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ミドルフェイズ7-2&8


 昴の後を追いかけるためにもここで時間を無駄にするわけにはいかない。なるべく早く決着をつけるために、ナツキはすぐさま大技の構えに入った。

 轟、と空気の焼ける奇妙な音が鳴り、ナツキの周囲を異常なまでに高温の炎が揺らめき始めた。炎はナツキのレネゲイドを燃料に、渦を巻きながら熱量を高めていく。

 二匹の狼がナツキのその行動に反応してすぐさま攻撃に移った。

 一匹がナツキを、そしてもう一匹がナツキの近くにいた八部江を狙って動き出した。ナツキ目がけて飛びかかり、巨大な爪が振るわれる。

 その攻撃に合わせて八部江がエフェクトを行使した。八部江の能力により制御され持ち上げられた地面が盾となり狼の爪を防ぐ。

 しかし二匹目の狼はその地面の動きに反応して小刻みに跳躍し、八部江が作った防壁の内側まで侵入してきた。レネゲイドの制御に意識を割いていて咄嗟に対応できなかった八部江は狼の体当たりをまともに食らってしまう。

 車にはねられたような強烈な衝撃。吹き飛ばされ、宙へと打ち上げられる。そしてそのまま受け身も取れず地面に背中を打ちつけてしまった。視界が明滅し、肺の中から空気を血と共に吐き出す。全身を駆け巡る痛みに意識を持っていかれそうになる。


 ナツキは吹き飛ばされた八部江へ一瞬だけ視線を送ったが、ここは八部江が作ってくれたチャンスを活かすべきだと判断して攻撃に転ずる。

 周囲を取り巻いていた炎が右手に収束し、槍のような形状を取る。その反対、左手には空気中の水分を無理矢理レネゲイドの力で冷却して作った氷の槍を握る。


「喰らえ!」


 叫び、ナツキはその両手の槍を撃ち出した。

 勢いよく放たれた氷の槍が狼の胴に突き刺さる。そして後から飛来した炎の槍が狼の胴に刺さっている氷の槍にぶつかり――氷の槍が急激に熱され爆発した。

 氷から水蒸気へと昇華させられ、膨張した空気が狼を内側から四散させる。飛び散る血液すら炎槍の余剰熱が蒸発させ、血液の従者を跡形もなく消し飛ばした。


 一撃、である。


 圧倒的な破壊力に、周囲の誰しもが息を呑んだ。

 例外は、ただ二人。いや、一人と一匹。

バンダースナッチが生み出したもう一匹の従者と、ナツキの戦闘力をよく知るジバシだ。

 ジバシは八部江に体当たりを仕掛けた狼へと追いすがり、大きく跳躍するとその背中へ刃を突き立てた。

 刀を突き刺された狼は悲鳴をあげることはなかったが、身をよじりジバシを振り落とそうとする。ジバシは振り落とされる前に胴を蹴りつけると、日本刀を引き抜きながら距離を取った。切り裂かれた部分から、狼の体を構成する血液が大量に流れ落ちる。

 だが致命傷にはならなかったようで、すぐに傷口がふさがれてしまう。

 やはりこの従者の持つ耐久力と回復力は脅威だ。それこそナツキがやってみせたように、大火力をもって一撃で仕留めることが一番良いのだろう。


 背中を刺された従者はくるりと振り返り、今度はジバシに狙いをつけた。前足で地面を蹴り、今度は巨大な口を開けてジバシへと噛みつきを繰り出す。

 人ひとりを丸呑みに出来そうな大きな口の、その奥にある牙がジバシへと襲いかかる。レネゲイドによって加速されたジバシの意識の中で、その一瞬がコマ送りのように過ぎてゆく。ジバシは驚異的な反射神経でもって反応し、体を右へ逸らすことで噛みつきから逃れようとした。

 だが、従者もまた首を動かしてジバシの動きに追従してきた。このままでは躱しきれなかったジバシの左腕が噛み千切られてしまう。

 ジバシが次の瞬間に来るだろう激痛を覚悟した、そのとき――両者の間に防壁が割り込んだ。

 八部江のエフェクトだ。未だ体当たりのダメージが抜けきらない八部江だが、ジバシを守るためにエフェクトを行使したのだ。八部江のレネゲイド制御下におかれた地面が隆起し、盾となる。

 間一髪、その防壁が間に合った。狼の牙はその持ち上げられたコンクリート壁を砕くに留まり、ジバシの腕を食いちぎるには至らない。砕かれたコンクリート片がジバシの頬や腕をかすめて切り傷を作ったが、些細なことだった。

 そしてジバシの目の前には、まるで切り落としてくれと言わんばかりに無防備に突き出された従者の首が。

 地面を踏みしめて反転し、ジバシはその首目がけて日本刀を振り下ろす。


「貰ったぁっ!」


 上段から勢いよく振り下ろされた刀は狼の首を断ち切る。再生の余地を残さないその鮮やかな一撃により首と胴体を分離させられ、狼は血の海へと戻った。




 狼の首を切り落としたジバシは短く息を吐き、日本刀を一振りすると鞘へ戻す。

 さっと周囲を見回すと、他のUGNエージェント達もどうにかFHを撃退することに成功したようだった。無傷とはいかないが、それでも無事に勝利できたことは喜ばしい。

 FHからの襲撃を凌いだジバシ達だが、悠長に休んではいられなかった。逃げ出してしまった昴の後を追いかける必要がある。


「傷薬とか貰ってきましたよ、支部長」

「ああ、助かるよジバシ」


 すぐそこがUGNの管理する病院のため、二人は貰ってきた傷薬などを使い、慣れた手つきで簡単に応急手当を済ませる。

 八部江は持ってくるものがあるとかで、軽い手当だけ受けるとこの場を離れ自宅へと戻っていた。



 包帯を巻き、ジバシとナツキがひとまず受けた傷を治療し終えた頃合いで、自宅に戻っていた八部江が帰ってきた。

 腰のベルトには、行きには持っていなかった木刀がささっている。修学旅行かなにかのお土産にしか見えないが、しかし八部江本人はいたって真面目な表情である。どうやらこの木刀を武器にするつもりで、これを取りに戻っていたらしい。

 (本人の中では)武装を済ませた八部江が、ナツキに報告する。


「支部長、実は……」


 八部江は一度自宅に帰り装備を整えてきた道中、街ゆく人に昴を見かけなかったか聞いていた。すると、少なくない目撃情報を得ることが出来た。昴らしき少女が、血相を変えて走って行く様子を見たという。その複数の目撃情報をつなぎ合わせると、ある一つの結論が導き出された。

 昴が走って行った方角にめぼしい建物はあまりない。だが一つだけ、UGNの関連施設がある。それは半年前の襲撃を受けて破棄されたUGNの研究施設跡地。表向きは廃工場となっている建物だ。

 おそらく、昴はその施設に向かったのだろう。精神的に不安定な状態の昴を一人にしておくのは危険だ。すぐに追いかける必要がある。

 そして何より“バンダースナッチ”の本体もまた、昴の行方を追っているはずだ。奴より先に昴を見つけ、彼女を助けなくては。

 そう思いすぐに動き出そうとして――ジバシの足が止まる。



 ――本当に助ける必要があるのか?



 戦闘を終え冷静になったジバシの頭の中に、静かに疑念が生まれた。その疑念は徐々に膨らみ、足下が突然不安定になったかのような錯覚を受ける。

 そう、ジバシが知る昴は死んだのだ。バンダースナッチが語ったように、彼女は半年前にバンダースナッチからの襲撃を受け、ジバシの腕の中で命を落とした。

 今、この場から逃げ出した“昴”はジバシの知る昴ではない。ジバシと親しかった少女ではなく、他人に擬態するレネゲイドビーイングだ。先ほど倒した狼のうち、一匹は“昴”がレネゲイドビーイングとしての力を使ってコピーしたものなのだから、疑いようもない。

 彼女は“昴”であるが、昴ではない。昴は生き返っていたわけではないのだ。

 不安定になる思考の中で、悪魔のような囁きを幻聴する。



 ――偽物を助ける必要があるのか?



「……俺は彼女を助けにいく」


 そんな声を、ジバシは真っ向から否定した。

 本物だとか偽物だとか、そんなことはもう関係ない。今もなおジバシの中に残る昴との絆が、“昴”を助けにいきたいと、そうジバシに思わせるから。


「この絆は、切らない」


 “昴”は“昴”だ。たとえジバシと親しかった少女、昴でなくても。短い時間でジバシと親しくなった少女、“昴”を助けたいという気持ちは偽物じゃない。

 ここで彼女を助けにいかなかったら、何のために自分が今までレネゲイドの力を使ってきたのかを見失ってしまう。

 昴の仇である“バンダースナッチ”が憎いという気持ちは今も変わらない。この手で奴を殺し、復讐を遂げたいという気持ちは変わらない。だけどそれと同じくらいに“昴”を助けにいきたいという気持ちが、今のジバシを動かす理由になっていた。

 相反するようで、とても似たその二つの激情がジバシの心の中でせめぎ合い、どちらもがジバシを突き動かす原動力になる。

 レネゲイドウイルスは宿主の感情の高ぶりによって活性化する。かつてないほどにジバシのレネゲイドは活性化していた。それは一歩間違えばジャーム化してしまうのではないかというほど。

 それでも“昴”を想う気持ちがジバシの理性をつなぎ止め、彼の決意をより堅くする。


 ――決着の時は近い。


 ジバシは今一度、“昴”を助けてみせると決意した。


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