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10-05 魔法使いの潰し方





 挟撃のために背後から襲って来るはずだった第二陣は、廊下の地獄絵図を見て息を呑み、その隙に突っ込んだランドリックによって全滅させられた。


 いちいちなにをどうしたかは、ガルトにはよく判らなかった。周囲を警戒していたからランドリックを注視しているわけにもいかなかったし、そもそもランドリックの動きは速すぎて傍から見ていてさえ捕捉するのが難しかった。


 とにかく、ちょっと動いたら死体が増えている。

 確かに人間というものは意外と死にやすい。ナイフの刃が少し肉を裂き内臓を傷つけただけで人は死ぬ。首を少しだけ斬られれば血を噴き上げて死ぬ。しかし戦っている相手を簡単に殺せるかといえば絶対に否だ。相手だって死にたくないし、殺そうとしてくる。だからそこに戦いというものが生まれるのだ。


 だというのに――まるで戦いが成立していない。

 ランドリックの鉈を受けようとすれば武器ごと破壊されてしまう。避けようにも振るわれる鉈が速すぎる。先手を取ってもその攻撃を潰される。そして鉈の一撃は喰らってしまえば致命傷。


 こんなもの、敵に回した時点で終わっている。


 動く者がいなくなった広間でランドリックは面倒そうに鉈を振って血糊を飛ばし、ぐるりと周囲を眺めるようにした。自分で創った地獄絵図を確認したわけではなく、どうやら気配を探っているようだ。ガルトには全く判らない感性だが、この男は周囲に生きている者がいればなんとなく判るらしい。


「あっち側に何人か固まってるな。他には……たぶん家人が一階の部屋に引っ込んでる。そっちは無視して構わんだろう」


 鉈を握っていない左手を廊下の奥へ向け、ランドリックは言った。


「……ってことは、マジでラゼル男爵はまだ()()()ってことか? ランドリックのおっさんを敵に回して、この有様を見て、それでまだ敵対するってのは……意味不明だな」


 思わず本音が洩れる。

 ランドリックは表情を変えず、頷くことすらしなかったが、ふとなにかに気付いたふうに眉を少しだけ上げた。


「ああ――そういえば、貴族は魔法を使えるやつが多いからな。それで俺をどうにかできると考えてるんだろ」

「魔法?」

「そうだ。魔術師のことは判るか?」

「いや、あんまり。傭兵団にいた頃も、敵に回したことはなかったと思う」


 ヴァルト傭兵団は縮小傾向にあったし、野盗や盗賊団に魔術師が紛れ込んでいることはまず有り得ない。魔法だの魔術だのが使えるなら、職に困ることがないからだ。よほどの犯罪者でもなければ盗賊団に身を寄せる必要がない。


「貴族が魔法を使えるのは、貴族に魔法を教えてるからだ」


 ランドリックの言葉は端的すぎて、すぐには意味が判らなかった。


「どういうことだよ?」

「普通のやつは魔法を教わることがない。貴族に魔法を教えるやつはたくさんいる。それに貴族は魔力の多いやつに子を産ませるらしいからな」

「ん……ああ、そういうことか」


 仮にそこらの村人や町民に魔法の才があったとしても、その才を伸ばすやつがいないのだ。はるか昔は誰にでも魔法が使えたというが、その古代魔法文明は失われて久しい。

 仮に貴族が庶民に魔法を教えるようになれば、きっと魔法というものは加速度的に発展するだろう――が、貴族がわざわざ庶民に知恵を与えるとは思えない。


 ようするに、特権なのだ。

 ごく一部の天才か、あるいは権力を嫌う偏屈な魔術師が気紛れに弟子をとるでもない限り、貴族が独占的に魔法を使えるというわけだ。


「その特権意識みたいなもんのせいでランドリックのおっさんを格下に見ちまうってことか? もしそれがマジだったら、信じ難い間抜けだな」

「どうしてそう思う?」

「だって、おっさんが十年前に魔術師と戦わなかったわけがねぇだろ」


 そう言ったガルトに、ランドリックは珍しくはっきりと笑みを返して言った。


「ああ、その通りだ。ちょうどいい機会だから、魔法使いの潰し方を教えてやる」



◇ ◇ ◇



 いいだけ()()()()()()二階の廊下を抜け、死体の転がる広間を通り、奧へ進んだところで階段が見えた。一階と三階どちらにも通じる階段で、ランドリックは少し考えるようにしてから一階へ向かった。


 階段を降りた先は……なんというべきか、奇妙に広い空間だった。

 広間というより、中庭という方が近い。ただし貴族の庭園と評するには殺風景すぎる。ガルトは思わず傭兵団の訓練場を連想したが、さほど間違っていない連想かも知れない。弓の訓練をするための広い場所、用意された標的。


 魔法や剣術の訓練をする場所――なのだろう。


 それが確信に変わったのは、広場の先に貴族がいたからだ。

 ラゼル男爵。

 一言で述べるなら、伊達(だて)(おとこ)だ。

 高級そうな衣類は貴族だから当然として、見た感じランドリックとそう変わらない年齢だろうに、装飾品の類をやたらと身に着けている。首元、腕、指、麦色の髪を縛る紐すらそこらの町民では手が届かないだろう。


 こういうやつが、外から見られる場所で訓練なんかするわけがない。

 そう思った。


「噂に違わぬ鬼神ぶりだな、英雄殿よ」


 鞘に収められたままの剣を杖のように突き立て、ラゼル男爵は朗々と声を張った。姿を見せていないときから芝居がかっていると思ったが、もしかするとこんなふうにしか喋れないのではないか、とガルトは訝った。

 だとすれば、それは傭兵が軽薄に笑うのと本質的には似たようなものだ。


「噂話には興味がない」


 本当にどうでもよさそうな言い方をして、ランドリックは当たり前のように訓練場へ足を踏み入れる。

 ガルトは階段こそ降りきったものの、訓練場に入ってすぐのあたりで足を止めておいた。さすがにもう伏兵は多くないだろう――なにしろランドリックが既に殺しまくっている――が、皆無でもないはずだ。

 それに、相変わらずブラッカの姿が見えない。


 訓練場の足場は、砂に近い土。これは後から均すのが楽だからだろう。広さとしては端から端がぎりぎり十字弓の射程内、といったところか。広大とは言えないが、決して狭くはない。まして屋敷の中にあるのだから、十分すぎる。

 ラゼル男爵の左右には屈強そうな男が一人ずつ控えている。見た感じ「お付きの騎士」といったふうだが、明らかに腰は引けていた。まともな感性の持ち主であれば、まあそうなるだろう。ラゼルが虚勢であろうが未だに余裕を見せていることの方が、ガルトに言わせれば異様である。


「止まれランドリック! 名誉ある決闘を挑ませてやろう!」


 尊大な態度を維持したままでラゼルは言った。

 これにはランドリックもやや驚いたようで、ずかずかと進めていた足を止め、ぼんやりと男爵へ視線を注いでいた。


「……なんだって?」

「決闘だ、ランドリック。私のような貴族に正面から決闘を挑まれて、よもや断るまいな? 英雄らしく正面から戦え!」


 私のような、という言葉が謙遜でも謙譲でもないのはガルトにも判った。自分のような偉い人間の言葉を聞かないわけがないだろう、とラゼルは言っているのだ。


「……なんだかよく判らんが」


 さすがに呆れた口調でランドリックは嘆息し、鉈を持っていない方の手で頭をがりがりと掻いた。それから、その手をラゼルへ向け、()()と手招きするように動かし、面倒そうに言った。


「やる気があるならとっとと来い。決闘だのなんだのは俺の知ったことじゃない。おまえは今、賊に襲われているんだ。死にたくなければどうする?」

「所詮は下賤の生まれか。嫌ったらしい蛮人を戦争で活躍しただけで奉るからこんなことになる。知るがいい――この世は貴様の知らない理で回っている」


 やはり芝居がかった大仰な口振りで言って、ラゼルは地面に突き立てた剣の柄に掌を向けた。同時に柄尻に埋め込まれている宝石が鈍く発光し、魔法が顕現する。


 氷槍、とでもいうべきか。


 なにもない空間から突如として青色の光を引き摺りながら飛来する『氷の槍』が出現した。それなりに慣れた使い手が槍を投げたくらいの速度だ。


 ランドリックはそれを、鉈を振って掻き消した。

 鬱陶しい羽虫を払うくらいの雑な動作で。


「――は?」


 ぽかん、とラゼル男爵は口を開けたが、さすがにガルトはこのくらいではもう驚かなかった。というより、目の前で武器を持った兵士や傭兵が二十人以上殺されているのに、どうして今更この程度の出来事で驚けるのか、その方が不思議だ。


「こ、このっ! 喰らえ!」


 苛立ったようにラゼルがまた剣の柄尻に手を当てる。今度は氷槍が四連続で射出されるが――あまり意味はなかった。

 飛来する氷槍を、ランドリックは普通に歩いて避けた。特に素早い動きではない。単に魔法が発現しそうになったときには何歩か横に逸れていた。

 ガガガッ、という硬質な音を立てて訓練場の端の壁に氷槍がぶつかり、砕ける。


「魔法使いが咄嗟に使えるような魔法は、速いが脆いというのが相場だ。魔法の真ん中を斬ればそれでいい。それか、単に避けるか、だな。この距離で魔法使いと対峙したところで、なにも怖いことはない。そら――まだなにかあるだろ、待っててやるから手品を見せろ」


 挑発にしては気持ちが入っていないランドリックの言葉だったが、ほとんどの言葉はラゼルに向けたものではなかった。


 ガルトに教えているのだ。

 ()()使()()()()()()を。


「貴様……貴様きさまキサマァ! クソが! おまえら、さっさと掛かれ! 行け行け行け! これ以上ゴミクソに言葉を喋らせるな!」


 しかしランドリックの()()()()()()こそが癇に障ったらしく、ラゼルは左右に控えている騎士だか護衛だかをけしかけた。左右の二人はわずかに息を呑み、それでも結局は意を決して腰の剣を抜き払い、ランドリックへ向かって行った。

 その時間を使ってラゼルは両手を宝石へかざすようにし、なにやらぶつぶつと呪文を唱え始める――。


 突っ込んで行った護衛二人がランドリックに殺されるのは、本当にあっという間だった。いつかのダリウスの部下と同じように、二人で挟むように連携して接近し、剣を振る。まともに回避するのはまず不可能な攻撃なのに、ランドリックは常軌を逸した速度で剣の間合いから後退し、剣が振り下ろされた瞬間には近づいて鉈を振っている。

 一人は首を飛ばされ、もう一人は頭が破裂した。


 そして次の刹那、


「おおおぉ! 喰らえぃ! 《風刃殺》――ッ!」


 一際よく通る大声と共に、ラゼルの正面に()()()()()()が生み出された。

 魔法によって形作られているからか、通常は有り得ない横方向へ伸びていく竜巻がガルトにもはっきり視認できた。


 青白く発光する、風の刃の渦。


 大きさは、数人掛かりで門扉を貫くのに使われる破壊槌と同じほど。竜巻そのものが現れるまでに多少の時間は掛かったものの、発生してから前方へ飛んでいく速度はかなり速い。射られた矢、というほどではないにしろ、先程の氷槍の倍以上は速いだろう。


 足元の砂埃が舞い上がり、竜巻が英雄を貫く――ことはなかった。


 ()()()()()()()()()

 空間ごと断つような大鉈斧の一閃が、ラゼルの魔法を霧散させた。


 ――魔法の真ん中を斬ればいい。


 その言葉通り、ランドリックは竜巻の威力など意に介することなく、やり飽きた薪割りみたいな簡単さで魔法を断ったのだ。

 さすがにこれはひどい。

 うっかりすれば同情したくなるような光景だったが、ガルトは大口を開けて驚愕するラゼルに注目するわけにはいかなかった。


 ガルトが注視していたのは、訓練場の地面だ。


 竜巻の風圧で砂埃が舞い上がり、やや視界が悪くなっている。

 ランドリックは驚愕のあまり身体を硬直させているラゼルへ、のんびりと一歩を踏み出していた。あの常軌を逸した接近ではなく、本当にゆっくりと歩いて行く。


 一歩、

 二歩、

 三歩――の、直前。


 視界の端、左側の地面に足跡が刻まれた。

 同時にガルトはなにもないはずの空間に十字弓を撃ち込んだ。



◇ ◇ ◇



 絡繰り式の十字弓は、ゼルギウスの部下が使っていたものだ。厳密に述べるなら、使おうとしていたが矢を撃つ前にランドリックに殺されたやつの死体から、つい先程ガルトが拝借したものである。


 この弓の機構は比較的単純で、てこの原理で硬い弦を引き、細い鉄棒のような矢を装填し、引き金を引くことで弦が解放されて矢が発射されるというものだ。

 普通の弓矢と違って矢羽根はなく、片手で使えるような大きさのせいで射程も短い。例えば丘の上から丘の下へ射掛けるような使い方はできない代物である。なので感覚的には強力な槍を一回だけ撃ち込める、というような武器だ。


 その十字弓をなにもない空間に――なにもないように見える空間に――撃ち込んだのは、予想していたからだった。


 自分がブラッカだったら、ランドリックを殺すことは諦める。

 そんなことはどう考えても不可能だ。

 なにをどうしようが対処され、一撃で殺される。

 だとすれば逃げるしかない。

 しかし、逃げるわけにはいかないとすれば?


 ガルトなら人質をとる。

 意外に有効な手段だということは、既に証明されている。


 付け加えるなら、ラゼル男爵が殺される前にガルトを人質にとることが望ましい。ブラッカの任務がなんなのかは判らないが、ランドリックに襲われた時点でどうせ失敗だろう。ならばラゼル男爵の命は交渉の札にするしかない。頼りない札であろうが、切れない札よりはいくらかましだ。

 例えば、ラゼルの命はどうでもいいから自分は見逃せ、というような話は、ラゼルが死んでからでは遅い。


 だから、この茶番の間にブラッカは動く。

 でなければさっさと逃げ出しているはずだ。


 そう思ってガルトは訓練場の足元に意識を向けていた。

 ブラッカは魔術で姿を隠せるだろう、というのは難しい予想ではない。さらに魔術で攻撃してこないのも、わざわざ背後をとっておいて十字弓を使ってきたことからも予想できる。たぶん、ラゼルのようには攻撃してこない。


 姿を消して、近づいて、ガルトを人質に取ろうとするはずだ。

 だから地面に足跡だけが刻まれたなら、そこにブラッカがいる。


 当たりだった。

 予想も、射撃も。






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