして、首を横に振って正気を保とうとする。
(いけません!我が内なるママよ、静まりなさい!)
眼鏡先輩がメガネの位置を直す。内なるママがきしみを上げる。今はこの眼の前の脅威を、タワーの脅威たり得ぬように、導くべき時なのだ。
「…そうですね、コアちゃんが『敵』と断定する、なにか基準のようなものはありますか?」
「うーん、わたしが適切にかまわれることを邪魔する人?」
«マスター、それ言っちゃうのはちょっと»
眼鏡先輩がうなずく。
「素晴らしい見識です」
«えー»
コンピューターは困惑した。
(どやー?)
コアたまごは得意げな顔をする。
「我々、タワーも同じです」
こころなし硬く冷えた声で、眼鏡先輩は続ける。
「巨額の送金、使途不明金、架空冒険者への報酬、頻繁にやり取りされる秘密文書」
仕事をしているていで聞き耳を立てていた、経理の小太りがビクッとする。
「どれもタワーは興味がありません」
眼鏡先輩の金色の瞳が怪しく揺らめく。
「重要なのは、タワーに敵対するか否か、タワーに被害を及ぼすか否か。そういう意味では、冒険者ギルドなど」
軽く咳払いをする。
「冒険者ギルドは我々の敵ではありません」
「ふーん、わたしの敵もギルドにはいない?」
「それは…」
眼鏡先輩は、明らかに迷った。
「…わかりません」
そして続ける。
「コアちゃんは、敵を殺しますか?」
「そこまでではない?」
コアたまごは首を傾げた。
「ただ、敵の戦力がわかると安心するかも?だからこっそり見に来たの」
(暇だったのもあるけど)
コアたまごは指向性振動波を飛ばす。
«知ってた»
コンピューターは通信で答えた。
「…それで、コアちゃんは敵の見極めは出来ましたか?」
「全然わからーん」
眼鏡先輩の問いにコアたまごは勢いよく、そして微妙な位置までお手上げをする。そしてすぐに手を下げた。
「ですよね」
眼鏡先輩は、くすくす笑った。
「センパーイ!そっち超楽しそうなんですけど!あたしもそっちがいいんですけど?」
受付カウンターのミッちゃんが声を上げる。
「ミッちゃんは仕事」
「だれも客が来ないんですけど!あ、ジョットさん、登録します?」
「しない」




