アドベンチャラーズ・イン
「姐さん、あそこは本当にヤバイところです。姐さんのお力の程度は正直わかりませんが、本当に大丈夫ですかい?」
「わからーん」
コアたまごは勢いよく、コンピューターを胸の上にペターンと貼り付けた。
「危なくなっても、一瞬で家に帰れるのでダイジョブ」
「便利なもんですねえ」
ジョットの兄貴はちらり、とコンピューターを見た。
「このスラムはですね、大体4つに分かれてまして。うちの組がシマ張ってるこの東側は、本当の貧乏地区です」
「街道沿いの北側は市場を仕切る他所の組が、海沿いの南側は不法港を仕切るまた別の組が管理してまして」
「河沿いの西側はですね、まああそこはここと違って半分マギウスシティみたいなもんです。冒険者ギルトっていう外資の組合が根を張ってまして」
「ならず者を集めて危ない仕事を斡旋しちゃあピンはねしてる、まあひどい奴らが仕切ってるんですよ」
「で、スラムのど真ん中にそびえ立つのが、悪名高きアドベンチャラーズ・インってわけです」
「ギルドのしみったれた連中とは違う、本物の化け物のたまり場でしてね」
「いわば見るからに危険にした姐さんみたいな連中ですよ。そんなのが集まって、ろくに仕事もせず昼間っから酒をかっくらっちゃあ、だべってるんです」
「うらやましいこって」
「どこの組も、ギルドの連中さえあそこには近づきません。もう近くに行くだけでヤバさが伝わってくるんですよ」
«精神感応波で人避けしてるんですね。サイキッカーの培養脳をつないだ機械みたいなのがあって、すごくお高いんですよ»
「ああなるほど」
歩きながら、ジョットの兄貴の説明を受ける。物珍しげな、あるいは昏い視線は何度も感じたが、それらはジョットの兄貴を見るなりいそいそと離れていく。
「姐さん、俺はここまでです。これ以上は勘弁して下さいよ」
「わかった。ありがとう」
そこにはそれなりに大きな、2階建ての木造の建物があった。入り口は両開き木製のスイングドアになっていて、なかからカチャカチャという食器の音や、談笑する声が聞こえる。
ジョットの兄貴に別れを告げて、コアたまごはスイングドアを伺う。
「入っていって大丈夫かな」
«こういう場所は、新参に厳しいですからねえ»
コンピューターは訳知り顔で語る。
«足を引っ掛けられたり、因縁つけられたり、表に連れ出されて決闘させられたりするんですよ»
「えぇ…新参ってただ新しく来ただけの人じゃない?なんでそんな新しい人に意地悪するの?」
«それはですね、新参とは、奪いに来た人間だからです。だから元からいる人達は自衛をしなければいけないんですよ»
「どういうことなの!?」
「新参とは…危険な存在だった?」
«そのとおりです。マスター»
コンピューターは厳かに伝える。
«すべてのものには、限りがあります。食料、嗜好品、雇用、利権、そして時間»
「経済が潤沢すぎるって、なかなかないからね」
«新参とは、それら古参が所有している、あるいは所有する権利を持っている有形無形のリソースを、当然のように俺にもよこせと迫ってくる、恐るべき捕食者なのです»
「なんてことだ…」
«したり顔で潜入し、アピールで古参を拘束し、ヘラヘラ笑ってパイに手を出し、時には新参に優しくなどというプロパガンダを駆使する、それが新参なのです»
「そうか…わたしは己の無知ゆえに、そんな新参をかばおうとしたんだな…」
コアたまごは悔しげにうつむき、そして叫んだ。
「コンピューター、わたしは、新参が憎い!!」
«いけません、マスター!残酷です!»
「何故だ!」
コアたまごは憎々しげに聞く。
«マスター、新参とは日々生まれゆくもの。人はみな、新参を生き、新参を漂い、そして新参に死んでいくのです。マスターが憎しみを向けるものは、そういうものなのです!マスターが憎んでは、救いがないものなのです!»
「…そうか!」
コアたまごは黒い瞳をらんらんと輝かせた。
「新参は、宇宙なんだ!」
«はい!»
コンピューターは、とても嬉しそうに答えた。
「となれば話は簡単だ。我々は新参として、奪うものとして入ってはいけない。与えるもの、あるいは対等なものとして入ればいい」
«さすがはマスターです»
「よし、一度戻ろう。準備が必要だ」