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10-02 突入前





 商工街ティオーブはランドリックにとって、近くて遠い場所だった。


 住処にしていたオロズの森はニリルギム領にあり、そこから最も近いカレンカという町の商人が、たまにオロズの材木を買いつけに来た。腕のいい木工職人がティオーブにいるから彼らに卸すのだ、とかなんとか聞いた覚えがある。


 ランドリックがオロズの森に住み着いたことをニリルギムの領主がどう受け取ったのかは知らない。領主の方から接触してこなかったのと、他の貴族の接触もなかったのは事実だが、たぶん『蒼炎』のハミルトンが根回しでもしたのだろうとランドリックは思う。

 それに、あの当時『英雄』に目を血走らせていた貴族たちは、ランドリックが隠居を決め込んだのを知って死ぬほど安堵したのではないだろうか。英雄を(よう)する勢力など出現すれば、火種にしかならなかったはずだ。


 自分が火種である自覚は、ランドリックにもある。

 そんなもの自分のせいではないとも思うが。


 戦争が終わって十年間、この街に近寄ることすらなかったが――馬車の内側から眺める街並みは、記憶とかなり違っている。

 それも当然、ランドリックがティオーブを訪れたのは戦時中だったし、ましてそのときはこのあたりが前線だった。厳密に言うなら最前線の一歩手前、戦場になったのはタンクレート領との境にある平原や、ハイギシュタ兵が襲った村のある辺境だった。

 そして戦争の末期にはタンクレートが裏切り、前線の位置も移動した。


「……ティオーブに来るのは、戦争以来だと初めてになるの?」


 荷台の端で膝を抱えているアディは、ランドリックを見ずに言った。

 憂鬱そうというか、陰鬱そうというか、少なくとも楽しくはなさそうな様子だ。


「ああ。たまに近くの町に行くことはあったが、ここに用事はなかったからな」

「この街、十年前と比べてどう変わってる?」

「ほとんどなにもかも。昔は区画もはっきり分かれていなかった。戦時中はぎらぎらした目付きの職人が金目当てに群がって来た場所だったからな。商売と経済の違いみたいなものがある……と思う」


 よく判らんが、と付け加える。

 アディはランドリックの言葉を聞いているのか否か、曖昧に頷いて、溜息を吐いた。俯きがちになる瞬間、赤色の髪が揺れてアディの表情を覆い隠してしまう。

 気怠げで、妙な色気のある所作だ。

 だからといって変な気持ちにはならないが。


「ねえ、ランドリック。あなた、貴族を殺すときってどんな気持ちだった?」


 急な話題の転換だった。


「貴族もそうでないやつも、殺すときは大して変わらんぞ。殺した後はもっと変わらん。誰だって殺せば死ぬし、死んだやつはみんな同じだ」

「人一倍死にそうにないあなたに言われても、なんだかなぁって感じよね」

「そういうふうに思うやつは多いが、俺だって殺せば死ぬぞ」

「本当に?」

「当然だ。ヤバいと思う場面も、何度もあった」

「だったら――今回の()()、あなたにとってヤバいことなの?」

「そうでもない」


 と、思う。それは本音だ。

 貴族の住処に乗り込んで、そこの敵を皆殺しにするだけ――武装した千人以上の敵に突っ込むよりはるかに簡単ではないか。


「まったく理解できない感性ね」


 ふんっ、とわざとらしく鼻を鳴らすアディの真意は、ランドリックにはまるで推し量れなかった。

 特に頑張って推し量ろうとも思わなかったが。



◇ ◇ ◇



 事前にガルトとロジーヌが手配していた『井戸の迷い亭』とかいう妙な名前の宿で馬車を降り、ここでロジーヌとは別行動になった。


 ランドリック、ガルト、アディの三人は徒歩でラゼル男爵の屋敷へ向かい、ロジーヌは宿に運ばれているはずの水や食糧を馬車に載せてから作戦後の退路へ馬車を移動させる手筈になっている。

 メリシェという女から渡された地図を元に、ガルトとアディがあれこれ議論した結果の配置だ。ランドリックは経験上「これは拙い」とか「これならいける」くらいのことは判るが、それが優れた作戦であるかどうかまでは判らない。たぶんいけるだろう、という感触はあったので文句はなかった。


 突入班であるランドリックとガルトは、そろそろ夕暮れの訪れる市街を並んで歩いていた。アディの方は後から屋敷に潜入することになっているので、やや離れた位置をついて来ているはずだが……どうだろう、ここでアディが逃げる可能性もあるような気がしたし、逃げないような気も同時にする。


 他人の気持ちなど、ランドリックには判らない。

 取り立てて理解したいとも、あまり思っていない。

 知りたい――とは、少し思う。

 理解はできずとも。


「なあ、おっさん。俺も一緒に突入するのって、ぶっちゃけ邪魔じゃないのか?」


 隣を歩いているガルトが、ふとそんなことを言った。口調は食べそびれた昼食の話をするくらいの軽さで、怖じ気づいているわけではないようだ。


「邪魔というなら邪魔だが、おまえ、俺について来ると言ったろ。どっかの宿で口開けて待ってるのがおまえのやりたいことか?」

「そう言われれば、確かにそれは不本意だよな」

「だろ。それにどうせ最低でも今回の他に、もう一回は同じようなことをするはずだ。慣れておけ」

「……タンクレートか」


 オットー・タンクレート。

 ハイギシュタを裏切った貴族。

 ゼルギウスの雇い主。


 貴族の名前はなるべく覚えないことにしているランドリックでも、さすがにこの名前は頭に入っている。一年後も入っているかどうかは怪しいが、とりあえず現状で忘れ去ることはないだろう。

 樹霊剣レオノーラは、おそらくタンクレートの元にある。

 ほとんど確信だ。タンクレートがハイギシュタ戦役を生き延びた貴族である以上、ゼルギウスにレオノーラを管理させるなどということは有り得ない。


 奪い返さねばならない。

 ゲオルグとの約束を守りたいからではなく、あの男が言ったように「国や大義に預け」てしまうのは危険だ。

 たった一人の独善的な少年に持たせただけで一国の王族を皆殺しにできる魔剣など――()()()()()()()()()()()に持たせるべきではないのだ。


 今にして思う。

 あのときのゲオルグは、己の行いを正しいと信じていた。


 イースイールは違うだろう。ハミルトンも違うはずだ。ランドリックも自分の正しさなど信じていなかった。

 ゲオルグだけが戦いの果てに救いや平和が訪れると信じていた。もちろん途中でマクイール王国の貴族や王族に不信感は募らせただろう。ランドリックが貴族を殴り殺したときも、ゲオルグは怒り狂ったりしなかった。だが、それでもゲオルグは守るべき無辜の民を信じていたのではないだろうか。

 その中にクズや下衆が含まれていることから、目を逸らしていたのだ。


 そしてたぶん、自らの手で救うべきか否かを選別すれば、それは最早ゲオルグが皆殺しにした王族と変わらない独裁者だ。


「いいさ、あんたについて行くって決めた。掃き溜めだろうが地獄だろうが……まあ、文句は言うと思うけどさ。そんな場所に連れて行かれたら、さすがに」


 へっ、と美的でない笑い方をして肩をすくめるガルトだった。

 この少年はきっと――無辜の民も、己の正義も、まるで信じていないのだろう。


 腰に提げたダリウスの剣は、まだ似合っているとは言い難い。それでも多少の慣れは感じられる。四六時中身に着けていろと言ったから、本当に四六時中身に着けているのだ。

 子供を殺戮現場へ連れて行くことに抵抗がなくはない。

 が、それでもランドリックはガルトを戦場へ連れて行くべきだと思った。


 勘――としか言えない。

 自分とは違ってなかなか器用なところのある少年だから、何処かへ独りで放り出されても、きっとそれなりの人生を送るだろう。しかしガルトの場合、間違いなく何処かの時点で「それなりの人生」は破綻する。

 断言してもいい。

 この少年は、()()()()()()()()()()()()()()ならば、あらゆる全てをかなぐり捨てるだろう。自分の命であっても引き換えにする、そういう人間だ。


 そうは思うものの、しかしやはり判らない。

 だったら、このガキの「譲れないナニカ」とは、なんなのだろう?



◇ ◇ ◇



 しばらく歩くうちに街の雰囲気が変わった。

 まずは通りの何処かしらに点在していた商店が姿を消し、次に一般的な住宅が数を減らしていき、それから大きな通りを挟み――街区が明確に分かたれた。


「こっちだ、おっさん」


 頭に地形を叩き込んでいるらしいガルトが三歩先を歩く。

 その背中に頼もしさこそ感じないが、危うさもまた感じない。きっと自分の方がよほど危ういし頼りないだろうと思えば、なんだか面白かった。


 明らかに街並みが変わり、豪邸といって差し支えない邸宅が左右に並び出す。道に敷かれた石畳もなんだか端整だ。

 察するにここいらが金持ちの住んでいる街区なのだろう。なにしろ道の脇にぽつぽつと街灯が立っており、夜を頼りなく照らすその明かりは魔導灯なのだ。都市の中心部でもない住宅区で、こんな明かりは必要ないはずだ。


 当然、そんな中を歩くガルトとランドリックは浮きに浮いている。

 しかし堂々と歩いている二人の人間を不審者と断定するわけにもいかないのだろう。考えてみればラゼルとかいう貴族の元にはゼルギウスの部下が滞在しているのだ。仮に連中がなにかの用事で外出したとして、いちいち不審人物として捕縛されているとは思えない。


 もちろん真相などランドリックには判らないが。

 確かなのは、誰に咎められるでもなくラゼル邸へ辿り着いたということだ。


 屋敷というべきか、邸宅というべきか。

 背の高い塀で囲われた敷地はかなり広く、見えている庭も不必要に広い。さすがに王都で見た王城や貴族の屋敷には劣るものの、それでも人間を三百人収容してもまだ余裕がある程度にはでかい建物だ。庭だって馬を三十頭くらい放しても不便がなさそうな広さがある。


 屋敷の正門は閉ざされており、門扉の脇には門番が立っている。ぼんやりと中空を眺めているようで、あまり仕事熱心ではなさそうだ。構造からして、おそらく塀の裏側には門番用の小さな小屋があるだろう。


「ガルト、みっつだけ指図するぞ。ここから先は俺の剣が届く範囲に近づくな。俺の目が届かない位置まで離れるな。それから――」


 言って、腰帯に挟んであった大鉈斧を抜き払う。ガルトが無言で耳をそばだてているのを確認し、右手に得物をぶら下げたまま、大股で門番に近づいて行く。


 一歩、

 二歩、

 三歩。


 たったそれだけの接近で、手を伸ばせば届く距離に。


「――殺す相手のことは、殺してから考えろ。もしかしたらいいやつかも知れないとか、家族がいるだろうとか、恋人が待っていたかも知れないとか、そういうことだ。そういうのは全部、殺した後でも十分だ。どうせ殺すんだからな」


 ぽかん、と口を開けてランドリックを見上げるようにしていた門番に、大鉈斧をぶち込んだ。十年前に何千回とそうしていたのと全く同じように。


 ()()()、という奇怪な破裂音。

 頭の中身が勢いよく塀にぶち撒けられ、赤黒い花を咲かせた。




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