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潜入、アドベンチャラーズ・イン

 アドベンチャラーズ・インの店主は、丁寧に食器を磨いていた。壮年で頭頂の禿げ上がった、彫りの深い印象的な顔立ちの男だ。その表情やたたずまいには、深い思慮が感じられる。


 カウンターには上半身ほぼ裸の、屈強すぎる蛮族の戦士が黙々と、潰した芋を食べている。


 いくつかのテーブルには危険な気配のする男女が数人、酒を飲んだり談笑したり、金貨を積み上げて賭け事をしている。




 蝶番の錆びついたスイングドアがギギ、と開き、小柄な影が入ってくる。

 一斉に喧騒が止み、視線が集まり、剣呑な空気が立ち込めた。武器に手をかけるものもいる。



 それは子供だった。銀灰色の髪色の、あまりに可憐で美しい子供だった。幾人かは自分の目を疑った。


 あまりにこの場に似つかわしくない。あまりに奇妙で珍妙な子供だった。


 銀の上下に薄桃色の外套を羽織り、胸にへんてこな鉄球をくっつけ、ごついブーツでコツコツと歩く。なぜか前掛け、紺色のエプロンをしており、全面にプレートが付いた奇妙な紺色のキャップをかぶっている。


 勝手に動く奇妙な台車を押していた。車輪は無く、軟質のボールが代わりについている。

 台車の上には分厚く真新しい紙箱が積んである。紙箱には宇宙みかん20ギャラクティックキロ、と大げさな意匠で描かれており、中には肉色の、長方形で棒状のものが詰まっている。




 銀色の子供は朗々と、だみ声で話し始めた。

「え~、肉~」


 そしてカウンターに向かってゆったりと進み始めた。

「肉~、謎肉~、加工肉~」


「社員も喰わない、形成肉~」


「ミンチより酷いよ~」



 あまりの出来事に、すべてのものが声を失う。子供はそのまま店主の前に進み出て、澄んだ声でこう言った。

「あんなー、肉買って」


 店主は額に手をやり、眉間にシワを寄せてうつむいた。




 店主は顔を上げ、疲れたように目をしばたかせる。そして静かに、強い口調で言った。

「いらん。帰れ」


「そっかー」


 銀色の子供はしょんぼりした。

 その時突然、子供の胸の鉄球が、雑音混じりにしゃべりだす。

『あーあー、まあ旦那さん、ちょいと待っておくんなせえ』


「うわ、しゃべった」


 何故か子供が驚く。



『旦那さん、この子はそりゃあ大層可愛そうな身の上なんです』


 鉄球は話を続ける

『加工肉工場で、その日をなんとか生きるために、いっしょけんめい働いていたんです』


『ところが不幸にも、その加工肉工場が火事で焼けてしまってね』


『これじゃあとても給料は払えない、工場は倒産、この子も路頭に迷ってしまったんです』



『せめて給料の代りにと、親切で気の毒な工場の社長さんが、瓦礫と灰から掘り出した、焼け残った肉を給料の代りにと』


『だからこの肉が売れないと、この子は本当に本当に路頭に迷っちまうんです』


「やあそれは気の毒だ」


 銀色の子供は他人事のように、棒読みの口調で合いの手を入れる。


「買ってやらなきゃ、かわいそうだ」



 暗がりのテーブルからは、微かにすすり泣きが聞こえる。

『だけどもこれはいいもんだ。森の奥地の大牛の肉だ』


『人を石にし、怪光線を放つ化け物牛の肉だ。こいつがとびきり旨いんだ』


『ちょっと火事でおかしな事になっちまったが、こうやって加工してやれば』


『何ヶ月でも保つすごい肉だ』


『どうだい旦那さん、いくつか買っちゃあくれないか』


「よし、わたしは買うぞー!」


 子供が棒読みの口調で言う。


「買っておやりよマスター」


 奥のテーブルから声が上がる。


「うるせえ!!」


 店主がすごんで怒鳴った。




「なあ嬢ちゃん、あんたが尋常じゃない存在なのはわかる」


 店主はたしなめるように言う。

「だがな、ここは元々一見さんお断りなんだ。誰かの紹介がないと受け入れるわけにゃいかないんだよ」


「ここでは一切詮索も禁止だ。詮索はしねえ、さあ、帰った帰った」



 銀色の子供、コアたまごはその言葉に、思い出したかのように伝える。

「ここにいる人に会いに来たんだよ。その人が紹介してくれると思う」


「…誰だ?」


 店主は眉をひそめる。


「ムッチー」


「…本当に誰だ」


 店主は考え込んだ。


『違いますよマスター、ほら、キラキラネームの』


「外道照身ムチムチ丸」


「ああ、あいつか…」


 店主はさらに考え込んだ。




«マスターとマスターがかぶってしまいました…»


 コンピューターが悲しそうに通信で言うが、放っておく。


「そのムチムチ丸な、今はいない。留守だ。仕事で出かけてな、まだここには来ていないな」


「なあんだ」


«来るのが早すぎましたね。ムッチー様はまだ森の中でしょうか»


 店主は続ける。

「だからお前を入れるわけにはいかん。ムチムチ丸が帰った頃に、日をあらためて来るんだな」


「今日のところは帰れ」


 コアたまごはしょんぼりした。



 店主はそんなコアたまごの様子を見ると、頭の両脇、毛が残ったところをかきながら言う。

「詮索はせんし、強制もせんがな」


「嬢ちゃんは、冒険者ギルドには顔を出さんほうがいいな」


「なんで?」


 コアたまごは顔を上げて尋ねる。

「理由はいろいろだ。詮索はするなよ」


「いろいろかー」



「あそこはこことは違う。本当にろくな事にならないだろうさ」


 店主は嘆息すると、追い払うように手を振った。

「さあ、帰れ帰れ」



 コアたまごは踵を返しかけ、そして気がついたように言った。

「お肉はいらない?」


 店主は渋い顔をする。

「…試供品を置いていけ」

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