03-03 赤い髪の少女_02
「なんだなんだぁ? あんまり盛り上がってないみたいだなぁ。女の子とのお喋りが苦手だったのかよ、坊主は」
唐突に馬車の戸を開けて乗り込んで来たのは、ダリウスだった。
この男もアディほどではないが細身で四肢が長く、脚を畳んで床に尻を乗せる動作がなんだか動物的だ。鹿やなんかが椅子に座ろうとしたらたぶんこんなふうだ、とガルトは思った。そんな鹿を見たことはないが。
相変わらずへらへら笑っているが、その軽薄な笑みはガルトにとっては見慣れたものだ。傭兵という人種の半分くらいは同じように笑う。
どうして傭兵はそんな笑い方をするのか。
命を薄めているからだ。
厳密に言うなら、自分の命の価値を薄めている。
そうでなくては端金に命を懸けられない。
「……お喋りする女の種類によるんじゃねーすかね」
ほとんどひっつくような位置に座っている女を一瞥して、ガルトはそう答えた。当然アディはむっとした様子を見せたが、よくこの状況で素直に怒れるなとも思う。感情を表に出して得をするような場面ではないはずだ。
「へっ、おめぇはガキのくせにガキっぽくねぇな」
何処か楽しげにダリウスは言って、ほんのわずかだけ視線を左へ向ける。
別にそこには誰もいない……いや、違う。
壁の向こうには馬と御者がいる。
案の定というべきか、間を置かずに馬車が動き出した。
ここからの監視はダリウスが勤めるということか。
「そういやおまえら、自己紹介もできてないんだよな。坊主よぉ、ちょいと聞きたいんだが、その女の職業を当ててみろや」
へらへら笑いながら、ダリウスは唐突にそんなことを言い出した。
「……いや、それ、正解したらなんか俺に得があるんすか?」
「あ? そうだな、不正解だったらおまえの両手も縛ってやろうか。そんで縛るのに使った縄をそっちの女の縄に絡ませる。背中合わせでお手々繋いだりすればよ、きっと今より仲良くなれるんじゃねーか?」
「……趣味わりぃすね」
「趣味のお上品な傭兵を見たことがあんのかよ」
「残念ながら」
「だろ。それで、答えは?」
やはり軽薄に笑っているが、ダリウスの目はそれほど笑っていない。これはマジなやつだな、とガルトは小さく溜息を吐く。
「……たぶん、どっかの街の『耳』」
回答に、ダリウスはにんまりと口角を吊り上げる。
一体なにがそんなの楽しいのかは判らなかったし、さして知りたくもなかった。ついでにアディの睨み先があっちからこっちへ移ったが、これに関してはただ無視することにした。いちいち相手をしていられる状況じゃない。
「へえ、なるほどな。おまえはどうしてそう思った?」
「『おかしな真似するからだ。密告するような連中を野放しにできない。黙って仕事してれば互い面倒もなかった。下っ端のおまえに言っても仕方ない』……って、あんたはその女を馬車に放り込んだときに言ってた」
「それで?」
「だから、その女はなんかの組織の一員ってことになる。あんたらはその組織に仕事を依頼した。じゃあゼルギウスのおっさんが仕事を頼みたい相手って、どんな組織だ? 傭兵団の商売相手は、客以外だと『手』か『足』か『耳』だ。例外はあるにしても」
この場合の『手』とは武具を指す。つまり武器屋だとか鍛冶屋だとか、武具を扱う相手のことだ。場合によってはそれらを仲介する商人を示すこともある。
同様に『足』であれば馬、馬具、馬車、あるいは牛車などの移動手段全般を指す。また、それらを扱う商人を『足』と呼ぶことが多い。
そして『耳』。
これは情報屋を指す。
ある程度の規模の街では、必ず発生するのがこの類の職であり、職人であり、職人たちの寄り合いだ。街の権力者が抱えている場合もあるし、もっと大きい括りで貴族や領主の子飼いという場合もある。そしてその「大きなモノの子飼い」がいた場合、まず間違いなくそれとは別個に「小さい規模の情報屋」が生まれることになる。どういう理由かは判らないが、とにかくそういうもの――なのだそうだ。
ゼルギウスは情報屋に依頼した、と考える。
そうすると、ダリウスがアディを馬車に放り込んだときの科白が腑に落ちる。たぶんアディが所属している情報屋はゼルギウスの情報を当局に――駐在の騎士や、その土地の貴族に――売るか届けるかしようとした。そしてそれをゼルギウスたちに察知された。
であれば、アディの組織はそこまで大きくない……はずだ。
さもなくば構成員を拉致して明確に『耳』と敵対するより、情報が流れたという前提で行動することを選ぶだろう。それにもし貴族や領主の子飼いの『耳』に仕事を依頼したのであれば情報が流れて当然だ。末端の構成員を拉致する意味がない。
「やるな、坊主。だいたい正解だ」
どうしてか満足げに頷くダリウスだった。特に裏もなさそうで、ひょっとしたら表すらなさそうだった。
単に感心したから頷いた、そういう反応。
「その女はティオーブって街の情報屋の下っ端だそうだ。ランドリックの住処を調べさせたらその女が一番早く情報を仕入れてきた。ここまではいい。だが『耳』の連中はどういうわけか俺たちの情報を領主に伝えようとした」
やはりアディはランドリックのことを知っていた。
もちろん、どの程度「知っている」かは判らない――少なくとも知人関係ではないだろう――が、ガルトの直感はさほど的を外していなかったようだ。
「……で、あんたらは『耳』を殲滅したってわけっすか」
「そういうわけにもいかねぇのが困りどころだ。『耳』がいなくなりゃ結果的に不審に思われる。その街の『耳』のアタマを抑えて、ついでにそっちの女を人質に借りてきた。俺たちの仕事が終われば元通りってこった。その間、『耳』のやつらは通常業務に勤しんでもらうさ。アタマがいなくてちょいと不便かも知れんがな」
「元通り、ね……」
とりあえず頷いておくが、全く信じられなかった。
ガルトに信じられていないことも、ダリウスは理解しているはずだ。
だからどうした、というだけの話である。
「なあ、おい、女。せっかくだからおまえにも質問だ。不正解なら脚も縛るってのはどうだ? 馬車の中で芋虫みてぇに這いずるのは楽しいんじゃねぇか?」
またへらへら笑いながらダリウスが言う。
「本当にそう思うなら自分でやってみれば?」
「そいつはいい考えだな。不正解だったら芋虫みたいに這いずることにするか。裸に剥いて這いつくばらせたテメェの上で。なあ、そいつがなんなのか、当ててみろよ。そいつがテメェのことを当ててみせたみたいによ」
「……――っ!」
ぞっとした――のは、ガルトではない。
至近距離にいるせいでアディが身を強張らせたのが伝わってきたのだ。
なんだって拘束されて生殺与奪を握られている状況で無駄に意地を張るのか、ガルトにはさっぱり判らなかったが、わざわざ文句や忠告を口から吐き出す気にはならなかった。そこまでの親切心は保有していない。
しかし、だ。
裸に剥かれたアディの上でダリウスが腰を振る様子を見学しなければならないのであれば、それは遠慮したかった。
仕方ないので小さく腕を動かし、アディの二の腕あたりを肘で小突いておく。
「質問に答えた方がいいんじゃねーすか?」
助け船を出したつもりだったのに、アディは思いっきりガルトを睨み付けた。そしてその勢いのまま、視線の先をダリウスへ動かし、言う。
「このスースー煩いやつ? どうせどっかの傭兵団の下っ端でしょう。あんたたちに壊滅させられた傭兵団の生き残りってところね」
「どうしてそう思う?」
「『組合』のことを『耳』って呼ぶのは傭兵だけ。領騎士ならそのまま『組合』って言うし、貴族とか貴族を相手にする商人なら『鼠』って呼ぶわ。普通の商人とか同業者なら、そのまま『組合』よ」
「だったら、うちの下っ端かも知れねぇよな?」
「だったら、どうしてこいつはあんたたちに拘束されるかもって考えてるの? 待遇悪くなるのを怖がって縮こまってるようなやつを団員にしておくほど、この傭兵団は人材不足ってわけ? とてもそうは見えないわね」
「はっ、なるほどな」
頷いたダリウスだが、しかし今度は満足そうではなかった。
ガルトとアディの回答にはさほど優劣がないような気がしたが、ダリウスにとってアディの回答は不満だったらしい。しかし一体何処に不満点があったのかは判らない。
まあ、確かに態度は反抗的だ。
それがムカつくなら、別に条件なんかつけずに犯してしまえばいいのだ。本当にランドリックが見知らぬ他人の命を惜しがるなら、見知らぬ女の貞操が守られていようが汚されていようが無関係に人質として機能するはずだ。
ダリウスはやや考えるような沈黙を置き、ぐるりと肩を動かしてから、言った。
「まあいい。おまえらが莫迦じゃないことは判った。女の方は、まあぎりぎりってところだがな。これからおまえらをどう使うのか説明してやる。命に関わる問題だぜ、よぉく聞いておけ。二人いるってことは、一人は使い捨てにできるってことだからな」
そのことについてはもう考えていたので、いちいち震え上がる必要はなかった。
不快ではあったが。




