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04-01 暗殺依頼




 ――こういうのは、初めてだな。


 一定の距離を取って自分を囲むゼルギウスの兵を眺めながら、ランドリックはそんなふうに思った。

 敵に囲まれること、それ自体はランドリックにとって珍しい経験ではない。というよりランドリックの経験した戦場は「味方より敵が多い」ものばかりだ。多数に突っ込んで攪乱するのがランドリックの役割だったし、だから多数の敵に取り囲まれることには慣れているといっていいだろう。


 ただ、取り囲まれた状態で話をするのは――初体験だ。

 突っ込んでぶっ散らすのは慣れている。

 敵が突っ込んで来ることにも慣れている。

 物や人を質にとられるのは、たぶん初めてだ。

 そういう意味では、やや戸惑っていた。


 奪われた魔剣――樹霊剣レオノーラは、どうあれ取り返す。それはランドリックの中では決定事項だ。ハミルトンの懸念通り、変なやつの手に渡ればおかしなことになる。ランドリックが自分の意思で手放したのならそれもよしと開き直るだろうが、奪われた挙げ句その結果になればやはり後悔するだろう。


 問題は、人質の方だ。


 一人は赤毛の少女。椅子に縄で縛られており、ゼルギウスの部下が剣を突きつけている。女にしては背が高く、痩せていて、今は息を荒らげてランドリックを睨んでいる。助けるのに失敗したから怒っているのだろうか、と思ったが、よく判らない。


 そもそも見知らぬ女だ。

 助ける義理があるかというと、ないだろう。

 だからといって死ねばいいとも思わないのが、問題といえば問題か。


 もう一人は少女よりも少しだけ年下に見える少年。

 くすんだ亜麻色の髪を半端な長さに伸ばしており、少女と同様に痩せているが、別に不健康そうな感じはしない。グラウルの傭兵団――ヴァルト傭兵団に拾われた子供、というのは意外だったが、ランドリックにとっては特に感慨のある相手ではなかった。

 少女とは違い、険しい目でランドリックを睨んではいない。ゼルギウスに剣を突きつけられているというのに、まるで他人事のような顔をしてランドリックをじっと見ている。

 観察の眼差しだ。


 間もなくゼルギウスの部下が少年を引き受け、赤毛の少女がそうされているのと同様、ランドリックから離れた位置に椅子ごと運ばれ、見せつけるように剣を突きつけられたが――やはり眼差しはランドリックを捉えたままだ。


「落ち着かねぇ状況で悪いが、話をさせてもうぜ、隊長殿よ」


 ゼルギウスが言った。

 握られている黒い剣は、見れば折れも曲がりも欠けもない。大鉈斧と克ち合わせて無事でいられるということは、おそらく魔剣の類だ。ランドリックは魔術師ではないからどのような魔剣かは判別できないが、そこまで強力な代物ではないだろうと見当をつける。

 もし強力な魔法効果を発現できるのなら、既に使っているはずだ。


「構わない」


 と、ランドリックは答えた。もう少しなにか言うべきか迷ったが、あまり上手い科白も思いつかなかった。

 ゼルギウスは剣を鞘に収めることもせず、端的に頷くランドリックへ満足そうに笑みを見せる。


 そういえば十年前もこいつはこんなふうに笑っていたな、と思い出す。

 挑戦的というか、越えるべき壁、立ち向かうべき困難、倒すべき敵、そんなものを見つけては嬉しそうに笑う男だった……気がする。

 残念ながらその気持ちは、ランドリックには理解不能だが。


「俺たちはミダイアって国にいた。そこで傭兵をやってたわけだ。昔のグラウルの旦那みたいにな。……ああ、国の名前は覚えなくていい。とにかく、マクイールから離れてたってことだ」


 小屋で尋問した男も同じことを言っていたな、とランドリックは頷く。

 上手い儲け話がある、とかなんとか。


「ある日、マクイールの貴族の使いがやって来て俺たちを雇いたいと言い出した。俺たちは傭兵だから、雇いたいなら金次第だと返した。提示された額は大したモンだったぜ。それに話を聞いてみりゃ、これがなかなか面白かった」

「面白い話、か」

「あんたにとってはどうか知らんがね。雇い主が言うには、マクイールの財務官を殺して欲しいんだとよ。それも特殊な条件だ。『ランドリック・デュートに財務官ザカリアスを暗殺させろ』ときたもんだ」

「財務官ザカリアス?」


 知らない名だったので、ランドリックは普通に首を傾げた。

 ゼルギウスは呆れたふうに眉を上げる。


「知らんのか? 十年前の戦争でマクイール貴族に地位の変動があったろ。あれで伯爵から侯爵になったのがデューゼイって貴族で、ザカリアスは息子の方だ」

「よく知っているな」

「当時ハミルトンの野郎と結託して実績を上げたのがザカリアスだったろ。それで他の貴族から反感喰らって、ちぃっとばかり厄介なことになってたはずだぜ」

「なるほど」


 と頷いておいたが、ランドリックはザカリアスなる人物に心当たりがなかった。貴族関係のあれこれは面倒すぎるので関わり合いになるまいと決めていたので、頑張って記憶を探ったところでデューゼイという名の貴族は思い出せないだろう。


 貴族というものは、あまりにも奇妙だ。

 少なくともランドリックにとっては、奇々怪々たる存在だ。


 力がないのに力がある――そのことを疑問に思いもしない。

 例えば領主は領騎士団に命令を下す立場にあるが、仮に領騎士団が反乱を起こせば領主の首くらい簡単に取れるはずだ。もちろんその後の領騎士団に明るい未来はないが、それでも領主の命そのものは、やはりその程度の安定性しか有していない、というのがランドリックの価値観だ。


 つまり――横暴に振る舞えば命に関わるはずだ、と。

 他人を追い詰めすぎれば命懸けの反撃が来るというのは、ランドリックにとっては当然すぎる理屈である。


 が、ほとんどの貴族はそのように考えない。

 そこのところが、どうにもうまく理解できなかった。


「はっ、まるで変わらねぇんだな、あんたは。まあこんな場所に引っ込んでりゃ時勢もクソもねぇか。いいか、とにかくザカリアスって財務官が王都にいる」

「ああ」

「で、さるお方はそいつが邪魔になった。殺してしまいたい。どうせなら英雄ランドリックの手でザカリアスが殺害されたとなれば、そのお方はとても嬉しい」

「ふむ」

「つーわけで、魔剣レオノーラを人質に……モノ質か? 質札? まあいい。とにかく人質にとった。これが一番難しいと思ってたが、案外すんなりいったな」

「別に四六時中身に着けていたわけじゃないからな」

「それで留守にするかね……。あんたも『樹霊剣(エイルヴエッジ)』のこたぁ知ってるだろうに。遠い昔、まだ魔導文明が廃れる前の時代に森の民が創り出したとかいう最上級の魔剣だ。あのゲオルグが『王狩』なんて達成できたのも、半分以上はあれのおかげだろ。魔剣がなけりゃ、さすがに単騎で突っ込んで王族を殺して回るなんて無理だった。そうだろ?」

「まあそうだな。だが、使い手を選ぶ」

「そこのところが最高に気に入らねぇ――が、それもまあいいさ。大事なのは、俺たちは無事に魔剣レオノーラを盗んだってこと、あんたはレオノーラを取り返したいってこと。存在も思い出せない財務官とどっちが大事だ?」

「……さあ、どうだろうな」


 曖昧に答えを濁したのは、本当によく判らなかったからだ。

 ランドリックにとって、実のところ樹霊剣レオノーラはそれほど大事というわけではない。ただ、代替不能であることは確かだ。

 しかしレオノーラがそうであるように、人間というものだって基本的には代替不可能なはずだ。

 椅子に括られ剣を突きつけられている少年少女と同じ人間は一人としていない。そういう意味では、ザカリアスとかいう貴族も同様だとランドリックは思う。


 単純に、役割として代替可能な人間がいる、というだけだ。

 町の商人、両替屋、傭兵もそうだし、もっと言うなら貴族ですら替えが利く。その事実に救われる人間がどれくらいいるのかは知らないが。


「あんたはそういうやつだよな。そういうやつでありながら、戦場では誰よりも他人をぶち殺す。ついさっきも俺の部下を殺すときに躊躇なんかなかったはずだぜ」


 ゼルギウスは笑う。

 いや――嗤っている。

 ひどく嬉しそうに。

 とても愉しそうに。

 邪悪にも純粋にも見える笑み。


 案外、そのふたつは相反しないのかも知れない。

 そう思った。


「――だから魔剣以外にも人質をとった。どうしてこいつらかって言えば、理由はねぇ。たまたま、偶然だ。あんたの返答次第では、たまたま、偶然、運悪く、あんたの選択のせいで殺すことになる。嫌だろ、そういうの、隊長殿は」


 ()()()()と嗤うゼルギウスに、しばらく考えてからランドリックは頷いた。


「ああ、そうだな。そういうのは嫌だ」


 本音だった。

 こういうところでランドリックは嘘を吐かない。

 まあ、基本的には。



◇ ◇ ◇



 ザカリアス・デューゼイの暗殺依頼。


 結局、ランドリックはこれを引き受けることにした。

 仮に首肯した瞬間ザカリアスが死ぬならもっと躊躇しただろうし返答も変わっただろうが、そうでない以上はとりあえず頷くことにさほど迷う必要はなかった。

 頷いたからといって実行するかどうかは別問題だ。


 意外だったのは、ゼルギウスとは別行動になったことだ。

 ザカリアス暗殺にはゼルギウスの部下であるダリウスという細身の男を中心に、十人ほどが『ランドリックを運ぶ』任務に当たるようだった。

 ようはランドリックという駒を王都に運べばザカリアスは力業で殺してしまえる、という考えだ。


 あながち間違ってはいない。

 そういうことができてしまうから、ランドリックは英雄と呼ばれるようになったのだ。よほど優れた魔術師が護衛にいるのでもなければ、普通に警備されている貴族の屋敷に乗り込んで目的の人物を殺害することはそう難しくない、と思う。


「人質の二人は一緒に行動してもらうが――忘れるなよ、ランドリック。二人いるってことは一人はあっさり殺せるし、一人が欠けたらそこらから見繕って来ればいいんだぜ。仮に二人同時に助けられたとしても、魔剣はこっちで預かってる。忘れっぽいあんたでも、そのくらいのことは覚えてられるだろ」


 ――せいぜい頑張ってくれよ。

 そう言い残し、ゼルギウスは部隊の大半を率いて去って行った。


 依頼の内容に関して補足する気配もなく本当に撤収してしまったのには驚いたが、自分が相手ならこれはこれで正しい、とランドリックは納得してしまう。

 細かいことはダリウスが任されているのだろうし、であれば傭兵団の頭がランドリックのような危険人物と相対している時間は短い方がいい。

 実際、こうして撤収されてしまえば手の出しようがないのだ。仮に今から人質を見捨てて走って追いかけてゼルギウスを殺したところで、レオノーラはさらに別の人物が確保しているのだから。


 雑ではあるが、急所は掴んでいる。

 十年前は一兵卒だった。それが今や傭兵団を指揮する一角の団長だ。十年前と変わっていない自覚があるランドリックは思わず苦笑しそうになるが、迂闊に笑うと周囲を怖がらせるので我慢しておいた。


「……ちょいと、いいですかね、英雄さんよ」


 と、一人で笑いを堪えているランドリックに話しかけてきたのは、ダリウスだ。

 傭兵としてはやや細身に見えるが、たぶん力よりも速さや技に重きを置いているのだろう。肉の付き方が技巧者のそれだ。帯びている剣は二本あり、一本は傭兵団の標準的な曲剣で、これは腰の後ろに括られている。もう一本は普通の騎士や剣士のように左腰に提げられており、鞘の形状からして反りのない直剣だ。

 麦色の癖毛を半端に伸ばしているが、おそらく単に無精で切っていないだけだろう。鋭角な眉とやや垂れ下がった目のせいか人相がよろしくない。悪い、と言い切れない程度に。


 ランドリックは忘れないように「ダリウス」という名を胸の内で三度唱え、それから、とりあえず頷いて見せた。


「まっ、聞いた通りですわ。俺たちはあんたを王都に連れて行く。王都にはもう仲間が潜伏してるんで、到着次第、ザカリアス・デューゼイの屋敷を襲撃できるはずでさぁ。馬車は三台用意してるんで、一台はあんたと人質のガキのどっちか、もう一台は俺ともう一人の人質、残りは俺らで使います。御者はこっちでやるし、飯もこっちで用意する。あんたは箱ん中でのんびりしてくれりゃいい」

「そうか」

「言うまでもねぇと思いますが、余計なことをした場合、俺が人質を痛めつけます。場合によっちゃ殺しますが、できるだけ避けたいもんですわ。団長の言う通り、魔剣はこっちが握ってますんで、無駄なこたぁしねぇでくれると助かります」

「ああ」

「話が早くて助かりますわ。なんか質問ありますか?」


 なにか質問――。

 ランドリックは少し考えてから、言った。


「……そうだな、人質の二人と話をしたい」


 その要求が意外だったのか、ダリウスは片方の眉だけを上げ、それとは逆側の口角を持ち上げる奇妙な表情を浮かべた。


「……なんでまた?」

「情が湧いたらやる気が出るかも知れない」

「もし逆だったら? どっちのガキもあんたを苛つかせるばかりで、とても助けてやろうって気にならないやつだったらどうします?」

「別に、なにも。仕事がつまらないのは仕方がないからな。どうせレオノーラを回収する必要がある。気分の問題だ」

「はぁ……そうっすか」

「ああ、そうだ」

「なるほどねぇ……これが英雄か……」


 得心したとばかりに頷くダリウスだったが、その言葉はランドリックへ向けられたものではなかった。

 では何処へ向けた言葉だったのかといえば、見当もつかなかったし、特に見当をつけたいとも思わなかったが。





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