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エンディングフェイズ

 バンダースナッチとの激闘から数日後、UGNのN市支部にて。

 N市に侵入したFHエージェント“バンダースナッチ”は、ジバシ・八部江・ナツキの三人によって倒された。FHの魔の手から昴を守り切ることが出来たのだ。

 しかし、ナツキには新たな敵との戦いが待ち受けていた。その敵とは――



「俺、あんなに頑張ったのになぁ……」



 ――ナツキのデスクに高く積み上げられた、書類の山である。

 “バンダースナッチ”を打ち倒したが、彼の襲撃によってUGNの所有する病院や研究施設の跡地には大きな被害が出ている。また、UGNエージェント達には襲撃の際に負傷してしまった者もいる。そういった者達の手当や各施設の補修許可、および事件での後処理に関連した書類など、ナツキにはこれでもかというほどの事務仕事が回ってきていた。こういった後始末もまた、N市支部を預かる責任者として逃れられない仕事だ。

 ……ナツキの放った強力な攻撃によって崩壊した旧研究所の後処理に関連した書類が大半を占めるため、自業自得とも言える。

 ナツキがうめきながら書類の山と格闘していると、ドアがノックされた。


「はーい……入りたまえ」


 元気のないナツキの声をうけて、一人の部下が入ってくる。その手にはまた新しい書類の束が。彼は無慈悲にも、手に持った書類の束をナツキのデスクへと置いた。


「支部長、こちら新しい報告書になります」


 そうしてまた、デスクに新たな書類の山が築かれる。

 彼は一礼して、そそくさと支部長室を後にした。残されたのはナツキと、静かにその場で威圧感を放つ書類の山だけである。崩れそうで崩れない謎のバランスをみせていて、ナツキの精神を余計に逆なでしてくる。

 恨めしそうな視線で睨んでみても、その山は小さくはならない。いっそレネゲイドの力を使って全部燃やしてしまえればどれほど楽だろう……と。


「はぁ……。俺、頑張ったのにぃ……」


 深いため息を吐き、ナツキの孤軍奮闘が始まった。




 ここはN市の外れにある共同墓地。永見孝三の墓の前へと八部江は来ていた。

 墓地の管理人に場所を聞いて向かうと、永見孝三の墓は墓地の片隅にひっそりとあった。軽く周囲を掃除してから墓前に花を供えた。そして静かに手を合わせる。

 八部江が師匠と慕っていた永見孝三は、もうこの世にはいない。その事実が、八部江の胸に穴が空いたような悲しさをもたらす。

 それでも彼から託された最期の約束を守り通すことはできた。

 今回の事件のこと。孝三の最期の願いの通り昴を守り切れたことを、ぽつりぽつりと墓石に向かって呟く。


「――と、こんな感じだったんです。師匠、俺、頑張りましたよ……!」


 声を微かに震わせながら、それでも八部江は胸を張った。

 きっとこれで永見孝三も安心して眠れることだろう。

 再び黙祷を捧げる。そっと吹き抜けた風が、八部江の前髪を優しく揺らした。

 それはまるで師匠が弟子の活躍を褒めて、頭を撫でたようで――。




 朝の喧噪の中をジバシは歩いていた。

 “バンダースナッチ”にまつわる騒動も落ち着き、ジバシは自らの日常に戻っていた。教科書の詰まった鞄を担いで自分が通う高校へと向かっている。

 その背後からジバシを呼び止める声がかかった。朝から元気な彼女の声に、ジバシの頬が微かに緩む。そして振り返った。

 小走りで近づいてくるのは昴だ。笑顔を浮かべ手を振りながら駆け寄ってくる彼女は、ジバシと同じ高校の制服に身を包んでいた。

 彼女はジバシの隣に並んで歩き出すと、感慨深く呟く。


「……こうして学校に通える日がくるなんて。ありがとう、ジバシのおかげだよ」


 そう。今日から昴も、ジバシと同じ高校に通うこととなったのだ。

 “バンダースナッチ”襲撃の後、保護した昴の身柄をどうするかが問題となった。レネゲイドビーイングである以上、UGNの監視を外して適当に放り出すわけにはいかない。かといって、彼女を研究所に閉じ込めるような真似も出来ない。

 そんな中で昴はジバシと同じ高校に通うことを希望したのだ。『永見昴』として高校に通い、人間として暮らしたいと。

 彼女自身に危険な思想が見られないこと。UGNに対して協力的な姿勢を見せていることなどから、UGNの本部から正式に許可が下りたのだ。

 この結果にはN市支部長としてナツキが色々と手を回してくれたことも影響しているだろう。ナツキが格闘する山のような書類の中には、そういった昴の今後に関係する内容のものも沢山混じっているのだから。


「……支部長には感謝しないとな」


 勿論、UGNの監視は常に昴につきまとうことになる。昴のように他人に擬態するレネゲイドビーイングというのは前例がないのだ。人間生活の中に紛れて、何か不都合が起きてしまう可能性だって否定できない。

 だがその昴の監視の役目をN市支部が担当し、支部長であるナツキは配慮して昴の監視役としてジバシを任命していた。昴の側で昴の様子を監視する、というのは勿論だが、もし何かあったときに今度はジバシが彼女を守れるように。

 しばらく無言で歩いていた二人だが、昴がすっと口を開いた。


「あたしは確かに永見昴本人じゃないけど、死んでしまった彼女と私を助けてくれた孝三の二人のために、これからは自分らしく生きていこうと思うんだ」


 これが、彼女なりの答えなのだろう。

 数歩駆け出しジバシの前へと飛び出した昴は、くるりと振り返った。昴の髪が動きに従って揺れる。澄んだ瞳は真っ直ぐジバシを見つめていた。



「――ジバシ、君も手伝ってくれるかな?」



 その問いに、ジバシは笑って答える。


「ふふ、勿論だ」


 その答えが嬉しかったのだろう。昴は満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう、ジバシ! あたし、ジバシに会えて本当によかった!」


 昴はジバシの手を取り、急かすように引っ張る。ジバシもやれやれと呆れたように、昴についてゆく。

 二人は仲良く並んで高校へと歩き出した。

これにてノベルパートは終了です。

ありがとうございました。

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