祐と誠
「訓練開始!」
山田先生のスピーカー越しの声で訓練が始まる。
「御門、作戦は?」
祐と御門は今、ビルの屋上にいる。
先生は場所の設定は街中と言っていたがこの世紀末感の半端なさはなんだろう。ビルのほとんどの窓は割れ、壁は老朽化によるものだろうか穴が空いたり中には完全に崩れ内装が見えるものもある。街灯はついているものもは少なく、ほとんどが消えている。ついていると言ってもついたり消えたりを繰り返す武器な感じだ。
この場を完全に暗くしてゾンビでも投入したら簡単にゾンビアクションの映画が撮れそうだ。
「作戦なんて大層なもの考えつくわけないだろ。いつも通り、祐が前、僕が後ろ、シンプルでいいだろ?」
「わかりやすくて助かる」
祐は腰に差している刀に左手を置く。
祐は学年どころか世界でも数少ない殴り魔術師と言われる魔術師が魔術で自身の身体能力を上げて戦うスタイルの魔術師だ。
祐が今持っているの刀はもちろん訓練刀という祐のためだけに学院側が用意してくれた刃を落とし、魔力伝導率という魔道具が魔力を使える量を落としたもので簡単に言えば殺傷能力を限界まで提げた一振だ。だが、昔かなり鍛えた祐ならば本気で斬れば致命傷レベルの傷を負わせることも出来る。
「あと一応、雷属性の魔術を使ってくる人がいたら優先的に潰してね」
魔術には属性と言うものがある。火、水、風、土、雷、闇、光、無、が主要八属性と呼ばれている。それぞれには弱点となる属性が存在する。とは言っても火属性の魔術でも圧倒的に強い魔術を行使すれば水属性にも打ち勝つ事が出来るが、学生同士の戦闘ではまず不可能だ。
御門が得意としている属性は水、つまり雷が弱点だ。ならば雷属性の弱点である土属性の魔術を使えばいいというものではない。
魔術の裏には魔術式と言うものが存在する。魔術というあやふやな概念を式とし誰もが理解できる形に落としたものだ。
その魔術式は二種類ある。属性式と応用式だ。
属性式は魔術の属性を決めるもの。応用式は魔術の種類を決めるものだ。この二種類があって魔術が発動する。
魔術の属性を変えるためには属性式も変える必要がある。つまり、雷属性から土属性の魔術を使うためには属性式から頭の中で作り直す必要があるのだ。
魔術師の戦いでは一瞬の隙が命を左右する。
魔術師が属性変更のために基礎式を組み立てている時に敵の魔術で死んだ例など数をあげるだけ無駄な程ある。
もちろん、タイムラグ無しに属性式を書き換えることが出来る魔術師もいるが、御門には不可能だ。
そのため、御門のフォローには祐が最適なのだ。祐は魔術戦において身体能力強化と稀に魔刀術と言う術しか使わないため、属性変更の隙がないのだ。
「分かったよ、じゃあ行きますか」
「了解」
二人は視線を1回交わらせるとビルの屋上から飛び降りた。
「祐、そっちに行ったよ!」
「分かってる!」
祐目を閉じゆっくりと刀を抜く。
左半身を前に右半身を後ろにするように立ち、腰を落とし刀を上段に構える。
祐の方へ向かった男子生徒が祐を自分の魔術の範囲内に捉えると左手を前にだす。
「近づかれなければこっちのもんだ。《炎よ集え・我が放つは・紅蓮の弓矢!》」
相手の男子生徒が早口に呪文を唱える。
すると彼の腕から小さい火がグルグルと回りながら現れる。
それらが一箇所に集まったかと思うと、パッと十個の球体に分かれそれらが矢の形に変わる。
炎の矢が祐めがけて飛んでくる。
「《我が秘めたるは・無限の力・それを解放す》」
祐は自身に身体強化魔術を施す。
祐の体が一瞬光る。
自分でもわかるほど感覚が研ぎ澄まされる。身体強化には五感や第六感まで強化する効果が備わっているのだ。
目を閉じていても矢が飛んでくるのがわかる。
ゆっくりとまぶたを開けると矢がやけに遅く感じる。矢の気を読めているのだ。
強化された動体視力を使い飛んでくる矢を全て切り落とす。
「バケモノめ!《炎よ集え・ここに────》」
祐が全て切り落としたのを見ると男子生徒は次の魔術を発動するべく呪文を唱える。
だが、彼は近づきすぎた。
彼我の距離僅か25メートル、祐なら一瞬で踏破できる。
「……ッ!」
相手が呪文を唱えるよりも早く一気に踏み込み接近、あまりの踏み込みにコンクリートの地面が少しえぐれる。首にピタリと刀をあてる。つぅ、と首から血が少し流れる。
「こ、降参だ!」
祐は相手の降参宣言を聞くと直ぐに体を切り返し御門の元へ向かう。少し走り御門を見つけると直ぐに減速する。
「こ、こここ、降参です!許して!」
「ありがと」
御門は左手を相手に向けたままニッコリと笑っていた。
相手の生徒は完全に砕けている。御門にビビっているようにしか見えなかった。
正直、祐でもあの状態の御門は怖い。
だが、あれでも御門は本気で怒っていない。本気で怒っている時はあんなものではない。
「こっちも片付いたよ」
この笑顔を向けられた祐は少しビクッとなってしまう。
どうやったらここまで相手を恐怖に陥れることができるのだろうか
「それでは決勝戦、始めてください」
その後祐達は順調に勝ち進んでいき、決勝戦、相手は誠と隼樹だ。
誠達は圧倒的な強さで勝ち進んできていた。
勝てるかは五分五分と言ったところだ。
「作戦は?」
今回の祐達の初期位置はビルの3階、オフィスと思しき場所だ。
この設定では珍しくない窓が割れていないビル。窓に手を付き外を見回す。
「向こうは毎回二手に分かれて戦っていたから今回もそうだと思う。」
「じゃあ俺達も二手に分かれるとしてどっちがどっちに行く?」
「僕が橋ヶ谷君をやるよ」
御門にしては珍しく強い意志を感じる。御門は普段ならここで祐の意見を聞いてから自分の意見を述べるのだが、今回は違う。
「祐は龍ケ崎君に勝ちたいだろうからね。戌井さんのためにも、さ」
御門が少し照れるように頬をかく。
「悪い、恩に着る」
恐らく日記に書いてあったことを思い出して誠の相手を譲ってくれたのだろう。
祐が刀の柄の部分でガラスを殴ると
ガシャン!
という音を立てて砕け散った。
二人は窓から飛び降り、地面に着地する。
「やられんなよ」
「お互いにね」
二人は強い意志、理由を持ってそれぞれの相手へ向かう。
御門と別れて10分ほど街中を走り回っていると道路の真ん中に誠が仁王立ちをして待ち構えていた。
ここのまま一気に接近し一撃お見舞いしてやりたいがその衝動を抑え、踏みとどまる。
「やはり、君が来たか。待っていたよ」
「そうですか」
祐は誠と1度だけ戦ったことがある。それは学年末に行われる学年順位決定戦の準決勝だ。あの時は桜を守れるようになるために必死で周りが見えておらず猪突猛進を繰り返していた。だけど、今は違う。何だか、心に余裕がある。理由は分かっている昨日出会った少女、『恵梨香』のおかげだ。祐自体が強くなったわけではないがそれでも今なら、今ならいけると直感でわかる。
刀に手をかけ腰を落とし抜刀術の姿勢を作る。
ふぅ、すぅと呼吸を整える。
武道には古来より呼吸により自身の精神状態の安定だけでなく、自身の能力をあげる効果があると言われている。
もちろん、祐もそれを使える。
身体中の酸素をコントロールすることで必要な部分に多く、不必要な部分に少なく酸素を回す。
そして、呪文を唱える。
「《我が秘めたるは・無限の力・それを解放す》」
祐が身体強化魔術を施したのを見ると誠は集中力を高める。
「では、始めようか」
二人の集中力が極限まで研ぎ澄まされる。相手の心臓の音まで聞こえてくるのではないかと言うほどに研ぎ澄まされる。
最初に動いたのは誠だった。手を上から下に動かす。それだけで二人の間に砂の嵐がおき、それが祐に近づいてくる。
干支能力は基本的には詠唱を必要としない。だが、一度魔術を起動すれば詠唱を必要としないのは祐も同条件である。
嵐が近づいてくるが祐は動こうとしない。
嵐は祐を呑み込む。嵐自体にはなんの攻撃能力もないのだ。
祐にはそれがわかっていた。だからこそ、動かなかった。祐は相手の位置がわかっていて初めて近づき攻撃が当たる。誠のように相手の位置が分かっていなくても攻撃を多方向に放てば当たるのとは訳が違う。
嵐の影響によって誠の姿が見えなくなる。これが誠の狙い。もちろん祐にはここまで分かっていた。そのため誠から意識をそらさないために動かなかった。
祐は落ち着いて目を閉じ集中する。
「そこだっ!」
右側に向かって衝撃波を放つ。衝撃波が砂嵐を裂く。
普通の抜刀で衝撃波が生み出せるはずがない。祐の攻撃の正体は魔刀術だ。祐が魔術相手に刀一本で戦える理由だ。効果は至って単純、刀に魔力を乗せることで通常ではできない攻撃ができるようになるのだ。
砂嵐を裂いた先には誠がいた。
「《私を守れ》」
誠は防御魔術を使い衝撃波を受け止める。
衝撃波と防御魔術がぶつかり合うと衝撃波が弾け、防御魔術が砕け散る。
祐はそれを見ると誠がいる方向へ跳ぶ。
防御魔術が消えた瞬間、祐は誠に向かって刀を振るう。
「チッ!」
誠は右手を前に突き出す。
すると、土の壁が出来る。
ガキィンッ
と刀と土の壁が火花を散らす。
祐は土の壁を蹴り後退する。
「魔刀術か。厄介だね」
「そりゃ、どうも」
「確かに厄介だけど、これならどうかな?」
「…………」
誠の魔力が膨れあがるのを感じた。
それだけではなく、祐の心臓がどくんと大きく脈打つ。
何か、大きな何かが顕現する気配がする。
「《我の中に眠りし神獣よ・貴殿の主の元へ馳せ参じよ・来い五番目の干支・龍!》」
すると、誠の背中から黒い霧が出てくる。
「ぐあああああああああああ」
その霧は徐々に形を作り始める。それは龍だった。
龍は完璧な形になると咆哮をあげる。それだけで祐は意識が飛びそうになる。空気は震え、建物は崩壊するものすらある。
脚が震える。あれは人間が相手していいものではない。自分の中にある警報がガンガン鳴っている。
「どうだい、凄いだろ。一年かけてようやく制御できるようになったんだ。」
干支能力の真髄は干支召喚と言われる秘術だ。それは神獣として自分の中にいる干支を呼び出すものだ。干支の中でも龍は最強と言われている。ただでさえ神獣なんて人間の手には簡単には負えないと言うのにさらにその中で一番強いのが出てきたのだ。
ただでさえある二人の実力差がさらに広がる。
『龍ケ崎君!今すぐに龍を消してください!』
山田先生が異変を確認してスピーカーを通して誠に神獣をしまうように声をかける。
「嫌ですね。試したかったんですよこの力を、彼を使ってね」
誠が指を鳴らすと観戦席と訓練場を繋ぐ入口を土の壁が塞ぐ。
この訓練場に入るためには絶対に入口を通らなくてはならない。
観客席の防御壁をぶち破ればそこから入ることも可能だが、そこには何重にも防御魔術が施されているためほぼ不可能と言って差し支えない。
つまり、この訓練場にはあの土の壁を破壊するまで誰も入ってこれないと言うわけだ。
「これで邪魔は入らない」
「あぁ、本気でやりあえるな」
誠の言葉に祐は強がりしか返すことが出来なかった。