いつもの白い部屋/プロローグ
不思議な光が、静寂とともに部屋を照らした。
がらんどうの部屋だった。白い小部屋だ。
部屋の中央には子供の背丈ほどもある石造りの台座。その上には奇妙な灰色のたまごが鎮座している。
たまごは殻とも金属とも言い難い質感で、生物的にも機械的にも見える。
四方の壁の一つには、この奇妙な部屋にそぐわない、機械的なハッチがついている。
ハッチの扉は固く噛み合い、何者をも通すまいという強固な意思があるように見える。あるいは、何者かをここから出すまいとしているのか…
静寂を切り開き、ハッチがコンプレッサー音とともに開く。
小さな金属の球体だ。
ハッチの向こうの通路から、球体がふわりふわりと入ってきた。
工学的に穿たれた各部ホールから推進気体を細かく噴射しながら、球体はたまごの正面に器用に静止する。
«おはようございます。前回シャットダウンより、銀河標準時間において500年あまりが経過しております。当艦は通常空間潜望深度へ、正常に浮上いたしました。基幹部正常、システムオールグリーン。…今回の再起動、並びに通常空間への浮上。いかがなさいましたか?なにか問題でも発生いたしましたでしょうか»
«マスターコア»
球体は物言わぬたまごへと、柔らかな口調で話しかけた。
いや、台座のたまごは、まるで身じろぎをするかのように動いている。
たまごは球体に言った。
「だれ?」
球体は静止したまま沈黙した。そして言った。
«うわ、しゃべった»
「うわて」
「私は地球人。魂だけが宇宙を駆け、魂の器たるこのたまごに宿った。それがわたしだ」
«地球人»
「そう。地球人が転生してきたんだぞ。地球人は、偶発的に死んだりちょっと目を離すとすぐ転生しちゃう、困った星人なんだ」
«ふむ»
「だが一つ困ったことがある。わたしは肉体を、地球人ボディを失ってしまった」
「人の魂には人の体が必要なんだ。張り巡らされた感覚器が、知性にひも付けされ、動作を導く分泌が。…今やこの身は肉体を失い、意識というデータだけの存在。虚無に疲弊した魂が、ゴーストが薄れていくのがわかるぞ」
「とける~、電子の海にとけるぅ~」
たまごは、たまごをじたばたさせた。
«今はオフラインですよ»
たまごは硬直した。
気を取り直して続ける。
「そして地球人は、人外に転生しても、わりとすぐ人に戻っちゃう星人なんだ」
«形状記憶星人なんですね»
「そうさ」
うなずく素振りでたまごは言う。
「丸い人よ、頼みがある。わたしに人の体を作ってくれないか?わたしの意識と魂が、寄る辺もなくただ流され消えてしまう前に」
«うーん»
「たのむよー」
たまごはゴネた。
«つまり、要約するとこういうことですね»
球体は少し黙考する。
«あなたは超常の力で飛来した、もともとは肉体を持っていた情報生命体、地球人である»
「うんうん」
«そしてお国の最重要機密オブジェクト、『レガシー』であるマスターコアを、超常の力でハッキングし、乗っ取ったのですね»
「ん?」
たまごをかしげた。
「ちゃうねん。あれ?」
「悪い地球人じゃないよ」
«そして『レガシー』であるマスターコアを人質に、軍籍であるわたくしに、当艦の設備と資源を流用、横領するよう脅迫しているのですね、地球人»
「あのあの」
たまごは焦った。
「そんなむつかしい話じゃなくて」
「もっとふわっとした地球人なのだよ?」
球体は硬い声で答える。
«マスター»
「地球人。はい」
«ちょっとそこに座りなさい»
「はい」
たまごはすでに台座に座っていたが、賢明にも黙っていた。せめてということで居住まいを正す。