ミドルフェイズ4&5
ナツキに送り出され、ジバシは再びUGNが管理する病院へとやってきた。
病院には“バンダースナッチ”襲撃の被害がまだ残っているが、表面上は落ち着きを取り戻していた。
迷い無く昴の病室まで足を進めると、小さくノックしてドアを開ける。
「昴、元気か?」
「あ、ジバシ! 来てくれたんだ!」
「ああ、来たよ」
ベッドの上で寝ていた昴は来客がジバシだと分かると、パッと表情を明るくした。笑顔に陰りもなく、元気そうだ。
「ねぇジバシ。良かったら、ちょっとお話しない? 一人で病室にいると退屈なの」
「ああ、良いよ」
昴の可愛らしいお願いを聞き届け、ジバシは病室に備え付けてあるパイプ椅子に腰掛けた。
ベッドの上の昴と何気なしに目線が合い、ジバシは言いしれない気分になる。
一度失ったはずの彼女の笑顔が、今、目の前にある。何故昴が蘇っているのかは分からない。それでも今度こそは彼女の笑顔を守ってみせると、ジバシはそう堅く決意した。
昴はそんなジバシの様子に気付かず、軽く世間話でもするかのようにジバシに問うた。
「そうだ。ジバシはさ、今、お父さんがどうしてるか知ってる?」
ジバシは言葉に詰まる。
八部江やナツキの話によると、昴の父親である永見孝三は既に死亡が確認されている。おそらく昴はそのことを聞かされていないのだろう。
ジバシは彼女に本当のことを告げるか迷ったが、誤魔化すことに決めた。
「……それは、今俺の上司のナツキ支部長が調べてくれているよ」
「そっか……。お父さんに、ジバシのところに行けって言われたときにお父さんも一緒に行こう、って言ったんだけどね。お父さんはやることがあるから、って言って、そこから別行動になっちゃったんだ。……お父さん、何だか妙に焦ってたし、連絡もつかなくなるし……。何だかいやな予感がしてさ……」
昴が心配そうに呟く。ジバシは彼女を不安にさせないために、笑いかけた。
「……大丈夫だよ。それに、何かあっても俺が側にいるから」
告白ともとれる男らしいジバシの言葉で、昴の頬にパッと赤みが差した。突然のことに戸惑い、あぅ、と言葉に詰まってしまう。照れ隠しにか、昴は首から下げていたペンダントをもじもじとしながら弄り始めた。
そのロケットペンダントを開けたり閉めたりして、恥ずかしくなったのか手で弄っていたロケットペンダントのことに早口で話題を変える。
「あっ、そうだ。その、これね!」
ロケットペンダントをかぱりと開けて、身を乗り出して中の写真をジバシに見えるよう差し出した。ジバシもペンダントの中を覗く。
中に入っていたのは、遊園地で撮ったらしい昴と孝三のツーショット写真だった。二人とも笑顔で映っており、とても楽しそうだ。
「これ、前にお父さんと一緒に遊園地に行ったときに撮った写真なんだ。……何だか今は大変なことになっているけど、落ち着いたらまたお父さんと一緒に遊園地に行きたいなぁ……」
そのときのことを思い出すようしみじみと呟く昴。そんな無邪気な昴の言葉が、ジバシにはとても辛く感じた。
その時。ジバシは昴の持つロケットペンダントに違和感を覚えた。
注視すると、何やらロケットペンダントの写真が不自然に膨らんでいる。まるでもう一つ下に何か入っているようだ。
ジバシは気になり、昴の顔を見た。
「昴、ちょっとそのペンダント、見せてくれないか?」
「え? いいけど……」
昴が首から外したペンダントを受け取り確認すると、写真の下から小さく折りたたまれた一枚の紙が出てくる。
「何その紙? あたし、そんなの入れてないよ? お父さんが入れたのかな?」
昴もそんなメモの存在は知らなかったらしい。ジバシは昴に許可を取り、紙を開いた。
中には手書きで、『Pleiades』と書いてあった。
何かの暗号か何かだろうかと、ジバシは首を傾げる。
プレアデス。和名が“すばる”と名付けられた、星団の名前だ。そんな正体不明のメモが『昴』のペンダントから出てくるのは、何か作為的なものに感じられた。ただの悪戯と考えるのも不自然だろう。
ひとまずジバシはこのことを、ナツキへと報告することに決めた。
ジバシが病室で昴と話していたころ。ナツキはパソコンに向き合い、UGNのデータベースにアクセスしていた。
永見孝三の研究データはデータベースに残されており、すぐに見つけることが出来た。しかし詳細ファイルを開こうとすると、パスワードの入力が要求された。
パスワードの心当たりなどナツキにあるはずもなく、途方に暮れてしまう。
「パスワード……困ったな」
そのとき、ナツキの携帯電話に再び着信が入った。画面を開くと、着信の相手はジバシだった。
「電話か? もしもし」
「支部長、昴のことについて報告が。昴が持っていたペンダントから『Pleiades』と書かれたメモが出てきました」
「何だって? ……なるほど、でかしたぞジバシ!」
「何だかよく分かりませんが……報告は以上です」
ナツキは昴のペンダントから出てきたその言葉こそが、研究ファイルを開くためのパスワードではないかと考えた。
すぐさまキーボードを叩き、『Pleiades』と入力する。エンターキーを叩くと電子的なポップ音が鳴り、ファイルのロックが解除された。
小さく、ナツキは笑みをこぼした。
「……私は優秀な部下を持ったな」
中に保存されていた研究データの詳細に、ナツキはすぐに目を通していく。
だが読み進めていくうちに、ナツキは奇妙なことに気がついた。
永見孝三は、レネゲイドを用いた死者蘇生に関する研究をしていたらしい。そこまでは構わないのだが、研究レポートの記録によると、どうもその研究は未完成のままらしい。
半年前に死んだはずの昴は蘇り、ナツキたちの前に姿を見せている。その秘密に深く関わっているであろう、永見孝三が行っていた死者蘇生の研究。だがそれが未完成だとしたら、永見昴はどうしてこの世に蘇っているのだろうか。
ナツキの表情からゆっくりと血の気が引いていく。何か、得体のしれないものに気付いてしまったかのような、空恐ろしさを感じた。
そんな中、研究データに混じるようにして残された、永見孝三が書いたと思われる日記ファイルが見つかった。
恐る恐るクリックして開くと、中の文章がディスプレイへと映し出された。
『○月×日
死んだ昴を蘇らせるためにレネゲイドの研究を続けてきたが、完全に行き詰まってしまった。やはり、死者の復活など人間の手には余る所行なのだろうか……?
△月□日
研究中に異常発生。アレは一体何だ? あんなものが存在しうるのか? レネゲイドウイルスが知性を持つなど……。
□月○日
レネゲイドそのものが知性を持つことはあり得ることのようだ。それは『レネゲイドビーイング』と呼ばれる新たな種とされるらしい。知人の研究者からその詳細を聞くことが出来た。さらに彼女との意思疎通にも成功。彼女はどうやら他の生物の記憶やレネゲイドを取り込み、それらを元に擬態する能力を持っているようだ。……あの力を使えば、新たな昴を生み出すことが出来るかもしれない。
×月○日
彼女から、新たな昴を生み出す計画について同意を得られた。私は昴を、彼女は確固たる自我を欲している。おたがいの利益のために協力関係を築くことが出来そうだ。
×月□日
FHが彼女の存在に気付いた。私では彼女を守り切る事が出来ない。計画を前倒しにするしかなさそうだ。彼女をジバシ君の元へ向かわせることする』
日記はそこで終わっていた。
ファイルを読み終えたナツキの頭の中には、様々な仮説や推論が浮かんでいた。だがどれも、確信を持てない。
ひとまずこの孝三の研究内容をジバシや八部江へと伝えるべく、ナツキは携帯電話を取りだした。




