お持ち帰りおじさんと兄貴
ハッチが開き、ドロイドくんが外に顔を出した。
「うわっ」
「いや、申し訳ありません。突然だったんでびっくりしちまったんで。いやホント。こっちこそ突然あいすいません。銀色のちっちゃい姐さんはご在宅ですかね」
ハッチの向こうから、男の声が聞こえる。
「わたしだ」
台座を飛び降り、コアたまごはハッチに向かった。コンピューターもコロコロと続く。
「はーいー」
ぴょこんと顔を出す。
「地権者の方ですか?」
「はい?ああいえ、この辺の土地に権利なんてものは無いんです。いやホントはあるんでしょうけどねえ」
体格は良いが贅肉のない体つきをしている、目付きの鋭い伊達男だ。派手でラフな格好をして、大きな紙袋を抱えている。
「申し遅れました。俺はこの辺を取り仕切ってる組織のもんで、ジョットと申します」
「ジョットの兄貴!こいつでさあ!こいつが袋と縄を盗ったんだ!」
背の低い小太りの男が、居丈高かつ賢しげに指を指して叫ぶ。お持ち帰りおじさんだ。
「黙ってろって言っただろう。なんでもこの家がパッと現れて、姐さんもパッと消えたとか」
「おれの大事な商売道具が、食いちぎられたみたいになっただよ!こいつが切ったに違いないだ!」
コアたまごははた、と思い至った。
「ああ、帰るときに袋を巻き込んじゃった?流石に正確に自分のかたちで超空間に入るのはむつかしいね」
«てかマスター、有機体ボディで超空間に突っ込んで大丈夫なんですか?イカれてません?»
「自分のかたちをよく知ってれば、超空間で自分のかたちを失うことはないのだ」
«自分探し女子みたいなこと言って»
ジョットの兄貴にコンピューターの通信は聞こえない。当惑する。
「おっしゃってることはよくわかりませんが、魔女とか魔法使いとか、姐さんそれですよね」
「魔女」
«ほほう»
コアたまごとコンピューターは、顔を見合わせた。
「そうです」
「そんなわけねえだよジョットの兄貴!こんな綺麗なおべべ着たガキがこんな場所にいるなんて、ただの阿呆だ!格好のカモだ!」
ジョットの兄貴はチラリと、お持ち帰りおじさんを一瞥する。お持ち帰りおじさんは黙り込んだ。
「魔女の姐さん、この度は本当にすいません。こいつは詫びのしるしです」
ジョットの兄貴は大きな紙袋をさしだした。ドロイドくんが受け取る。
「バナナです」
「ほほう」
«クイックスキャン…良いものです»
「ありがとう」
「袋と縄を盗ったことだって認めたんだ!罪を償わせるだ!連れてくだよ!」
「その鉄の骨野郎だってジョットの兄貴ならイチコロだ!ゲヘフェフェ、そしたら身ぐるみ剥いでふんじばって、それからまるっと家探しするだよ」
ジョットの兄貴と、コアたまごと、ドロイドくんは、一斉にお持ち帰りおじさんを見る。
お持ち帰りおじさんは黙り込んだ。
ドロイドくんはキュイ、と肩をすくめた。
「本当すいませんね。ただね、そのことで少しだけお話というかお願いがありまして。いえ、聞くだけ、聞くだけでいいんです」
ジョットの兄貴は真面目くさった顔で続ける。
「この辺はスラム街の中でもずっと治安が悪いとこなんです。うちの組ではまあ、よそ者の悪いのはなるべくボコしてるんですけどね」
「治安維持軍だ」
コアたまごは感心する。
「ここは難民も流民も出稼ぎも、あくどい奴らもケイオスの化け物みたいなのも流れ込んでくる。いや姐さんもその一人ですがね」
「ここの悪い奴らもその日生きるのに必死なんです。そんななかに旨そうな餌ぶら下げた、触ったら死んじまうような凶悪…強力な罠が野放しでいるとですね」
「姐さんのことですよ。その、困るんですよ。返り討ちだけで死体の山が出来ちまう」
「こいつはそんな強そうに見えねえだ。ジョットの兄貴の考えすぎだ」
お持ち帰りおじさんは鼻で笑う。もうだれもお持ち帰りおじさんを見なかった。
「あー、そのことなんですよ。もうちょっと強いと言うか、いかついと言うか、手を出しちゃいけねえって分かる感じの?そういうのを連れ歩いてもらえるとですね。こちらとしては助かるんですよ」
「なるほど」
コアたまごは感心する。
「ただでさえ姐さんはそんな見てくれだ。ちょっと危険を負ってでも、ちょっかい出すやつは必ずいます」
「そこの鉄骨の兄さんみたいな人達に囲ませるなりですね、必要なくともですよ。ちょっと考えてほしいんですよ」
「わかった。善処する」
«マスター、アドベンチャラーズ・インの場所を聞きましょう»
コンピューターが通信でささやく。
「ジョットの兄貴、わたしが用事のあるところの場所を教えてほしいんだけど」
「護衛の準備だって大変だ。今日は案内させやすよ」
ジョットの兄貴は人当たり良く言う。
「アドベンチャラーズ・インってとこなんだけど」
「「えっ」」
ジョットの兄貴とお持ち帰りおじさんが、汚い声でハモる。
ジョットの兄貴が額を押さえる。お持ち帰りおじさんは真っ青になってブルブル震えだし、後退りした。
「…おい、お前、姐さんを案内しろ」
額を押さえたまま天を仰いだジョットの兄貴の言葉に、お持ち帰りおじさんは激しく何度も首を振り、脱兎のごとく駆け出し、転び、もつれるように駆け出した。
ジョットの兄貴は言った。
「泣けてきた」
「大変ね」
コアたまごはジョットの兄貴をいたわった。
「…近くまでならご案内できますよ。流石に中までは勘弁してください」
「ありがとう。じゃあ行こう」