【コアたまご宣言全文】
『諸君らが知っての通り、この宇宙、この世界に闘争に満ちていることは周知の事実である』
『人類の歴史は、闘争の歴史である。人類が存続する限り、人同士の闘争は決して無くなるものではない、と断言できるだろう』
『人類の発展とは、人の屍の上に立つものであり、闘争は、適者生存、種族存続をかけた戦略であることを、否定できるものではないからだ』
『だが、その闘争の影では、ただ犠牲になるばかりの人々がいることを忘れてはならない』
『戦い、奪い、傷つけ、せせら笑う世界の上では、みずからもそれに属さなければ、たちまち取り囲まれて、嬲り殺しにされてしまうことだろう』
『わたしは、それが悲しい!』
『この悲しみが、広がってはならない!』
『国家、法、文化の円熟は、未来においてその悲しみに歯止めをかけるもの足りうるだろう』
『だが、国家の円熟などというものは、今を生きる人間にとってはただ座して待てる代物ではない』
『しかしながら、未来を勝ち取るために行われる闘争は、すぐにおのおのの今を守る御題目となりはて、容易に理想を失ってしまう。なぜだ!わたしが思うに』
『それは、闘争を国全体、人類全体のためなどと言う、おこがましさにあるのだ!』
『わたしがかつて赴いた、遥か彼方の宇宙の先も、また同じであったからだ』
『それでもわたしは、人類の可能性、闘争の中で個々が掴む、未来の存在を信じたい』
『わたしに、そんな君たちの、未来へ向かう力を貸していただきたい』
『ゆえに、諸君らに、わたしが望むことは唯一つ!』
『わたしを、適切にかまえ』
『驕ることなく、蔑むことなく、奪うことなく、疎むことなく、適切にわたしをかまうのだ』
『全知、全能、全精力をもって、わたしにかまっていただきたい!』
『さすればわたしは、大いなる喜びに満ち溢れるだろう!』
演台のコアたまごは、両手を大きく上げ広げて、天を仰ぐように人々に呼びかけた。
心のオーディエンスの一人が、いても立ってもいられないかのように喝采を叫ぶ。
「コアたまご、万歳!」
歓声があたりを包み込む。心のオーディエンスの人々は、口々に喝采を叫ぶ。そしてやがてそれはひとつとなった。心の帽子が宙を舞い、心の花吹雪があたりを舞う。
『『万歳!万歳!コアたまご、万歳!』』
コアたまごはお礼を口にしながら、人々を見渡しながら両手を振る。歓声が一段と大きくなった。コアたまごは、いつまでもいつまでも手を振っていた。
部屋の台座を演台代わりに、台車にすっくと立ったコアたまごは手をふるのをやめて、満面の得意顔でコンピューターとドロイドくんを見た。
コンピューターは言った。
«お前それ絶対外で言うなよ»
ドロイドくんは気を使うかのように、両マニピュレーターをためらいがちにカチカチと打ち合わせていたが、コンピューターの言葉で気まずげに両腕をおろした。
コアたまごは不思議そうに抗議する。
「なんでぇー」
«ポカーンてなりますよ»
「えー?」
«ポカーンて»
「世界の問題とわたしの問題を浮き彫りにして解決に導く、歴史に残る名宣言なんですけどー」
«うーん、そうですねえ、世界の何処かに、マスターの宣言に共感し、賛同を示したい人が出てくるとします»
「それはうれしい」
«しかし、物事に理解を表明する、その事自体が人類にとって闘争たりえるのです»
「破綻!」
«ポカーンとしてた人達と殺し合いになりますよ»
「それでは人類に適切にかまわれるなど絶望的じゃないかー!」
コアたまごは膝をつき、両腕を床に打ちつけた。
「心のオーディエンスたちは温かく迎えてくれたというのに!」
«心のオーディエンス»
コンピューターは少し考えて続けた。
«仕込みでしょう。サクラですね»
「くそー!」
「結局自分でひとりひとり探すしか無いのかー!」
«マスターは何故こんな宣言をなされようと思われたんです?»
「あんなー」
コアたまごは気を取り直して立ち上がった。膝をパンパンとはらう。
「お国の学者の人達がいたじゃない。情勢で別れたけどさ、あの人ら面白かった」
«ああ»
コンピューターは腑に落ちた感じで続けた。
«マスターはあいつら…あの方々のお話に、答えはしませんでしたけど»
«なんかデュフデュフしてましたもんね»
「あー!」
コアたまごは両手で顔を覆った。
「やめて!」
«『レガシー』に関わる人達ですから、お国の知的トップアスリートですよ。精神性スコアの各ツリーそれぞれにおいて、基準を満たしていない人は弾かれてましたし»
«インテリジェンス部門にダメ出しされる人も結構いました»
「頭が悪かったの?」
«まあ、そうそう居ませんよ»
「じゃあ、とりあえずムッチーのとこ行こう。いい人そうだったし、適切にかまってくれそう」
«んー…そうですか?»
「マギウスシティだって。まだ着かないの」
«各種センサーにかからないよう、通常空間界面を低空低速で航行しています。お待ち下さい»
«あ、あれかな?見えてきましたよ»