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01-03 ヴァルト傭兵団_03




 ヴァルト傭兵団を有名と評するべきかは、ハイギシュタ戦役を目の当たりにしたかどうかではっきりと意見が分かれるようだった。

 当時のガルトは寒村の子供に過ぎなかったので、ヴァルト傭兵団どころか英雄たちの存在すら知らなかった。ぼんやりと「戦争が起きているらしい」ことくらいは知っていたが、戦禍が我が身に及ぶなど想像すらしていなかった。村の子供だからというより、辺鄙な村の人間であれば誰もが時流に疎かったのだ。


 明日は今日と同じような日。

 信じるとか信じないとかいう話ではなく、それが当然という感覚だった。

 でなければ、戦禍が届く前に何処へなりとも逃げ出せたはずだ。


 そんな村が――あるとき踏み潰される。

 戦争の中では、稀に起こる出来事だ。

 有り触れてはいないが、有り得なくはない。


 そのハイギシュタ戦役において英雄たちに次ぐ活躍を見せたヴァルト傭兵団だったが、その後の動向は「縮小」の一言に尽きた。

 戦後処理の際、ヴァルト傭兵団をマクイール王国の騎士団として受け入れるという話があったそうだが、団長のグラウルはこれを断ったらしい。そのかわりヴァルト傭兵団の中から騎士になりたい者を引き取ってもらったという。

 これは国の側からすれば戦力の引き抜きであり、グラウル側からすれば方針の合わなくなった団員の職場を斡旋した形になる。双方、損のない取引だったわけだ。


 以降のヴァルト傭兵団は領騎士団の出張らないような細かい――しかし被害者にとってはそれなりに深刻な――暴力沙汰を食い扶持にして、のんびりと十年間を過ごしていた。


 舞い込む仕事は地味で、しかし途切れず続いた。


 どこぞの村の近くに盗賊が縄張りを張った、畑を襲う(つの)(いのしし)が出た、町のチンピラが徒党を組んで性質(たち)の悪い組織になった……そんなような、当局が出張るまでもない仕事を頼まれてはグラウルの気分次第で東奔西走し、現地の酒場を荒らして拠点へ戻るという生活を繰り返して、もう十年。

 ガルトが覚えているだけでも、いなくなった団員は三十人以上。そのうち一人として死人になっていないのは、たぶん誇るべきなのだろう。


 パン職人になった男もいれば、鍛冶屋に弟子入りした男もいる。逆に親を亡くした子供が――といっても彼らは総じてガルトより年上だったが――入団したこともある。団長の方針が合わなくなって別の傭兵団に移った者も、あるいは年齢を重ねて一線を退いた傭兵が入団することも。

 十年もあれば、人というものは入れ替わり、立ち替わり、移り変わる。

 しかし平均すれば団員の数は緩やかな減少傾向にあった。


 いずれヴァルト傭兵団は解散するだろう。


 そのことを判っていながら、団員のほとんどは現状の生活に不満もなく、変化も求めず、いずれ来る終わりをゆっくりと待つような気分で日々を送っていた。


 栄光はないが、つまらなくもないし不幸でもない。

 それで十分だろう――というのが、グラウル・ヴァルトの見解だった。

 ガルトとしても概ね同感である。



◇ ◇ ◇



 その男と出会ったのは、遠征で使った武器のうちいくつかを馴染みの鍛冶屋へ研ぎに出し、それ以前に研ぎへ出していた分を引き取って拠点へ戻る途中のことだった。


 リンブロムの都市部とヴァルト傭兵団の拠点はそれなりに離れており、行き来がやや面倒だ。町から離れた丘の上にぽつんと集落があるように見えるが、その場所には元々リンブロムの貴族が住む屋敷があったという。

 そう、元は貴族が住んでいた場所に、ヴァルト傭兵団の拠点があるのだ。


 ハイギシュタ戦役の初期に四人の英雄が逗留し、リンブロム貴族が彼らに余計なちょっかいをかけたせいで屋敷が更地になったと聞かされているが、ガルトには一体なにをどうすれば貴族の屋敷を()()()()にできるのか、見当もつかない。

 町の住民からも同じような証言があったので、酔っ払ったグラウルの冗談でないことは確かだ。英雄たちの逸話には「これは絶対嘘だ」というものがいくつもあるが、その逸話の中でいえば屋敷を破壊する程度は簡単にやってしまうだろうな、というのがガルトの感想である。なにしろ千人近い敵の軍勢に単騎で突っ込んで軍を割るような連中なのだ。屋敷のひとつやふたつ、鼻息で吹き飛ばしたりするに違いない。


 自分は段平(だんびら)を何本か背負うだけでそこそこ疲れるのにな――。


 と、だらだら続く坂道を歩きながら、ガルトは思う。

 鍛冶屋から引き取った武器は標準的な片刃の曲剣が五本。それぞれ鞘に収めたものを紐で括ってまとめて担いでいるのだが、剣など五本も背負うものではない。

 しかし考えてみれば数年前までは剣一本背負うのですら困難だったのだ。他の団員と違って基礎的な訓練しかしていないとはいえ、それでもこのくらいの荷物であれば今のガルトなら一日中担いで歩き続けられるだろう。


 こうやって少しずつ成長して、いつかはヴァルト傭兵団もなくなって――そうしたら、自分は一体なにをして生きていくんだろう……?


 そんなようなことを考えていたときだ。



「――よう、そこの少年。ちょいと聞きたいんだが」



 やや遠くから響く野太い声が、ガルトを呼び止めた。

 振り返ってみれば、一頭立ての馬車を操る中年の男が手を振っているのが見えた。


 馬車といっても行商人が使う荷運び馬車ではなく、移動用の軽い箱馬車だ。架台はヒト一人が収まればもう手一杯という程度で、車輪は左右に一対だけ、御者台はそれなりに広く設計されているようだが、乗っている男が巨躯なせいでひどく窮屈そうだ。

 馬車を牽いているのはそれなりに年老いた軍馬で、男の髪と同じ栗毛は艶こそ失われているが、そこには重ねた年月が醸し出す独特の雰囲気があった。たぶん間近でどんな大声を出しても慌てないだろう。


 その男が商人でないと判ったのは、馬車や馬がどうこうというより、身に纏った雰囲気がよく知っているものだったからだ。


 生活の中に暴力があり、必要とあらば暴力の行使を躊躇(ためら)わない――そういう気配。

 端的にいうなら「危険な匂い」とでも評すべきか。

 グラウル・ヴァルトが身に纏うそれと、男の雰囲気がかなり近い。そして馬の方もそんな雰囲気の男の傍にあって落ち着き払っている。


 だから――ほとんど直感的に思った。

 同業者だ、と。


「この町にヴァルト傭兵団があるって聞いたんだが、少年はそこの団員か?」


 とりあえずのように男は笑みを見せたが、たぶんあと十歳若ければそれなりに男前だっただろう。だが男の物腰や態度には凄味がありすぎて、本人の意図とは無関係に笑むという行為に威嚇の意味が付されている。それもまた、グラウルとの共通項だ。

 本人は凄んでいるつもりなどないのだろう。

 しかし身の内に押し込められた暴力の気配が、気安さを生ませない。


「そういうあんたはどちら様っすか?」


 と、ガルトは言った。可能な限り丁寧に、しかし決して謙ることなく。

 馬車の男は怯えを見せなかったガルトにやはり獰猛な笑みを見せたまま馬車を寄せ、丘の上を眺めて目を細めるようにした。


「俺のことは知らんか。随分と古い話だが、グラウルの旦那の世話になってたことがある。ゼルギウスっていうんだが――もう十年前になるか」


「元団員、っすか?」


 今度はガルトが目を細める番だった。

 ゼルギウスと名乗った男の口調には郷愁が含まれており、とても演技には見えなかった。それに古株のほとんどはグラウルのことを「団長」ではなく「旦那」と呼ぶ。英雄たちの部下として動いていた間は、英雄ランドリックを「隊長」と呼んでいた名残らしい。隊長の部下が団長ではわけが判らなくなるから、と。

 ちなみにというか、他三人の英雄たちは傭兵団と距離を置いていたらしく、基本的には英雄ランドリックの部下という体裁でヴァルト傭兵団は雇われていたという。


「まあそうだ。仕事の話と、ついでに顔でも拝んでおこうかと思ってな。旦那もそろそろいい歳だろう?」

「今年で四十いくつ……っすね」

「それが判るってことは、やっぱ団員じゃねぇか」

「まあ、そうっすけど」

「旦那も全盛期は過ぎちまったってことか。俺も歳を食うわけだ」


 見せていた笑みの色が変わる。

 薄暗いような、あるいは濁っているような、複雑な笑い方だった。その色合いに含まれる意味を理解するにはまだ経験不足だ、とガルトはなんとなく思った。

 ナニカがあるのだろう。

 しかしそのナニカが窺い知れない。

 他人の内側が窺い知れないのは、当たり前のことだ。


「……まあ、とりあえず戻る途中なんで、案内くらいはしますよ」

「そうかい。そりゃ話が早ぇや。俺はここしばらくマクイールを離れてたんでな、時勢に疎くて仕方ねぇんだ。ヴァルト傭兵団も旦那も残ってたのは判ったが、規模はすっかり縮んじまったみたいだな。昔は三百からの大所帯だったんだが」

「まあ、団長のやる気がねぇっすから」

「戦後から変わらず、か……」


 空を仰いだゼルギウスの表情が何処か寂しげに見えたのは、たぶんガルトの気のせいではない。

 おそらくこの男はグラウルの方針変更を受け入れられず、団を抜けたのだ。付け加えるならその際マクイール王国騎士団へ移ることもしなかった。


「国を出て、なにやってたか聞いても?」

「傭兵がやることなんざひとつっきりだろう。雇い主の仰る通りに他人をぶっ殺すのが俺たちの仕事だ。北でも南でも変わらねぇよ」

「そうっすか」


 頷き、ガルトは少し考えてから付け足した。


「ちなみにうちの傭兵団は害獣駆除だとか町のチンピラが徒党を組んで近隣住民に迷惑かけだしたから潰したりだとか、そこそこ平和な仕事も請け負ってますよ」

「他人ぶっ殺すばかりが能じゃないってか?」

「さぁ? 本当は他人ぶっ殺すための能を無理して別のことに使ってんのかも」


 そう答えたのは皮肉や韜晦(とうかい)ではなく、ふとした感慨を口から吐き出したに過ぎない。

 いくら勢力拡大をやめて方針を変えたとしても、一件平和そうな仕事を請けたとしても、本質的にヴァルト傭兵団が暴力装置であることに変わりはないのだ。


 これは普段から考えていたのではなく、本当に不意に、ゼルギウスという男を見て初めて浮かび上がった泡のような思考だった。

 つまり――結局グラウルは王国騎士団に入ることを選ばなかったし、傭兵を止めることもしなかったじゃないか、と。

 もちろんその中で育てられたガルトに文句などあるはずもないのだが。


「ふ――くははは、なるほど。少年よ、面白いこと言うじゃねぇか」


 どうしてか満足げに笑うゼルギウスに、今度は返す言葉を思いつかないガルトだった。

 ゼルギウスの方も別に返事が欲しかったわけではないようで、それからはお互い無言で坂道を登り切り、拠点へ辿り着いた。






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