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00-00 遠い戦禍





 ――ここに隠れていなさい。


 そう言ったのが母だったのか父だったのかを、ガルトは覚えていない。そう言われたのは確かに覚えている。けれど、それが母の言葉だったか父の言葉だったか、どうしても思い出せない。

 脳裏にこびりついているのは一心不乱の暗闇と、幾重にも重なる悲鳴と怒号、そして鎧を着た大量の人間が移動する独特の音だ。


 ヒトが動くには重すぎる足音。

 鎧の金属部同士が擦れる音。

 

 ガルトは家の裏手にある樽の中に入れられた。

 人間を一人分収めておくには足りないが、子供一人を隠しておくには十分な大きさだった。

 蓋を閉められ、決して出てくるなと命じられ、目を開けていても閉じていても変わらない暗闇の中で――人が死んでいく音を聞いていた。


 なにが起きているかは、まだ幼いガルトにも理解できた。

 敵国の兵がガルトの村を蹂躙(じゅうりん)していたのだ。


 兵たちは邪悪の化身だったわけではない。悪魔の使いでもなければ、性格のねじ曲がった指揮官の命令を受けていたのでもなかった。

 彼らは物資を徴発する必要があった。

 そして彼らは敵国の村人に遠慮する理由を持ち合わせていなかった。彼らもまたそうしなければ自分たちの命に関わるという地点まで追い詰められていたからだ。


 略奪は苛烈で、過剰で、迅速だった。


 女は犯され、抵抗した男は殺され、邪魔になった老人は踏み潰され、泣き叫んだ子供は頭を叩き割られて死んだ。彼らは急いていた。早く奪わねば、速く動かねば、(はや)く戦わねば――自国が落とされてしまう。

 異常発生した大量の虫が畑を食い荒らして去っていくように、彼らはガルトの村から奪うだけ奪い、一晩明かした後はすぐさま村を後にした。その一晩で失われたものを彼らは顧みることなどなく、後々になって顧みる機会もなかった。


 彼らは向かった戦場で全滅したからだ。

 より大きな力に踏み潰された。

 起こった出来事はそれだけだ。


 何日か経った後、樽の蓋を開けたのは傭兵の男だった。


 男がどんな顔をしていたのか、ガルトは覚えていない。

 暗闇に慣れすぎた目は射し込む光に耐えられなかったし、そもそも何日も飲まず食わずだったせいでガルトの意識は朦朧としていた。

 なにかを言ったかも知れないし、言われたかも知れない。


 ただ、泣き叫んだ覚えはない。

 悲哀を感じるだけの余裕がなかったからだ。


 傭兵の名はグラウル・ヴァルトといった。

 ハイギシュタ王国とマクイール王国の戦争においてマクイール側に雇われ、何日か前にガルトの村を襲ったハイギシュタ兵を殲滅したのがグラウルの傭兵団だった。


 ガルトが樽の中の暗闇に溺れている何日かの間に、戦争は終わっていた。

 マクイールが勝ち、ハイギシュタは負けた。

 そしてガルトはガルト・ヴァルトになった。





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