01-01 ヴァルト傭兵団_01
村が襲われたときのことを夢に視るたび、ガルト・ヴァルトはそれを悪夢と呼ぶべきか否か、いつも少しだけ迷う。
確かにひどい有様だったし、ひどい出来事ではあった。しかしとりあえず生きていて、食うに困るような生活を強いられてもいない。
戦争の爪痕を深く刻まれたまま癒す術もなく野垂れ死んだ者は少なくなかった。兵士だった者が野盗に落ちぶれて正規の騎士団や傭兵団に壊滅させられたこともあった。土地の領主が変わって税制も変わり、対応できなくなった寒村が潰れるようなこともあったし、廃村の家屋で干涸らびている老人を見たこともある。
敵国の兵に村が蹂躙されるという出来事はいかにも悲惨だが、苦痛の時間だけならそう長くはなかったのだ。戦後の疲弊に喘いだまま死んでいくのと、一体どちらがましだったのか――ガルトには判らない。
そもそもの話、ガルトは生きている。
殺されていないし、死んでいない。
基本的には満足に食べていられるし、十分に眠っている。
それを不幸と言い張るのは、なんだか違う気がするのだ。
ヴァルト傭兵団の団長、グラウル・ヴァルトに拾われて以降、ガルトは傭兵団の下働きめいたことを命じられた。荷物運び、食事の配膳、傭兵たちの剣や鎧の整備……ガルトが成長するにつれ文字を覚えさせられ、計算を叩き込まれ、傭兵団の経理の手伝いまでやらされるようになった。もう少し育ってくると基礎的な訓練もやらされたが、どうしてか剣や弓の訓練はあまりやらされなかった。
団長のグラウルは、ガルトを傭兵として育てるつもりがないらしかった。
もちろん傭兵団の流儀として最低限の訓練は――例えば町のチンピラが相手なら十分に対処できる程度には――課せられていたが、その程度だ。
ガルトを拾った男は「強く在れ」とは言わなかった。
ただ「弱くなければそれでいい」というのが団長の教育方針だった。
グラウル・ヴァルトは十年前の戦争時、『英雄たち』と呼ばれた四人組の部下として働いていたという。酔っ払うたびにしつこく語られた英雄譚は、ガルトにはもう聞き飽きた物語だ。
英雄たちは戦争のある時期に突如として現れ、ほとんど単独でハイギシュタ王国に甚大な被害をもたらした。数百人規模の軍勢に四人で立ち向かって真正面から軍勢を割り、敵将を殺したというのだから笑うしかない話だ。
そういう存在を戦力とは言わないし、戦術の中に組み込まれることも有り得ない。
グラウルはある戦場で英雄たちの活躍を目の当たりにし、即座に彼らへ話を持ちかけたという。自分たちを部下にしないか、と。
こいつらと敵対してはならない、とグラウルは考えたのだ。
それは長い傭兵生活で培われた『生死に対する嗅覚』だった。どうあっても英雄たちの敵に回ってはならない。死なずに済んだとしても壊滅的な被害を受ける。
逆に、彼らの下につくことができたなら――。
英雄たちは結果から言えばマクイール王国の側で力を振るい、最終的にはハイギシュタの王族を八割方殺してしまった。残った二割は国体を維持するために生かされ、現在ハイギシュタ王国はマクイールの属国めいた力関係に収まっているが、国力そのものは戦後と戦前ではそう変わらないそうだ。
戦争をして片方が敗れたにしては、消耗が少なかったのだ。
兵の消耗、民の消耗、金の消耗、そして食糧の消耗。
英雄という異常な存在が戦争に介入したせいで、普通なら行われるはずの消耗戦がほとんどなかった。実際、戦争の勝敗を決めることになった大合戦では両国共に温存していた戦力を戦場に送る間もなかったほどだ。
英雄たちが突っ込んで、現場の兵やヴァルト傭兵団が戦線を維持している間にハイギシュタの王族が軒並み殺された。
露骨な言い方をするなら、ハイギシュタは即座に戦争を仕掛けるだけの国力を維持したまま降伏することになった、ということだ。
これも普通の戦争ではあまり見られない結末である。
両国がすぐに戦争へ舵を切らなかったのは、どんな莫迦でも「それをやったら同じ結末に至る」と理解できたからだ。
敗戦国であるハイギシュタも、戦勝国であるマクイールも、英雄たちの部下という位置取りを獲得したヴァルト騎士団も――おそらくは当時の誰もが知っていた。
英雄たちは、たまたまマクイールの側にいただけだ、と。
マクイール側に義があったとか、英雄たちはハイギシュタへ強い恨みがあったとか、そういう理由は一切なかったのだ。ハイギシュタを攻撃した方が早く戦争が終わりそうだったという、英雄たちにとってはそれだけの話だった。
踏み潰される草花を守るため、争う肉食獣のどちらかを殺してしまおう……起こった出来事から述べるなら、そんな話でしかなかった。
再び戦が起きて無辜の民が脅かされたなら、英雄たちがまた立ち上がって利剣を振るうだろう。そしてその利剣が斬り裂くのは、どちらの陣営なのか判らない。
通常なら有り得ない話だ。
それを敢行してしまうのからこそ、英雄と呼ばれたのだ。
無理を通す者。
道理を砕く者。
常識を破る者。
権力の届かぬ者。
あんな『強さ』に手を伸ばそうだなんてのは無茶ってもんだ、とグラウルは笑う。ありゃあ、強い分だけなにかが足りないか、なにかが過剰か、そういう類の代物だ。
そんなふうに生きろだなんて、誰に言えるってんだ?
だから、グラウル・ヴァルトは『強く在れ』と言わなかった。
そういうことだ。