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08-01 合流と状況説明





 人が死んでいるか否かは、見ればだいたい判る。


 ぱっと見て生きている感じがしなければ死んでいるし、死んでいる感じがしなければ生きている――というのが、ランドリックの識別法だ。


 稀に「死んだふり」の上手いやつもいるが、その場合は生きている感じも死んでいる感じもしない、という矛盾した感覚になる。なので殺しておきたい場合は念入りにとどめを刺せばいい。


 だから、食堂に死体が増えているのも、ぱっと見てすぐに判った。


 ランドリックを王都に運ぶための部隊、その部隊長として有能さを発揮していた男。ランドリックに斬りかかり、反撃を受け、両足首を踏み潰された男。


 ダリウスという名の、傭兵。

 その死体が転がっている。


 頭の半分近くまで曲剣が食い込んでおり、まだ新しい血溜まりが床を濡らしていた。当然だが身動ぎひとつせず、濁った瞳は見開かれたまま何処か虚空を見つめている。

 どう見ても死んでいるし、生きている感じもしない。


「……ふむ」


 意味もなく鼻から息を吐き、ランドリックは周囲をぐるりと見回した。

 食堂内の死体以外には、おそらくダリウスの死体に驚いているであろうアディと、死体だらけの惨状に眉を寄せている情報屋のルーシアや男たち、情報屋の老人はさして表情を変えず、泰然としている。


 ランドリックのすぐ後ろに控えているロジーヌは――こちらも無表情のまま、しかし視線の先は忙しく動いている様子だ。死体をひとつひとつ検分しているのだろう。どのように殺されたのかを見れば、犯人の技量が推察できる。


「聞いてた話と違うわね」


 言ったのは、白い肌を見せつけるような黒い服の女、ルーシアだ。


「部隊の隊長を生かしておいたって話じゃなかったのかい? それに、ガルトとかいう人質の姿が見当たらないわね」


 逃げたのではないか。

 言葉にこそしなかったが、口振りは言外にそう語っている。


 が、ランドリックは首を横に振った。

 知覚していたからだ。

 周囲に生きている人間がいれば、気配で判る。

 周囲に死んでいる人間がいるよりもずっと簡単に。


「こいつらは敵じゃない。この街の情報屋だ。協力してもらった連中だ」


 と、ランドリックはそれなりに声を張って言った。

 唐突な大声に、ロジーヌ以外がぎょっとしたような顔をみせたが、ランドリックは他人の驚愕をいちいち気にしない。


「――ああそうかい! そんじゃあ、今から顔出すけど、うっかり攻撃しないでくれるとありがてぇっすね!」」


 と、廊下の向こうから声が響いた。

 ガルト・ヴァルトの声だ。


 おそらく屋敷の前に馬車が駐まっていた時点でとりあえずのように身を潜めていたのだろう。状況次第では本当に逃げ出していたかも知れないが……それはむしろ、判断としては正しい。

 ガルトは人質であり、解放されたのなら何処へなりとも消えればいいのだ。

 樹霊剣レオノーラを取り返す必要があるランドリックとは違うし、自分の所属している『組合』の長を人質に取られているアディとも違う。


 しかしダリウスを殺したのなら、どうしてその時点で逃げなかったのか。

 やや不思議に思いながら待っていると、さほど間を置かずにガルトが食堂の入口へ顔を出し、その場の面々をぐるりと一瞥してから眉を寄せた。


「……なんか、ややこしいことになってねーすか?」

「そうでもない」

「ランドリックのおっさんに言われても説得力がないんだよなぁ」

「あんたこそ、なに勝手に情報源を殺してくれちゃってるのよ。『殺すな』ってランドリックに言われたじゃない」


 不機嫌そうに言ったのはアディだ。

 しかしガルトは気にしたふうもなく肩をすくめる。


「俺がランドリックのおっさんの部下だったら命令違反になるだろうけど、違うだろ。どうしても頼みを聞かなきゃいけない立場じゃねーよ。それに、たぶんダリウスから聞くべき情報はもう吐かせてある」

「その真偽を誰が判断すんのよ。あんたみたいな素人に情報の価値が判るとは思えないし、聞くべき情報の種類が判るとも思えないし、そもそも殺した理由になってないわ。()()()()()()()()()()()()わけ?」


 不機嫌――というより、はっきりと不快そうにアディは反駁(はんばく)した。

 言葉もそうだが、ガルトを睨む眼差しが真剣さを物語っている。


 それとは対照的に、ガルトはへらへらと薄笑いを浮かべていた。

 死んだダリウスがそうしていたような、多くの傭兵がそうするような、命の価値を貶めるための笑みだ。ランドリックには彼らがどうしてそのように笑むのか判らないし、特に知りたいとも思わないが――それでも、判ることはある。


 ガルト・ヴァルトは、己の意思で()()()()()()のだ。

 殺さないことを選べる状況で、わざわざ自分の手を汚した。

 であれば、もはや巻き込まれた子供ではない。


「なにを言おうが死んだ人間は生き返らない。それより、死体愛好家のいかがわしい集まりってわけじゃないなら、とりあえず場所を移そうぜ。どう考えても落ち着いて話ができる環境じゃねーよ」


 へらへらと笑いながらガルトは言う。


 それもそうだな、とランドリックは思った。

 他の面々がどう思ったのかは判らなかったが。



◇ ◇ ◇



 屋敷はそれなりに広く、食堂以外にも人数を収容できる部屋がいくつかある。

 といっても、ランドリックは屋敷の間取りなど把握していない。当たり前のような調子で食堂を出て行くガルトの後に続いただけだ。


 移動した先はどうやら傭兵達が荷物置き場として利用していた場所のようで、荷袋や木箱が雑に転がっており、天井から吊されている魔導灯が頼りなく部屋を照らしている。それ以外のものは、特になにもない。


 本来はどのように使われる部屋なのか、というようなことをランドリックはいちいち考えず、転がっていた木箱が頑丈であることを確認し、そこに腰を下ろした。

 ロジーヌは当然とばかりにランドリックの傍に立ち、アディはランドリックのちょうど反対側に位置取り、ガルトは窓際の木箱に尻を乗せた。ルーシアと組合長は入口のすぐ傍に立ちっぱなしだ。彼らの部下は部屋には入らず、組合長からなにやら指示されて慌ただしく駆けて行くのが判った。


 おそらく、死体の処理を命ぜられたのだろう。

 道具と人員を確保しに行った、というところか。


 俺は散らかすのが専門で、片付けなどろくにしたことがない――そんなふうに考えて、あまりの悪趣味さに笑いそうになった。


 人間を散らかす専門家であり、死体処理の素人。

 それがランドリック・デュートだ。


「で――なんとも愉快な仲間を増やしたみたいだけど、おっさんの方の首尾はどうだったんだ? いや、まあ目的を果たしたのは判るけどさ」


 そんなふうに口火を切ったガルトに答える形で、先にランドリック側の首尾を話すこととなった。

 ……のだが、ランドリックの口から詳細な説明が捻り出されるわけもない。当然のごとくアディに任せたが、それがより彼女の不愉快を加速させたようだった。


 なにに怒っているのかといえば、様々なことに――だろう。


 ランドリックが口先に関してはまるで役に立たないことだったり、殺すなと言ったはずのダリウスをガルトが殺してしまったことだったり、あるいはこの状況そのものから抜け出せないこと、それ自体が不快なのかも知れない。


 しかし、その不機嫌や不愉快とは裏腹に、アディの説明は簡潔かつ明瞭で、非常に判りやすいものだった。他人の話を呑み込むのが得意でないランドリックが聞いても判りやすいくらいだから、よほど物事を報告することに慣れているのだろう。


 ただ一点、ロジーヌについてだけは説明が省かれたが、そこに文句を言おうという気にはならなかった。


「ようするに、ゼルギウスの手下はオーヴィから一掃されたってわけだ。アディの機転と、『耳』の協力と、ランドリックのおっさんの暴力のおかげで」


 だからどうという感慨を込めず、ガルトが言う。

 全くその通りだったのでランドリックは普通に頷いたが、何故だかガルトはそんなランドリックに微妙な視線を向けてきた。呆れているような、困っているような眼差しだ。怒りや嫌悪は含まれていないように思えた。


 そして呼吸一回分の時間が流れた後、視線の先が逸れる。

 ランドリックのすぐ隣、そこに控えているロジーヌへ。


「で、そっちのお美しいお嬢さんは、一体全体何処のどちら様っすかね? どう見てもどっかの屋敷の使用人って感じだけど、どう見てもどっかの屋敷の使用人って感じがしない。……変な感じだけどさ」

「どうしてそう思う?」


 ふと気になったので訊いてみる。

 他意はない。ただの好奇心だ。


「この娘はロジーヌというそうだ。どう見てもどっかの使用人に見えるんだろ。どうしてどっかの使用人という感じがしない?」


 確かにガルトの推察通り、ロジーヌは使用人ではない……いや、使用される者という意味では使用人というべきかも知れないが、一般的な使用人とは違う。

 ランドリックはロジーヌの物腰や雰囲気、気配の感じでそれが判る。

 では、ガルトは何を根拠にそう思ったのか。


「……いや、一般的な使用人はあんたのすぐ近くに立って普通の顔なんかしてらんねぇだろ。ロジーヌとかいったっけ? 全然怯えてねーじゃんか。それにさっきから俺を観察してる。腕のある傭兵が相手の力量を見定めるみたいに」


 そう言われた瞬間だけ、ロジーヌの表情が動いた。

 変化が少なすぎて定かではないが、わずかに驚いたような……。


「そっちのご年配から押しつけられたのよ」


 溜息混じりにアディが付け加えた。

 組合長がランドリックに恩を感じていること、その恩返しとしてロジーヌを譲渡したこと。それを当人も承知したこと、それらをざっと説明し、わざとらしく息を吐く。あまりロジーヌに対していい感情は持ち合わせていないらしい。


 ガルトは少しの間だけロジーヌへ視線を注ぎ、それから曖昧な保留を示すように小さく頷いた。良いとも悪いとも言わなかったし、良くないとも悪くないとも言わなかった。


 年端もいかない少女をくれてやると言った組合長、それをあっさり承知してしまったロジーヌ、押しつけられて断れなかったランドリック――そこになにかしら思うところはあるのだろうが、表情にも言葉にも出さなかった。


 この少年は、どう思ったのだろう?

 何故だか少し気になった。

 どうして気になるのかは、判らない。


「――それで、あんたの方の話はどうなのよ?」


 と、話を変えたのはアディだ。

 不機嫌そうに眉を寄せ、苛立たしげに腕を組み、腹立たしげにガルトを睨んでいる。なんというか、使えない部下へ罵声を堪えている上官のような雰囲気だ。


 情報屋だからこそ、情報の重要性に対する捉え方が違うのか。

 あるいは、別の理由があるのか。


 やはりランドリックには判らなかったし、見当もつかなかった。





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