恵梨香との出会い
祐は校舎から女子寮へ向かう。
桜が亡くなってから1年が経つが祐が寮監に無理を言ってまだ、そのままにしてもらっているのだ。それも今月までには何とかしろと言われてしまったので急いで取り掛かった次第だ。
桜の部屋に入る。
「さてと、やりますかね」
桜という少女とはとても小さい頃からの付き合いで男女交際という意味でも付き合っていた。
桜が死んだ原因は訓練森林にいる魔獣に殺されたと言われたがなんとも腑に落ちない。桜は当時学年一位の実力者だったのだからある程度弱体化されている魔獣に殺されるということはまずありえない。
桜が死んでから訓練森林は閉鎖され、半年後に別の場所に新しい訓練森林が造られた。
今は旧訓練森林には立ち入ることも出来ないので自分で現場検証もできない。
祐は真実を知るために桜を生き返られることにした。「死者蘇生術式」を使って。それは人の中にある記憶から人を創り出す魔術らしいが、術式どころか使用したという記録すら残っていない。その術式を見つけるために祐はこの1年の約半分を費やしてきた。だが、手がかりは未だにゼロである。ここまで来ると世界最強の魔術師にでも助けを借りたくなってくる。
祐は調べ物に1年まるまる費やした訳ではなく、調べ物ともう半分は自分をひたすら鍛えていた。
その時の訓練では能力ごとに生徒達をグループ分けしたのだ。1年前の祐の順位は112位、桜と一緒にいられるわけがなかった。
だから、今度は祐が桜を守れるようになるためにひたすら自分を鍛えた。
1年間本気でやったこの二つはまだ、中途半端なのだ。術式の手がかりは見つからず、自分は学年3位、これが自分の限界なのだろうか。まだ、終わったわけではない、とにかくまだやるべき事は残っているのだからそのためにはとにかく時間が必要だ。
それにあたって今すぐに片付けるべきことはこの部屋の掃除である。
かなりの時間掃除をしていたため思った以上に疲れてしまった。外は既に夕日が落ちそうだ。
1度休憩をしようとしたらふと、机の上にあるアルバムが目に止まった。手に取り開いてみると、初めて歩けた桜の写真、初めて泳げた桜の写真、祐と遊んでいる桜の写真、入学式の桜と祐の写真、全てがここに桜がいるような幻想を作り出す。
少し泣きそうになり、鼻をすする。
すると背後から気配を感じる。。後ろに人がいるような気がする。たが、この部屋には祐以外の人はいないはず。恐る恐る後ろを振り返る。後ろにいた者を見て祐は息を飲んだ。
ベットに、少女が寝ていた。
少女は祐と同じくらいの歳だろうか綺麗な顔つきに綺麗な髪、誰がどう見ても美少女だ。だが、この美しさが逆に祐の警戒を強くさせる。
「ん、んぅ〜」
少女は少し唸るような声を出して起き上がる。
穢れを知らないような瞳が祐を捉える。
「あなた、誰?ここ、どこ?」
少女は祐を警戒することなく自分の疑問を口にする。
祐は一瞬どう答えるべきか迷ったが素直に言う。
「俺は師子堂祐だ。ここはクラレスト魔術学院だ」
「祐?タスク?たすく?」
少女は学院ではなく祐の名前に反応する。
祐の名前をイントネーションを変えながら何回か言う。
「うっ、うあぁぁっ」
するといきなり少女は急に頭を抑えてうめき声を上げた。
「だ、大丈夫か?」
相手が苦しそにしているが祐はまだ警戒しているため近づかず声をかける。
「うん、大丈夫」
明らかに辛そうだが少女が大丈夫と言っているなら大丈夫だろう。
祐は少女へ当たり前の疑問をぶつける。
「君、なんでここにいるの?」
「目が覚めたらここにいた。何も覚えてない」
「そうか、じゃあ名前は?」
「名前?」
少し考えるような仕草をしたあと祐が持っているアルバムを見てから答えた。
「恵梨香」
「それはおばさんの名前だろ」
「名前わかんないからそれでいい」
おい、とツッコミたい気持ちを抑える。今の受け答えから考えるに彼女は記憶喪失なのだろう。それでもなぜこの場にいるのか気になるが。
しかしひとつ確かなのは少女は祐の手に負えないと言うことだ。
「とりあえず、職員室に連れて行って先生に助けを乞おう」
「ダメ」
今までで一番強い意志で答えた。
「いや、でも君のことをどうしたらいいか俺には分からないし」
「君じゃない、恵梨香」
「……えーっと」
「恵梨香」
さすがにこれ以上ストレスを溜めさせるのは良くないだろう。
「えっと、恵梨香のことを先生に報告しようか」
恵梨香は下を向いてしまう。
「嫌だ、行きたくない」
理由はわからないが恵梨香はなぜか行きたくないようだ。
本気で拒否されてしまっては手がない。
「じゃあこれからどうするんだ?」
「祐の部屋に行く」
即答されて黙ってしまう。
祐にもやらなければいけないことがある。あまりこの少女にかまっている暇はない。そのためこの場を離れたくないというのが祐の本音だ。
チラリと時計を横目で見る。
今は17時半、18時には出なくてはならない。今からやって今日のノルマが終わるかどうか微妙な時間だ。今は少しでも人手が欲しい。
つまり────
「じゃあ交換条件としてこの部屋の掃除を手伝ってくれ」
「任せて、余裕だよ」
あそこまで自信たっぷりなのだからそれなりに使い物になると思うのが普通だろう。今の部屋の中はダンボールの中身がぶちまかれていて、祐がこの部屋に来た時よりもホコリっぽい。
この惨状を作り出した本人は部屋の隅でうずくまっている。
「人には向き不向きがあると思うんです」
「言い訳はそれだけか」
ばらまかれたものをダンボールに戻しながら応える。
「言い訳ではなく、本当のことを言っているの!」
「じゃあ、恵梨香さんは何が得意なんですか」
投げやりに聞くと耳を疑うような答えが返ってきた。
「それは魔術です!」
と胸を張りなが答える。
祐の目が氷点下を下回る。
「そんな目で見ないでよ」
「お前、分かってるのか魔術は魔術学院に通わないと覚えることが出来ない。独学で複雑な魔術式を覚えるなんて不可能だ」
「魔術式ってこれのこと?」
恵梨香は紙の上にペンを走らせる。描かれた魔術式を見て祐は絶句するしかなかった。
今恵梨香が描いた式は四段階目魔術、つまり個人が行使できる魔術では四段階目が最高階と言うことになる。
祐にはその術式が四段階目と言うことと少しの機能しか読み取ることが出来なかった。仮に式の内容を理解出来たとしてもイメージ力が足りなくて行使出来ないだろうが。この魔術を使えるというのならば恵梨香はかなりの魔術師と言うことになる。
「どう?すごいでしょ」
「…」
祐は無言で肯定するしかなかった。
そのあとは恵梨香が超高精度物体浮遊魔術を使ってわずか10分で1週間分もの片付けが終わってしまった。
恵梨香の得体の知れなさを実感させられてしまった。
「じゃあ、祐の部屋に行こう!」
こちらの考えていることなど知らずに恵梨香は笑顔を向けてくる。
そして二人は女子寮を出て、男子寮を目指した。