お持ち帰りおじさんがいるので映画でも見よう
木々生い茂る山脈を越えると、とても高い塔、そして海と街が見えてきた。
ほぼ正確な円形にえぐれた湾、クレーター湾の中心に高い塔が立っている。2000ギャラクティックフィートほどもあろうか。
クレーターの周りは爆風によって作られた台地になっており、台地を沿うように両側をふたつの河が流れ、海に注がれている。
台地には建物が立ち並び、河向こうまで街並は広がっている。森と周辺農地の境目には駐屯地らしきものがあり、要塞化されているようだった。
街の南側は海に面していて、クレーター湾の外側は大きな港になっているようだ。
「軌道エレベーター跡地かな?」
«建造途中に破棄したものかもしれませんね。軌道エレベーターはペイするの大変なんです»
「周りに人住んじゃったらもう危なくて使えないね」
クレーター台地東側の河、その岸向こう、中央街の東側に位置する街は、人工は密集しているようだが街並みというにはあまりにみすぼらしい。木造のあばら家ばかりで石造りの建物はほとんど無く、難民キャンプのようなものまで見える。どうやらスラム街はここのようだ。
コアたまごたちはキューブをスラムのさらに東側、外苑部の空き地に降ろした。
「これ地権者に許可取らないとダメだね」
«宇宙港があればいいんですけどねえ。ところでマスター、キューブをもう少し通常空間に浮上させてくださいよ。今の深度だと肉眼では見えてませんから、通行人がぶつかってイテってなりますよ»
「へーい」
«艦まで浮上させて周辺壊滅しないように気をつけてくださいね»
スラムの空き地に、正方形の白い建物が、まるで魔法のように出現した。近くにいた男が悲鳴を上げ、腰を抜かす。
「とりあえず道聞きながらムッチーのとこ目指そうかな」
コアたまごは、ドロイドくんに渡されたサーコートを着込む。
«マスター、わたくしがお供いたします»
「転がっていくの?」
«マスターの首の下にでもくっつけていってくださいよ。アクセサリーに擬態していきます»
ドロイドくんが強力粘着両面テープを持ってきた。コンピューターの球の後ろに貼り、コアたまごの服の胸部の上、首の下にペタッと貼り付ける。
«どうです?»
「重たい」
«ちょっと改造しましたし、お役に立てると思いますよ»
ハッチで手を振るドロイドくんに出立を告げて、コアたまごは歩き出す。時間はまだ昼だ。物珍しげな視線や、昏い視線を感じた。
突然、後ろからコアたまごに大きな麻袋が被せられた。被せた男はコアたまごの入った袋を手早くロープでぐるぐる巻きにする。
コアたまごは梱包された。
「あれ?」
男はコアたまごの入った袋を肩に担ぎ、意気揚々と歩き出した。
「ねえちょっと。もしもし。あれ?」
「んもー、困るなあ」
コアたまごは白い部屋の台座の上で、腹ばいでだらーんとしていた。
「お持ち帰りされるところだよ」
«大丈夫ですよ、マスター»
粘着テープから剥がれ落ちたコンピューターは、床からコアたまごを慰める。
«わたくしだって、マスターをお持ち帰りしたいです»
「ありがとう」
「あのお持ち帰りおじさんが外にいると出かけられないね」
コアたまごは台座に座り直して足をパタパタさせる。
«排除しますか?»
「やめとこ。少し時間つぶして、お持ち帰りおじさんがいなくなってから出かけよう」
«なにかゲームでもします?»
「久しぶりに映画でも見てよう」
«わたくしが見てないやつがいいですね»
『私がアルファクラスタの魔女と知った上で言ってるの?』
キツめの顔をしたブルネットの美少女が、主人公に侮蔑の声を叩きつける。
『しょぼくれたおっさんだが、一応はウィザードだ。魔女とはきっと、お似合いさ』
主人公であるマイクはフリーのハッカーである。電脳空間で悪さを働く彼らだが、ごく一部のトップハッカーたちは、尊敬を込めて【ウイザード】の肩書で呼ばれているのだ。
『…私には、生身の体さえないのよ』
『電脳空間でなら、いくらでも抱きしめられる』
『そう。だったら、ためしに抱きしめてみればいいわ。アルファ・ファウンデーション・サーバーのメガクラウド複合多重攻性防壁が、恐ろしくないのならね』
冷たい言葉とは裏腹に、ためらいがちに、そして優雅に差し出されたその手を、マイクは掴んだ。躊躇なく、そして力強く引き寄せ、抱きしめる。
『ふわぁっっっ!』
魔女はあまりの事に身をすくめ、こわばらせる。
「ロリコンだ!ロリコンだ!」
コアたまごはキャッキャと騒ぎ立てた。
«どこでそんな言葉を覚えてきたんですか…»
「お国の人が言ってた」
«あいつら…しかしメガ・コングロマリットの看板バーチャルハッカーに手ぇ出すとか信じられませんね。ヤクザ来ますよヤクザ»
現実世界の粗末なベッドの上にあるマイクの体には、猛烈な嵐が吹き荒れていた。
オーバークロックされた補助端末が、オーバーロードで次々と冷却機ごと爆発する。
頚椎のコネクタと脳波コネクトメットで並列接続されたマイクの体が激しく痙攣する。
頚椎コネクタに接続された主幹ケーブルが、爆裂ボルトによって緊急パージされる。
鼻血が吹き出し、脳波コネクトメットの中に血があふれる。
小汚い小部屋に煙が立ち込め、マイクの痙攣が止まる。
メイン端末のいくつかがダウンし、バイタルサインが停止する。
コルセットされた生命維持装置が自動で電撃を送った。バン、と音がして身体が跳ね、まだ生きている端末画面が、過電流で点滅する。
魔女はマイクに体を預け、胸に顔を埋めた。
『あなたの匂いがする』
(コアたまご「おっさん臭そう!」)
マイクは苦しげに言う。
『脳が焼ききれそうだ』
『…大っ変!離れて!』
魔女ははっと我に返り、素に戻ってマイクを突き放そうとした。
マイクは苦しげに微笑み、魔女に告げる。
『君への想いで、さ』
(「ヒュー」«ヒュー»)
二人は見つめ合い、顔を近づけ、そしてコアたまごの視界が暗くなった。
「ちょっとー?」
ドロイドくんが台座の後ろに立ち、コアたまごの目をマニピュレーターで覆ったようだ。
«ぐへへへ。これはバーチャルベッド展開ですよ»
「人は光学センサーが目しか無いかんなー」
«ええーっ!まさか!まさかの展開!まさかのバーチャルケーブル触手ですかーっ!?業が深い!これは業が深い!ああっ、マイクのマイクが!マイクのマイクが!»
「お歌かな?」
音楽が盛り上がったところで、ノックの音がした。
「お客さんだ」
«んもー»
音と映像が消え、白い壁に戻る。明かりが灯る。
ドロイドくんが台座を離れ、ハッチを開けた。