御門と隼樹
時間は少し巻き戻って祐と誠が戦闘を始める五分前に遡る。
御門は自身の身体能力を少しだけ強化した状態で街中を走り回っていた。祐のように身体能力強化だけに魔力を回すと、ここぞと言う時に魔力が残っておらず負けるなんてシャレにならない。
「祐、そっちは頼んだよ」
どこかで戦っているかもしれない親友の健闘を祈っていると不意に後ろから魔力を感る。
振り返ると風の刃が御門の目前まで迫っていた。
風とは本来不可視のものだが、御門にはそこに風があると視認できている。魔力操作によって風の密度を空気より高くすることで攻撃能力を上げると同時にその風は視認できるようになるのだ。
一瞬目を見開き、思考が固まるがすぐさま状況を整理。御門が選んだ行動は、突撃。
普通なら避けるなり防御するなりの行動に出るだろうが御門は風の刃に突っ込んで行った。
御門が全身に施していた身体強化を右手のみに施す。それにより御門の右手は一瞬だけ鉄と同等かそれ以上の硬さを得る。
強化された右手を握り拳を作る。拳と風の刃がぶつかり合い威力が拮抗する。
ぶつかり合うと御門の右手にナイフで切られたかのような傷ができる。
風の刃と拳がぶつかり合って1秒も経たないうちに拮抗は終了する。
風の刃が突然消え、勢い余った御門が少し前につんのめる。
背後では突撃するまで御門がいたあたりを無数のカマイタチが襲っていた。もし防御か後退していたらカマイタチの餌食になっていだろう。
「なんで今の分かったんですか?」
路地裏から隼樹が出てくる。御門は隼樹がいる方を向き、少し少し、ジリジリと近づいていく。
「勘、かな」
「そうですか」
さして興味があるわけではないらしい。いや、彼が興味がないのは御門がさっきの技を見透かしたことではなく御門自身なのだろう。
「僕が相手で不満だったかな?ごめんね、祐は龍ケ崎くんの方へ行っちゃったよ」
「本音を言えば師子堂君と戦いたかったですが、まぁいいでしょう!」
隼樹は御門の不意をつくように左手を前に出して口早に呪文を唱える。
「《風よ集え・千の刃となりて・敵を切り裂け!》」
先程の風の刃と似たような風の刃が生まれるが先程とは魔力量が違う。罠のための術ではなくその技で御門を倒すために放つ技だとわかる。
「《水よ集え・集いてそれは銃となる・撃ち放て!》」
隼樹に不意をつかれワンテンポ遅れて詠唱をして魔術を起動する。
水の銃弾が飛んでいく、だが放ったのがワンテンポ遅れたため御門の目の前で風の刃とぶつかり合う。
二つの魔術がぶつかり合い視界が一瞬遮られる。
視界が晴れた時には隼樹の姿はなかった。
「まずっ」
本能的な判断で防御魔術を使う。
「《壁よ・我を────》」
詠唱の途中で遮られる。腹に鈍い痛みを感じる。視線を下にやると隼樹がいた。それも御門の腹に自分の拳を入れている状態で。
次の瞬間、御門は10メートルほど後ろへ飛ばされ這いつくばる。ようやく自分が殴られたことを理解した。
隼樹は先程まで御門が立っていた場所に立っていた。拳の感触を確かめるように握ったり開いたりを繰り返していた。
御門がヨロヨロと立ち上がるのを見ると隼樹は大きなため息を一回してから呪文を唱える。
「《風よ集え・それは不可視となる・殲滅せよ》」
先程何が起きて自分すぐ近くに隼樹が現れ自分が吹き飛ばされたのかわからないがとにかく行動するしかない。
隼樹に向かって走りながら呪文を唱える。
「《水よ集え・それは我を守る・盾となる!》」
御門と隼樹の間に一枚の水の盾ができる。
不可視の風が水の盾にぶつかる。水の盾の形が一瞬歪むが風が霧散すると何事も無かったかのように水の盾は元通りの形になる。
隼樹は御門に魔術を完全に防がれたが、防がられるよりも早く隼樹は御門の方へ走り始めていた。
御門の水の盾がある。隼樹がこのまま突っ込めば隼樹は弾き飛ばされる。
隼樹と盾が触れる直前。
「《強くなれ》」
隼樹は身体強化魔術を起動した。
隼樹の姿が一瞬霞む。強化された身体能力を使って御門の背後へ回り、回し蹴りをする。
背後から蹴られ、自分で創った水の盾にぶつかる。そして、再び地面に這いつくばる。
「なるほど、ようやくわかった」
御門はようやく相手の手の内を理解する。
「そうか、分かった。君は単純に基礎式の組み立てが早い、というよりはタイムラグが全くない。それこそ基礎式の組み立てだけならトップクラスの魔術師と変わらないわけか」
全身の所々に擦り傷、切り傷がある。傷口を抑えながらゆっくり立ち上がる。
自分の手の内が暴かれたのが意外だったのか、隼樹は一人ペラペラと話し出す。
「正解!意外とこれが強くてね。相手と自分の魔術がぶつかり相手の視界が塞がれた瞬間、身体能力強化を使って近づき相手を殴る。強化された身体能力に素の身体能力の人間がついてこれるわけないの。この戦法を思いついたから僕は基礎式の組み立てだけを練習してきたんだけど、学年順位決定戦であの師子堂君に敗れちゃったんだよね」
確かに祐ならば常に身体能力を強化しているから対応出来る。
「僕はね魔術師にとっての強さはカードの切り方だと思うんだ。どんなに強い切り札を持っていても切るタイミングを間違えれば意味が無いだろう。魔術師は相手の虚を突くものだろう。相手の苦手や対応できない部分で戦うもの。魔術師は騎士じゃないんだよ。これが、これこそが魔術師の戦い方だと思う────」
「ふふ、ふはははははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
突然、御門は高笑いをする。一人、気が狂ったかのように。
御門の笑い声はあたりの静けさと相まって異様に響いた。
先程の御門とは全く違う雰囲気を出していた。
体を捩り、笑いが収まらないのかまだ笑い続け地面をドンドンと叩く。ようやく笑いが収まったのか涙目になりながら立ち上がる。
立ち上がった御門はメガネをつけていなかった。
メガネを外した御門の印象は狂人とでも言おうか、目からは常人とは違う、そう感じさせるような雰囲気がかもしだされている。
「魔術師の強さはカードの切り方だァ?面白いこと言うね。でもさァ、どんなに切り方が上手くてもあまりにも強すぎる力の前には意味無いでしょ?アリの軍人は象の子供に勝つことは出来ない、大富豪でAのカードはJOKERのカードに勝てないように、ね」
「………何が、言いたい」
隼樹は気が狂った御門に話しかけられ、1歩後ずさる。
そう、隼樹は今の御門が怖いのだ。
「今ここでお前の考えをぶち壊してやるよ。僕が君を一方的に嬲ってね」
御門は右手を腰に回す。そこには青い銃が一丁あった。
その銃を隼樹に向ける。
その様子には優しい笑みを絶やさない御門の姿はなかった。
ただ目の前の敵を殺す殺し屋、自分の考えにそぐわない狂人のまさにそれだ。
「僕の実家、三千院家はね魔道具で一代を築いたんだ。その力を見せてやるよ」
その姿はまるで悪魔、いや、魔王のようだった。どちらにしても今の御門は普通ではない。
隼樹は本能的な恐怖のままに動く。
「う、うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
隼樹は震える脚にムチを打ち突進する。
「《風よ集え・我が放つは・暴風竜の嵐!》」
「《強くなれ!》」
御門との距離1メートルとなった瞬間隼樹は矢継ぎ早に呪文を唱えると姿が霞むようにして消える。
だが、その場には圧倒的暴力を宿す風の塊が残っている。
隼樹は壁を何回も蹴って御門の背後に回る。
人の目には追えないような速度で背後に回ったのだ。
圧倒的な魔術と隼樹の拳の挟み撃ち。今の時点では御門は呪文を唱えていない。仮に魔道具による攻撃をされてどちらかが防がれても残った方が御門を攻撃できることには変わりない。
これで決まった、と隼樹は思った。急に隼樹の方を振り返り隼樹を攻撃してきても問題ない。
パァン!
隼樹の極限状態での思考を遮るようち銃声がすると、次の瞬間隼樹の肩が撃ち抜かれた。
隼樹は勢いを削がれそのまま地面に落ちる。
「グッ!」
隼樹は一瞬呻くが、この勝負もらったと思い御門がいるであろう方をむく。
「お疲れ様」
そこには御門が、何事もなかったかのように立っていた。
「え?なんで?」
訳がわからず、出てきた疑問をすぐさま口にする。
御門は、はぁ、と露骨にため息をつくと握っている青い銃を隼樹に見せる。
「これはね、俺お手製の魔道具でさ、効果は至って単純、自分が狙った対象を魔力弾で撃ち抜く。もちろんそれに伴うように魔力消費はすごいけどな」
つまり御門は先程の一発のみで暴風を撃ち抜き消失させ、隼樹の肩を撃ち抜いたのだ。
御門は隼樹に近づいていき右足を隼樹の腹の上に乗せ、銃口を向ける。
「チェックメイト、次は肩じゃなく腹を撃ち抜く」
「チッ!降参だ」
御門はそれを聞くと懐からメガネを出しかけ直す。
すると御門の雰囲気がいつも通りに戻った。悪魔の雰囲気が霧散する。御門はケロッとした顔をして隼樹に近づく。
御門は治癒魔術で隼樹の肩を治療し始める。
「いい、自分でやる」
隼樹は御門の雰囲気がいつもどうりになってから、自分のリズムを取り戻し、御門の治療を断ろうとする。
「黙って施しを受けなさい」
先程の御門とのギャップに隼樹は思わず笑ってしまう。
「お前、さっきまでのはなんだったんだよ」
「あれはね僕の素の性格だよ。メガネをかけることで抑えられるけどメガネを外すとああなるんだ」
「正直怖かったぜ。めっちゃくちゃビビったし」
「みんなそういうんだけどそんなに怖いかな?」
「こえーよ」
御門と隼樹の間にしばしの穏やかな雰囲気が流れる。が、それも長くは続かなかった。
ものすごい魔力と龍によって────