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01-05 ヴァルト傭兵団_05




 ガルトは言われた通りに安酒を数本と乾物を適当に見繕って応接室に戻ったが、今度はさっさと出て行けと言わんばかりの雰囲気が漂っており、話を聞けそうになかった。

 当然、その場に居座って二人の話を拝聴しようという気になるはずもなく、仮にその気になったとしても怒鳴られるか殴られるかして追い出されるだろう。


 グラウルが気を遣った――のか。

 あるいはなにか別の、ガルトに聞かせたくない話題があったのか。


 ガルトの村が襲われたのは、確か終戦の直前だったはずだ。村を襲撃したハイギシュタの部隊は直後に戦場へ向かい、ヴァルト傭兵団に壊滅させられたと聞いている。時期的にはゼルギウスが言っていた「最後の大合戦」のことだろう。

 つまりはヴァルト傭兵団ないし四人の英雄がもう少し早く行動していればガルトの村は無事だったかも知れない、というわけだ。しかし今更グラウルや英雄たちに恨みを向ける気にはならない。そんなもの、仮定の話でしかないからだ。

 そもそも「もしも」を持ち出すなら、戦禍が及ぶ前に何処へなりとも逃げ出しておけばよかったという話になってしまう。


 そんなことはグラウルにだって判っているだろう。

 あるいは、ガルトの村が壊滅したことに引け目を感じているのか。


 気難しい傭兵団長の内心など、考えても答えが出る類の問いではなさそうだ。ガルトは気分を切り替えることにし、炊事場へ向かった。ゼルギウスがしばらく居座るのなら、それなりに気の利いた夕餉を用意した方がいいだろう。

 そう思って炊事場へ向かおうとしたところで、ジュードという古参の傭兵がガルトを見つけて言った。


「ゼルギウスが来てるって、本当か?」


 この男はグラウルよりもふたつほど年嵩で、ヴァルト傭兵団結成当初からの古株だ。ハイギシュタ戦役で脚をやられて以降は第一線を退き、補給や支援を担当していた。雑用担当のガルトとはその関係で話す機会が多かった。


「あー……ジュードさんは知り合いなんすね」

「まあそりゃ知ってはいるがよ。しかし国を出たって聞いてたが、なんの用事だ? 顔見せにわざわざ寄るようなタマじゃねぇぞ、あれは」

「それ団長も言ってたっすよ、本人に」


 確かに、古巣に訪れて旧交を温めたがる男には見えなかった。おそらくは十年前からそこは変わっていないのだろう。


「あの野郎はグラウルに似てるところがあった……昔のグラウルにな。戦後の方針変更を歓迎しなかったのは、そういうことなんだろうさ」

「騎士団って柄でもなさそうっすね」

「だからうちにも留まらなかったし、マクイール騎士団に入りもしなかったんだろ。で、なんの用だか言ってたか?」

「仕事の話があるって言ってましたけど……顔を見せに来たのもある、ってのも言ってたっすね。本当かどうかは知らねーっすけど」

「顔見せ? あの野郎が? 冗談だろ」


 水の上を歩く牛でも見たような顔をするジュードである。

 どうやら心底から「顔見せ」などするような男ではなかったらしい。もちろんそれは十年前のゼルギウスの印象ではある。ガルトが見た感じでは、そこまで世渡りが下手そうな男には見えなかった。

 当人が言っていたように、いくらか殊勝になったのかも知れない。あるいは殊勝になったふりをするようになったのかも知れない。


「……つっても、俺は十年前のあの人のことなんか知らねっすからね」


 呟くガルトに、ジュードは眉を上げた。


「そうか、おまえは覚えてねぇか。何度か会ってるはずだぞ。二回か三回か、そのくらいだがな。グラウルがおまえを拾ったとき、クソほど文句を言ったやつがいたからな」

「あのおっさんもその一人だった?」

「いや、逆だ。ヴァルト傭兵団はガキ一人拾えねぇほどしみったれてんのかってほざいてた側だな、あいつは。まあ、あの頃はいろいろあったからな……」


 そんなことを言われても、当時のことをろくに覚えていないのだから思い出しようもない。ヴァルト傭兵団に拾われる前後のことは――なんというべきか、記憶がぐちゃぐちゃなのだ。

 ひどく鮮明な記憶もあれば、時系列すら定かでないような断片もある。そしてそれらはいつまで経っても整理されず、頭の片隅で「ぐちゃぐちゃの塊」として放置されている。

 わざわざその塊を紐解こうという気にもなれないし、その気になっても塊は固着してしまって解きようもないだろう。


「しかし仕事か。余所の国から戻って来て、わざわざ俺たちに振りたがる仕事ってのは、どうにも胡散臭いな。そもそもあの野郎、どっかの団に所属してるわけじゃねぇのか」

「いや、部下がいるとかなんとか……」


 そう答えてから、ガルトの胸の中に強烈な違和感が沸き上がった。


 言われてみればその通りだ。

 あの男は、なにをしに来たんだ?


 部下がいるなら部下と共に『仕事』をすればいいはずだ。

 弱体化したヴァルト傭兵団に頼まねばならない『仕事』とはなんだ。国外から戻って来たばかりでマクイールの事情に詳しくないというなら、依頼者はどうしてそんなゼルギウスの傭兵団に『仕事』を振ったのか。ならば国外で受けた『仕事』なのか。いや、それもやはりおかしい。

 周辺国との関係はそこまで緊迫していないはずだ。あるいは何処かの国の陰謀めいた仕事をゼルギウスが引き受けたのだとして、それをヴァルト傭兵団に持ち込むのはどう考えてもおかしい。ヴァルト傭兵団の方針を、ゼルギウスは知らないわけがないのだ。そもそもグラウルの方針変更を受けて団を抜けたのではないか。


 ――今この瞬間、()()()()()()()()()()()()()


 そこまで考えた瞬間だった。

 ガルトのすぐ目の前に立っているジュードのこめかみに、なにか鋭いものが突き刺さるのが見えた。


 ()()、という硬い音。


 同時にその身体が真横に四歩分ほど吹っ飛び、地面に頭の中身が散らばった。だが、それをのんびり眺めている暇はなかった。

 射られた――それもかなり近距離から。矢の大きさからして長弓ではないし、威力から考えて短弓ではない。おそらく(から)()り式の十字弓――。

 射手は……近くの家屋の、屋根の上。

 そいつはもう弓を手放し、腰の曲剣を抜き払っている。屋根から飛び降りてガルトを殺すまで、あと呼吸五回分も必要ないだろう。


 ほとんど反射的に、ガルトは地を蹴って駆け出した。

 射られて吹っ飛ばされたジュードには目もくれず、来た道をそのまま戻って来客用の小屋へ飛び込む。その間、集落の何処からも異常事態を報せるような声が響かなかった。


 襲撃があったことに誰も気付かなかった?

 そんなことは有り得ない。


 来客用の小屋は集落の入口側にある。自分はその近くにいた。射手は集落の奥側から射ってきた。あいつは拠点の誰に見咎められることもなく屋根に登ってわざわざジュードを十字弓で射殺しに来た? まさか、冗談だろう。でも冗談だったらどんなにいいか。


 ほどんど全力疾走で廊下を抜け、応接間の扉をぶち破るような勢いで蹴り開ける。


「団長! 襲撃されて――」


 いる、と言い切る必要はなかった。

 そんなことは言うまでもなく、そんなことを伝えたところで意味がなかった。

 なにしろ今まさに襲撃されているのだ。

 ゼルギウスに。

 グラウルが。


 腰の剣を抜いているのはグラウルだ。ゼルギウスの方はやや大ぶりの短剣ひとつしか身に着けていない。そしてその短剣は、すでにグラウルの腹に突き立てられている。


「……逃げろ、ガルト」


 剣を構えたまま、口の端から血を溢しながら、グラウルが言った。

 一歩踏み込んで手を伸ばせば届く距離にゼルギウスがいるというのに、どうして斬りかからないのか。そう思ったのは一瞬で、答えなど眼前の光景を見れば判る。

 グラウルは腹を刺されている。

 ゼルギウスは剣を抜いたグラウルからわずかに距離を置いて立っている。最初の一合でグラウルに致命傷を与えたから、わざわざ自分から動く必要がないのだ。グラウルは剣を構えているというより、剣を握って倒れるのを我慢しているだけだ。


 信じ難い光景だった。

 グラウル・ヴァルトの実力をガルトは知っている。野盗を十人まとめて相手にして、掠り傷ひとつ追わずに制圧したこともあるのだ。そこいらの村人であれば、五十人連れて来たって話にならないだろう。

 戦うということが骨身に見に染みついている。そういう男だ。


「本当に耄碌したな、グラウルの旦那」


 ゼルギウスは部屋に入って来たガルトにほとんど気を払わず、何処か遠くを眺めるみたいにグラウルを見据えながら言った。


「昔の旦那なら、最初の奇襲はどうにか避けたはずだ。もちろん俺は避けられてもどうにかできる自信があった。だが、あんたは腹を刺された。油断してたわけじゃねぇのは判ってる。あんたはちゃんと俺を警戒していた。衰えたんだよ、あんたは」

「……おまえも、いつか老いて、衰える」

「どうかね。昔の旦那ならそんなふうに思わなかったんじゃねぇか? あの頃、自分が耄碌するまで生きられるなんて思ったことがあったか? 俺たちはどうせろくでもない死に方をする。そう思ってたはずだ。違うか?」

「……違いねぇな」


 血を吐きながらわずかに笑んで、グラウルは握っていた剣を手放した。

 いや、単に握力が足りずに剣を保持できなくなっただけだ。

 腹からの出血は衣服を真っ赤に染め上げ、もはや床に血溜まりを描いている。まだ意識を保っているだけでも信じ難いほどだ。


 ガルトは――なにも言えなかった。

 自分を拾って十年間育てた男が膝をつき、死んでいくのを黙って見ていた。

 どうせすぐに――たぶん呼吸十回分とかそのくらいの時間で――自分も殺されるはずだ。

 だったらグラウルの死に様を見ているべきだと思った。

 少なくとも、みっともなく騒ぎ立てることだけはしたくなかった。


 膝をついた次は右肩から床に倒れ、それでも右手が剣を探して動いていた。無意識の動作だろう。もはや意識などあるはずもない。口元が小さく上下した気もしたが、言葉が紡がれることはなかった。

 しばらくして、グラウルは動かなくなった。


「団長、こっちは片付きましたぜ」


 と。

 いつの間にか、ガルトの背後に誰かがいた。

 屋根の上の射手とは違う、細身の男だ。当然だがヴァルト傭兵団の団員ではないし、だからそいつは死体に呼びかけたわけでもない。

 その男の言う団長とは、つまりゼルギウスのことだ。


「ああ――まずまずの手際じゃねぇか、ダリウス。食い残しがねぇか、ちゃんと確認したんだろうな」

「傭兵団としてはそれなりってところでしたね。同じ練度で倍もいれば違ったでしょうけど。食い残しについては、今、調べてます。このガキはどうします?」


 俺が片付けましょうか、とそいつは言った。

 それこそ食事が済んだ後の食器を下げようかというくらいの気楽さで。


 逃げる……のは、無理だ。

 酒を取りに行ったときには、まだみんな生きていたのだ。それでここに酒を置いて、炊事場へ行こうとして、ちょっとジュードと話していた。たったそれだけの時間で拠点が制圧され、おそらくは皆殺しにされた。

 ダリウスとかいう男の言が正しければ、今この瞬間、ゼルギウスの部下たちは生き残りを捜して拠点をうろついているはずだ。

 万一この場を逃げ出せたとしても、そいつらに見つかって殺されるだけだ。


 自分は――死ぬのだ、ここで。


 口の中から腹の奥へ、冷たい石を突っ込まれたような錯覚。

 恐怖で全身が震えてもよさそうなものなのに、そんな微動すら許されないほど身体が固まっている。そのくせ心臓だけが派手な音を立てて暴れ回り、耳の奧でなにかわけの判らない高音が響いていた。


 ガルトはどうにか一度だけ息を吸って、吐き出した。


 死に方は選べない。

 首を斬られるか、頭を捻られて頸椎を折られるか、あるいは単純に腹を刺されるか――どうあれ、大した時間はかからないだろう。

 死に方が選べないのは、たぶん誰だってそうだ。

 だが、死に様は選択できる。

 取り乱して泣き喚かないこと。

 そのことだけを決意して、吸った分の息を吐き、ゼルギウスを睨む。


 ゼルギウスは――そんなガルトに暗い笑みを見せ、両手を広げてみせた。


「いいや、とりあえずこいつは殺さない。あの野郎はガキに弱いからな。ましてあのときのガキだってんなら、ランドリックも気が引けるだろうさ」


 なにを言っているのか。

 どうしてこの場面で英雄の名が出てくるのか。

 その英雄が自分とどう関係するというのか。

 あるいは全く関係ないのか。


 ガルトには、わけが判らなかった。





 はじめまして。小説の書けるモモンガことモモンガ・アイリスといいます。

 この「小説家になろう」というサイトを利用するのは初めてですので、なにかと無知や不理解があるかも知れませんが、ご容赦いただければ幸いです。

 ここまでは小説の最初の部分なので投稿に慣れる意味合いもあり、一時間おきに連続で投稿しましたが、以降はのんびり投稿していければと考えています。

 よかったら、どうぞお付き合いください。

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