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01-04 ヴァルト傭兵団_04




 とりあえず担いでいた段平を倉庫へ戻してから、ガルトはグラウルを見つけて声をかけた。ゼルギウスという男が会いに来たこと、集落の入口に馬車ごと待たせていること。


「あの野郎が、顔見せ?」


 グラウルはゼルギウスの名を聞いた瞬間、いわく言い難い表情を見せた。先程ゼルギウスが見せたような、色が混ざりすぎて内心を窺えない相貌だ。

 判ったのは、不可解そうではあっても不愉快そうではないということ。


 やや考えるような間を置き、グラウルは来客を迎える部屋を指定した。といっても他意はないはずだ。単に他の場所は他人を招くには乱雑すぎるだけで、大抵の客は集落の入口に近い来客用の小屋へ案内される。


 入口まで引き返し、馬車を降りて突っ立っているゼルギウスへその旨を伝え、ガルトが案内した。

 馬車の御者台にいてさえ威圧感のある男だったが、実際に隣に立たれると脊髄に氷の針を刺されているような錯覚を覚えるほど、強者の気配が強い。腰にやや大ぶりの短刀を帯びているだけで武器らしい武器など身に着けていないというのに、いざ相対すれば二秒で殺されるだろうなとはっきり判る。

 ここまで圧倒的な気配の持ち主は、ガルトはそれこそグラウル以外に見たことがない。


 しかし――グラウルもゼルギウスも、自分よりもずっと強い人間を知っているはずだ。あのグラウルが「化物」と評する人間が少なくとも四人いる。


 そう考えれば、ガルトにも少しだけ団長の気持ちもが理解できるような気がした。

 きりがないのだ。

 鍛えて戦って強くなって、気が遠くなるほどの研鑽を重ねて、気が違うほど他人を糧にして、それでも届かない、敵わない、そんな領域のバケモノが、いつか目の前に立ちはだかって剣を抜くかも知れない。

 強くありたいのなら、逃げるわけにはいかない場面が来る。

 そうでないのならケツをまくって逃げ出せばいい。


 いずれにせよクソみたいな話だ――ガルトは内心で毒突きながらゼルギウスを来客用の応接間へ導き、いつも客が来ればそうしているように茶を一杯出してやった。


「……へぇ。まともな茶だな。茶葉も淹れ方も悪くない」


 応接用の長椅子に腰を下ろしたゼルギウスは、ガルトの茶を一口飲んでから意外そうに眉を上げた。


「どっかの貴族の家令をやってたっていう爺さんに叩き込まれたんすよ」

「旦那の指示だろ。これで客の質が判る」

「どうすかね。自分で茶ぁしばくのが面倒だっただけかも知れない」

「そいつも有り得るな」


 客の質とは、まともな茶を判断できる教養の持ち主であるか判る、という意味だ。例えばゼルギウスは「正式な作法で入れられた茶」を判別できるということで、ならばこの物騒な男は何処かで正式な茶を飲んだことがあるはずだ。

 端的にいうなら、茶の違いが判れば貴族かそれに準ずる金持ちと会ったことがある――絶対ではないが、その可能性が高い。

 そういう客は要注意だ。


 普段なら「それじゃ、少々待ちを」とかなんとか言って部屋を出て、扉の飾りの角度を九十度曲げて要注意な客であることを示し、いつもの雑用に戻る。このときもガルトはゼルギウスとの会話が途切れたのを折に応接室を出るつもりだった。

 そうしなかったのは、いつもよりもずっと早くグラウルがやって来たからだ。たぶん普段の半分ほどの時間しか経っていない。



「――よう。随分と老けたじゃねぇか、ゼルギウス」



 傭兵団長が入って来たことで、部屋に満ちる物騒な圧力が増した気がした。

 両肩をぐっと押さえられて身体が重くなるような――気配に質量などあるわけもないのに、確かに重さを感じられる。そしてその重力は明らかに危険さを孕んでいる。

 ちょっと運が悪ければ踏み潰される虫のような気分、とでもいうべきか。

 小さい子供なら気配の物々しさに泣き出すだろう。


 こんなふうになるまで、一体どれだけ他人を殺したのだろうか。

 そう思った。


 もちろん、仮に親切な誰かが正確な人数を教えてくれると言ってきても、ガルトは顔をしかめて断っただろうけれど。



◇ ◇ ◇



「老けた? こっちの科白だぜ、旦那。耄碌(もうろく)って言葉を知ってるか? 静かな水面を覗き込んで見ろよ。映り込んでるのがそいつだ」

「十年経っても口は減らねぇな、テメェは。それで、十年ぶりになんの用だ。近くに来たからツラ見せに来るってガラでもねぇだろ」

「そうでもない。俺もいくらか殊勝になった。旦那が耄碌したみたいにな。仕事の話があるのは確かだが、顔を見たかったのも理由のうちだ。さもなきゃ部下を使いに出してる」

「ほう、部下がいるのか。国を出たって話だと思ったが」

「あの頃のヴァルト傭兵団に比べりゃみみっちい規模だがね。まあそいつは旦那にも言えるか。今は北も南も随分と平和になっちまったし、それでいいのかも知れんが」

「遠い国の話までは知らねぇな」

「『耳』も遠くなっちまったわけか」

「よく聞こえたところで聞いてるだけなら無駄だろうがよ。少なくともマクイールの周辺に火種の噂は聞かねぇが――戦なんざ、いざそうなってみれば唐突なもんだ」

「そうかい。旦那がそうして寝ぼけてるってことは、儲け話に苦労しそうだな」

「てめぇ好みの儲け話は、そりゃあ少ないだろうよ」


 あまりにも自然に会話が始まったせいで退室するきっかけを見失い、ガルトはせいぜい邪魔にならないように気配をひそめ、部屋の隅に突っ立っていることしかできなかった。

 黙って部屋を出て行くのはさすがに無礼だし、応接間に立ちこめる物騒な気配のせいで身動ぎするのも憚られたのだ。


 二人ともガルトの存在を忘れるほど間抜けには見えない――というより、どちらも時折ガルトへ視線を向けてくるので、はっきりと意識しているはずだ。

 にも拘わらず退室を促されないのは、話を聞いておけということか。


「……ゲオルグの話は、どっかで聞いたか?」


 いかにも気が向かないというふうにグラウルが言う。

 四人の英雄の中核、魔剣を操り軍勢を割った『王狩』のゲオルグ。

 戦後は面倒を嫌って同じ英雄の魔女イースイールと共に出奔したという。

 確かに、そのままマクイール王国に留まり続ければ気が遠くなるような厄介事が英雄を襲っただろう。あらゆる権力者があらゆる手段を以て英雄を縛ろうとしたはずだ。それほどまでに英雄の戦力は突出しすぎていた。


 といっても、ガルトは実際見たわけではないので、伝聞だ。

 それでも――伝聞であっても、そのくらいのことは判る。

 当人はガルトよりもずっと正確に理解していただろう。


「いいや。一度だけ北の国でそれっぽい話は聞いたが、それだけだな。でかい戦はなかったし、仮に小競り合いに参加していたにしても、戦が小さければどれだけ暴れようが関係ねぇ。しかも根無し草だってんだからな」

「活躍に気付いたとしても、気付かれた頃にはもういねぇってわけか」

「今頃、何処ぞの秘境でしっぽりやってんだろ。さもなきゃ魔境に入って大冒険でもしてるさ。海の向こうにいたって俺は驚かねぇよ」

「ゲオルグを探すつもりはねぇんだな?」

「はっ、冗談はやめてくれよ、グラウルの旦那」


 心底嫌そうにゼルギウスは顔をしかめた。


「あんたもそうだろうが、俺だってあんなモノに興味はねぇさ。むしろできるなら二度と会いたくねぇくらいだ。あれは存在そのものが俺たちを莫迦にしてる」

「当人にそのつもりはないだろうが、な」

「だから尚更だろ。最後の大合戦のとき、俺ぁ(はらわた)煮えくり返る思いだったぜ。あの野郎、その気になれば最初からハイギシュタに乗り込んで一人で王族皆殺しにできたんじゃねぇか。俺たちはあの野郎の食い残しをせっせと片付けるために命張ってたわけだ」

「言うようになったじゃねぇか。どうしてあのとき言わなかった?」

「あのとき言ってどうするよ? 食い残しを放っておいてどこぞの村が襲撃されるのを黙って見てろってか。そっちはそっちで気分悪い――……んぁ?」


 と、ゼルギウスの視線がガルトへ向いた。

 先程のような一瞬の目配せではなく、凝視といっていいほど露骨な視線だった。


「……なあ旦那、もしかして、()()()()()()()か?」


 口調は疑問系だったが、ガルトを捉える視線は断定的だ。

 あのときのガキ――というのは、言うまでもない。

 ゼルギウスが自分の口から吐き出した科白の通り、英雄たちの食べ散らかしが原因でハイギシュタの部隊が孤立し、その孤立した部隊が戦時徴発のためにマクイールの村を襲った。その村の生き残りが、ガルト・ヴァルトだ。


 いや――あの頃は、ただのガルトだった。

 今はガルト・ヴァルトだ。


「おい、小僧。いつまで突っ立ってやがる。暇なら酒でも持ってこい。安いやつでいい。さっさと行け」


 ゼルギウスの問いには答えず、苦虫を噛み潰したような顔でグラウルが言う。

 思うところがないでもなかったが、見に染みついた習性というべきか、ガルトはその顔をしているときのグラウルには逆らわなかった。






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