ドクター・ダイナモの優雅な研究②
小男が、転がっていく中大の魔石をえっちらおっちらと追いかけていく。
ドクター・ダイナモは泣きじゃくる若者の横に立ち、元気づけるように肩をポンポン叩く。そして耳元でこうささやいた。
「…エフランくん。君を笑い者にした者たちに、目にものを見せてやりたくはないかね?」
「侮られ、あしらわれ、すげなく扱われるたびに、君は酷く、それは酷く傷つけられてきたのではないか?」
若者はしゃくりあげながら、かすれた声でうん、と言う。
「君自身に、人に見せつけられるだけの力が備わったならば、君への評価をひっくり返すことなど、酷くたやすいこととなろう」
「人生には、賭けねばならん瞬間がある。君には大きな、とても大きな流れが来ていることを感じないかね?」
若者は鼻を啜り上げながら、顔をしかめていかにも自分は考えてるふうの顔を作る。
「立ち止まってまごついているうちに、大きな流れが過ぎ去って、歯がゆい思いをすることは、若い時分にはあることなのじゃよ」
「しかしながら君が超人へと相成った時は、それは素晴らしい力が宿ることじゃろう。ギルド基準でAランク、いやいやSランクにもなりうる力が」
若者の目に、狡猾な光が宿る。若者は、もう泣いてはいなかった。
「…同意かね?」
若者は泣きはらした目をふせ、鼻をすすり、うん、はい、と言い直した。
ドクター・ダイナモは若者の肩をポンと軽く叩き、作業台に向かい本作業の準備を始める。
小男がうやうやしく、トレイに乗った小さな三針の台座をドクター・ダイナモに差し出す。
ドクター・ダイナモはケーブルの束から三本のケーブルを引っ張り出す。赤、黒、緑のケーブルだ。
ケーブルの先端はクリップ電極になっており、それぞれを台座の脚部三針に装着する。
「それに、君は実に幸運なのだよ、エフランくん」
作業を進めながら、ドクター・ダイナモは若者に語りかけた。
「なにせ、君ははじめての成功例になるかもしれんのだからな」
若者は一拍のあいだ呆けた後、深く息を吸い込み、腹のそこから絶叫した
「AHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「いつもの行くぞ!イゴルンルンくん!」
「はい博士」
ドクター・ダイナモは胴から深くうつむいて踏ん張り、リズムよく自分を鼓舞する。小男はそれに合いの手を入れた。
「できるできる!!」「ハカセはできる」
「できるできる!!」「ゼッタイできる」
「できるできる!!」「次こそできる」
「グリス!」
ドクター・ダイナモが白衣の袖をはためかせ、両手をガバっと広げる。その片手に小男は、開封してある小さなグリスの丸缶を載せた。
ドクター・ダイナモは指を缶に突っ込み、勢いよくグリスをすくい上げ、小さな魔石の下半分にベッタリと塗りたくり、三針の台座にはめ込む。
「パテ!」
ドクターダイナモはグリスを白衣で拭いながら、もう片方の手を小男に向ける。その片手に小男は、パテの入ったチューブを握らせる。
ドクターダイナモはチューブを握り、台座と魔石の境界にパテを汚く塗りたくる。
「ミュージック!」
ドクターダイナモはパチンと指を鳴らす。小男は黒い円盤の乗った音波増幅器のスイッチを入れ、リーダーの針を円盤に落とすとアップテンポの曲が流れ出す。
ドクターダイナモは機械についた取っ手付きのワイヤーを勢いよく引っ張る。キュルルと音がした後、機械は爆音を上げて稼働を始めた。
そしてドクターダイナモと小男は音楽に拍子を合わせた。
「ごいっしょにー!」
「「ッハイ!」」
「「ッッハイ!」」
「「ッッハイハイハイ!!」」
「マジックジャ~~~~、スタート!」
ドクター・ダイナモが、勢いよく巨大な三又根本のレバーを引き倒す。
バン、と強烈な破裂音と閃光がほとばしり、いまだに弱々しい悲鳴を上げていた若者はビクンと硬直する。
機械とケーブル、コード類、若者の体に紫光の残滓が走る。若者の体は徐々に弛緩し、白目を剥き、口元に泡を吹いた。
円筒の生えたヘルメットからキュルキュルと音がする。電極針が巻き戻っているのだ。若者の体が合わせて痙攣する。巻き戻りが終わると、万力のネジが自動で、張り詰めたものが切れるように緩む。
ドクター・ダイナモはヘルメットから伸びるコードをまとめて掴み、ヘルメットを脱がせようとするが革紐が引っかかる。若者の胸に足をかけてふんばり、ヘルメットを引っこ抜く。
小男が電極クリップから三針台座付きの魔石を外し、トレイに乗せて持ってきた。ドクター・ダイナモはそれを無造作に掴む。
「はいぃーっ!!」
気合とともにそれを、若者の額に叩き込んだ。椅子に持たれて首を傾げ、うつむいていた若者は、椅子の上で大きく跳ねた。
若者の体が脱力し、顎が開いて舌がありえないほど垂れ下がる。
それをみてドクター・ダイナモは静かにつぶやいた。
「…成功じゃ…」
大きく息を吐きだす。
「やっと成功じゃ。頭が爆散していない」
それを聞いた小男が、もっともらしくのたまう。
「先のいしずえ達も、これで浮かばれましょう」
「そうとも!」
ドクター・ダイナモは安堵の笑みを浮かべる。
「いつもながら、喜びよりも安堵が先に立つものじゃな」
よかったよかっただの、魔石を小さくしたのが良かっただの言っている二人の背後で、半開きだったドアがキイと開く。
「そろそろいいかね?」
二人はビクンとした。
入ってきたのは長身痩躯の男だった。顔立ちは美しいが青白く頬は痩け、肩まで流れる左右に分けた金髪を、シンプルなサークレットで束ねている。
アーモンド形の目はきつく釣り上がり、口元は歪んだほほ笑みを浮かべ、特徴的な耳は鋭く尖っている。
間違いない、異星人だ。
エングレープの施されたゆったりしたジャケットの中にベストを着込み、フリルネクタイを締めている。スラリとしたスラックスを履き、コツコツを革靴を響かせて、笑顔を張り付かせた異星人は部屋に入ってきた。
ドクター・ダイナモは疑わしげに尋ねる。
「…いつからおった?」
「君は運が良いの辺りか」
「ならばさっさと声をかけんか!!」
被せ気味にドクター・ダイナモは、キーキーと怒る。
「…私はもちろんそうしようと思ったさ。だが、彼が邪魔をしてね?」
異星人は笑顔を張り付かせたまま、扉に向き直り呼びかける。
「入ってきたまえ」
入ってきたのは闇を纏った男だった。全身を隠す黒装束を身にまとい、黒のブーツはほとんど足音がしない。
腰のベルトの左脇に、反った細身の近接刀が入った鞘を身につけ、頭から被り背中を覆う黒いクロークフードが、その胸元までを隠す。
そして顔は奇妙な仮面で覆われていた。局地装甲服を思わせるそのマスクからは、くぐもった呼吸音が聞こえる。
見事な意匠の刻まれた、人の頭より大きい木箱を左腕の小脇にかかえていた。
異星人は、不吉な男からドクター・ダイナモに向き直る。優雅を気取って片手を広げ、自慢げに男のことを紹介する。
「『デス・サムライ』だ」