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03-01 護送と偽装




 ガルト・ヴァルトは馬車に揺られていた。


 乗せられたのは三頭立て四輪の箱馬車で、荷運び用ではなく人を乗せるため――それも乗客を運ぶというより、戦力を運ぶものだった。

 椅子などは取っ払ってあり、平らな床面に毛布がいくつか用意されている。箱の内壁に荷物を吊るして床を広く使えるよう配慮されているのだが、ようは人数を押し込むための構造だ。ヴァルト傭兵団にもこの類の馬車はあった。ただしこの馬車の外観は、一見すれば荷運び馬車のように偽装されている。


 この傭兵団は、商人とその護衛……のように見えなくもない、そういう体裁をとっていた。おそらく隊商を装っていた方が町から町への移動が楽なのだ。


 ヴァルト傭兵団はマクイール王国に認知されているような傭兵団だったから、国内の何処を行こうが誰に咎められることもなかった。しかしゼルギウスの傭兵団はそうじゃない。となれば、ある程度以上の数を揃えた武装集団が警戒されるのは当然だ。

 なので、高価な荷を運ぶ商人、のように装っている。


 たぶん実際に「高価な荷」を持ち運んでさえいるはずだ。この規模で動けば何処かで補給をしなければならないし、街に入る際にはその「高価な荷」を門番に見せることもあるかも知れない。ともすれば実際に商売をしている可能性もある。

 ……というのはガルトの推測であり、実際に確認したわけではないが。


 馬車に押し込まれて数日、ガルトはとにかく黙っていた。


 必ず一人は見張りがつけられてはいたものの、ガルト自身は特に拘束されるでもなく、食事だって普通に与えられ、朝夕には濡れ布巾を渡され身体を拭くことさえ許された。

 馬車の戸は施錠されておらず、見張りが交代するたびに気兼ねなく開かれ、その見張りは驚くべきことに居眠りすることもあった。


 せっかく捕らえたのに、これでは逃げ放題――では、全くない。


 逃げられないから拘束もせずに馬車へ放り込んでいるのだ。逃げられないのが判ったからこそ、ガルトは黙って馬車の中で揺られ続けている。


 最初のうちはゼルギウスらの隙を窺って息を潜め耳を澄ませていたが、常に一人は監視がいるだけでなく、部隊のほぼ中心に馬車があるという点が問題だった。

 監視の人員が居眠りしていたとしても、こっそり馬車を出ればたちまち誰かしらに見つかってしまう、そういう配置になっている。部隊で移動しているから誰かしら起きているし、起きている者も一人や二人ではない。最低四人は起きていて、その全員が運良くガルトを見逃す可能性は皆無に等しい。


 大人しくしている捕虜の扱いが上等だとしても、大人しくしていなかった捕虜の扱いは保証の限りではない。まして九分九厘は逃げられないと判断できてしまったら、もう黙って馬車に揺られているしかなかった。


 たぶん――逃げたいのなら何処かで命懸けにならざるを得ない。

 命を張り、命を懸け、命を賭ける場面が来るはずだ。

 そしてきっと、それは今ではない。


 移動中の傭兵たちはガルトのことを意識はしているようだがあえて話しかけたりはせず、ごく普通に過ごしていた。

 というのは、傭兵団が移動する際の行動としては奇妙でも異質でもない、という意味だ。行軍の隊列、野営の手際、見張りの配置と交代の時期――それらのほとんどがガルトの知っている部隊行動の基本から逸れていない。


 いや、一人だけ。

 飯時になると馬車に乗り込んで来て、べらべらとガルトに話しかける男がいた。

 ダリウスという名の、細身の男だ。

 麦色の癖毛、鋭角な眉と裏腹にやや垂れ下がった目尻。口元には軽薄な笑みが張りついており、普通にしていてもニヤけているように見える。


「この麦粥ってやつは、どうかしてるとしか思えないよな。誰がこれを飯だって言い出したんだ? パンをスープに浸して食うなら判るさ。堅パンは日持ちするし、スープは単体じゃ腹が膨れねぇからな。肉が入ってりゃ、もう御馳走さ。だが麦粥はいただけねぇ。まあ、食うけどよ」


 というような、心底どうでもいい話をしてはへらへら笑いながらガルトを覗き込んでくる。たぶん意味などないのだろう。

 では、ろくに反応しないガルトのなにを見ているのか。

 これもよく判らなかった。本当に反応しにくい話ばかりするので返事をしなくてもダリウスはまるで気にした素振りをみせなかったのだ。内心「壁に向かって話しかけてろよ」と思っていたが、当然それを口に出すわけにもいかない。


 そんなダリウスの行動はさておき、それ以外は概ね、ゼルギウスの傭兵団は普通の部隊行動をとっていた。

 少々特殊なのは、補給が必要になれば本隊と別れた部隊が街に入って物資の調達をしている、という点だ。これはガルトを街に入れたくないからというだけでなく、ゼルギウスの部隊を小さく見せておきたいからではないだろうか。

 奇妙な余所者が街にやって来た、その余所者は自前の護衛を用意していた――そこまではいい。しかし護衛が大人数ではいかにも目立つ。少数で街に入って補給物資を買い漁ればそれはそれで目立つだろうが、だから商人に偽装しているのだろう。商人が物を買い漁るのは、それほどおかしな話ではない。

 注意深く観察すれば商人のくせに交渉が甘いとかそういうこともあるのだろうが、そこに気付いて当局へ不審な商人がいると報告する者がいるかは疑問だ。


 それにしても、かなりの距離を移動している気がした。


 ヴァルト傭兵団とゼルギウスの部隊がだいたい同じ速度で移動すると仮定するなら、リンブロムの領はとっくに出ているはずだ。西に向かっているのならもう王都に着いていてもおかしくないし、東であれば感覚的にはニリルギム領に入っているだろう。たぶんタンクレート領までは移動していない。そこまで行くと、もうハイギシュタとの国境になる。


 それにしても――というのなら。


 ゼルギウスはなんのためにガルトを捕らえたのか。

 そのことを考える。

 俺がこいつを殺しましょうか、とダリウスが訊ねたあのとき、ゼルギウスは明確にこれを否定した。


『いいや、とりあえずこいつは殺さない。あの野郎はガキに弱いからな。ましてあのときのガキだってんなら、ランドリックも気が引けるだろうさ』


 素直に解釈するなら、「あの野郎」とは「ランドリック」のことだ。

 ランドリックといえば――ヴァルト傭兵団と関係しているランドリックなど、ハイギシュタ戦役の英雄、『鍛鉄』のランドリックしかいない。


 つまり、ガルトがランドリックに対する人質になる、ということだ。

 少なくともゼルギウスはそのように考えている。


 だが、ガルトにはまるっきり意味不明だった。

 そもそも自分がランドリックに対する人質としての価値を持つのか?

 甚だ疑問だ。もし初対面の子供を人質に取られたとして、こいつの命が惜しくば有り金を渡せなどと言われてもガルトは首を横に振る自信がある。見知らぬ他人の価値をガルトはそこまで高く見積もっていないからだ。


 ほとんど誰もがそうするだろう、とも思う。

 普通の人間は他人を人質に取られたってなにもしない。そうでなければ世の中はもっと、なんというか穏やかに構成されているはずだ。他人から奪うようなやつも、もっとずっと少ないはずではないか。


 人は人を助けない。

 基本的には、という注釈がつくけれど。


 実際――グラウル・ヴァルトはガルトを助けている。

 しかし同時に、こうも思う。

 あの男はただ他人を助けるような人間ではなかった、と。

 見返りなく他人を助けるようなこともあるにはあったが、継続的に他人を支援することはなかった。言葉を変えれば、救助はすれど援助はしなかったのだ。

 ガルトの知っている限り、例外はガルトだけ。


 ただ助けられた。

 あるいは、グラウルはガルトを助けることでなにかを得ていたのだろうか。孤児を拾って育てる労力と、ガルトがこれまでヴァルト傭兵団でこなした雑用の数々を考えれば、まだ前者の方が重い気がするが――他にもなにかを得ていた、のか。


 だとしても答えが得られることはないだろう。

 グラウルは死んだ。

 人の死は覆らない。

 それだけは、絶対に。



「――……」



 グラウルの死にそれほど動揺していない自分に気付き、ガルトは唇を噛んだ。悲しくないかと問われれば悲しいと答えるだろうが、事実として涙を流さなかったし落ち込んでもいない。ひどく薄情な気がした。

 もちろん「そんな場合ではない」というのもある。

 人質として確保され、現在護送中なのだ。泣いている余裕はないし、この場面でめそめそしていればグラウルに怒られるだろう。

 死人が怒るなら、だが。





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