戦士の背負うもの
「恒星ごと超空間の彼方にふっとばしてやる!」
«ちょ、ちょっとマスター?»
コンピューターは焦った。
«どうして?どうしてそんなことになったんです»
「あんなー」
「ムッチーは牛肉防衛隊が接近しているのがわかってて、わたしとの話を優先したじゃない?」
«そうですね。索敵班や狙撃班も配置してますし、接近には気づいていたでしょうね。あと素敵な部隊名ですね»
「戦闘には大きなリスクがある。それを負ってまで、みずからすすんで戦闘をしたい人はいないと思うんだ」
«…んっ?そうですか?»
「そうさ。ムッチーはその慈悲の心で、我が身の危険も顧みず助けてくれたんだよ。なにも持たない漂流者の、このわたしを」
«…盛りすぎの気が…»
「省エネの心を捨ててまで!」
«省エネ»
「おてんとさんは穢れた肉を許しはしないだろう」
「おそらく、おてんとさんとの戦いは、いつになく厳しいものとなる」
「だが、それでもわたしは恩義に報いたい!」
「恒星ごと超空間の彼方にふっとばしてやる!」
«いけませーん!»
「なんでぇー」
コアたまごは当惑する。
コンピューターは超空間通信越しに、コホンと咳払いをした。
«マスター、その肉は穢れてなどおりません»
「なんだって!?」
«その穢れは、ムッチー様が背負うものだからです»
「穢れを…ムッチーが?」
«そうです。ムッチー様は自分の使命や信念のために戦ったのです»
«なれば戦いに生まれた罪も、恨みも、すべてムッチー様のもの»
「それではムッチーが!」
«ムッチー様が、それを望みますか?»
コンピューターは諭すように、穏やかに語りかける。
«使命を帯びた戦士が、使命で浴びた穢れならば、背負うのは責任であり、誇りでありましょう»
「…そうか…わたしはまた出しゃばって、ムッチーの誇りを奪おうとしたんだな」
コアたまごはしょんぼりした。
「わかったよ、コンピューター」
そして決意を込めて、高らかに告げた。
「わたしは、わたしの背負える責任だけを背負う!」
«はい!»
コンピューターは、とても嬉しそうに答えた。
「…あー、もういいか?」
よくわからない独り言を言うコアたまごを下から眺めていた無敵丸であったが、独り言の結論が出たようなのでコアたまごに呼びかけた。
「ムッチー、わたしは牛を運ぶよ。禊ぎは必要ないとわかった」
「そうか。ならこの牛の肉はすべてお前にやる。俺らはぼちぼち行かにゃあならん」
無敵丸は牛の死骸をペシペシと叩く。
「ムッチー、それはいけない。肉と責任には対価が必要だよ」
「ならば、金を払え」
「えー」
コアたまごは困ってしまった。
「現地通貨は持ち合わせがないなあ」
「なら後払いで良い。貸しにしておいてやる」
「どこに払いに行けばいいの?」
「向こうの方角にずっと、海に出るまで行くとな。高い塔の建った街がある。マギウスシティと言ってな。そこのスラムの一角に、アドベンチャラーズ・インという酒場がある。俺はそこに出入りしている」
「わかった」
「間違えて冒険者ギルドの方に行くなよ。多分面倒なことになるからな」
「?わかった。コンピューター、なにか現地通貨に換金できそうなものはある?…えぇー?」
「どうした」
「代金は自分で稼げだって!酷くない!?」
「コアたまご」
無敵丸は、もっともらしい顔でうなずいてみせた。
「普通だ」
「えー?」
無敵丸は、別れと言うにはまるで追い払うかように手をひらひらさせる。そして背を向けて歩き出した。
「またねー」
吸い込まれるようなそよ風が吹いた。無敵丸はふと振り返り、そしてギョッとした。
大牛があった地面は大きく半球状にえぐり取られ、なめらかな断面を見せていた。耐えかねたように土くれが斜面をパラパラと転がり落ちる。そこには牛の死骸も、コアたまごも、草木も、血に濡れた地面も、なにもなかった。
起きたそよ風はすぐに止まり、どこかから鳥の鳴き声が聞こえる。無敵丸は底冷えするような目で、その大穴を見つめた。
「土の味がしそうだな」
そして森に向かって大声で呼びかける。
「撤収するぞ!急げ!」
「大将!俺らにも見してくださいよ!」
森から近づく声が、無敵丸の呼びかけに答えた。
無敵丸は横目でチラリと穴を見ると、大声で返した。
「ちょっとだぞ!」