ミドルフェイズ2
――廃ビル群にある、放置されたビルの一角。薄暗い部屋の中、ひどく危険な雰囲気の漂う男“バンダースナッチ”が、恐怖に震える部下から報告を受けていた。
「女をUGNに攫われた? へぇ、そいつは失態だなぁ、オイ?」
部下に向かって威圧的に言葉を放つバンダースナッチ。部下は青白い顔で必死に謝っている。
「も、申し訳ありません! 今すぐにでも少女を奪還すべく、部隊を派遣いたします!」
それを制する“バンダースナッチ”。
「いや、部隊は出さなくて良い。ちょうど退屈していたところだ。俺が行くことにするよ。――あぁ、そうそう。それと、役立たずは俺には必要ない。――死にな」
背後に突如現れた狼のようなバケモノが部下の喉笛に食らいつき、その命を奪う。“バンダースナッチ”は立ち上がり、廃ビルを後にした。
突然の爆発音に、ジバシ達は身構える。それと同時に、肌を刺すような空気の変化――ワーディングエフェクトの気配を感じ取った。おそらく、FHの襲撃だろう。
「来たか!」
「支部長、行きましょう!」
「ああ!」
三人はすぐに爆発の起きた正面入り口へと駆けだした。
ここはUGNの所有する病院であり、こうした非常事態に備えて何名かのエージェントが襲撃に備えて派遣されている。しかし彼らはすでに襲撃犯と交戦し、負傷させられたようだった。
彼らを倒した襲撃犯と思われる男は何と一人。この男は一人でUGNのエージェント達を倒した、かなりの実力者のようだ。
男はジバシの姿を認めると、声を張り上げた。
「オイ、そこの奴!」
「何だ!」
ジバシは身構え、襲撃犯の男に応じる。男は値踏みするよう、ジバシを睨みつけた。
「永見昴を連れて行った、ってのはお前だな。あの女は俺のモノだ。今すぐ返しな」
昴の名前が出た途端、ジバシは剣呑な表情で男を睨みつけた。
「はっ、笑わせるなよ」
ジバシの抜き身の刃のような殺意を受け、男は愉快そうに凶悪な笑みを浮かべた。
「ほう、言うじゃないか。なら、力ずくで奪わせて貰うぜ!」
襲撃犯の男は獰猛に叫ぶと腕を突き出す。そしてその腕から大量の血が流れ出した。突然の自傷行為に三人は驚くが、その理由をすぐに理解する。
どろどろと地面へと流れる大量の血液はおよそ人間一人から生成されるとは思えないほどの量だ。さらにその血液は独りでに動き出し、血液で出来た深紅の大きな狼の化け物になった。
――血液を操るシンドローム、ブラム=ストーカー。
ジバシは背中の刀を抜き、切っ先を化け物へと突きつけた。それに追従するよう、八部江とナツキの二人も身構える。
男は自らが生み出した狼の化け物をけしかけた。
狼は大気を振るわせる大声で吠えると、まずはジバシ目がけて駆けだした。四本の足で力強く地面を蹴り、その前足の鋭い爪がジバシ目がけて振るわれる。
爪が眼前に迫る。ジバシはまだ動かない。
狼の攻撃速度に反応が出来なかったわけではない。
「――どうした、届いていないぞ」
仲間を信頼しているのだ。
ジバシの目前のコンクリートが突如として隆起し、防壁となって狼の一撃を防いだ。
「――フッ、雑魚が」
防いだのは八部江だ。彼のシンドロームであるオルクスの力を使い、地面のコンクリートを持ち上げることで即席の盾としたのだ。
狼は自らの体そのものである血液を滴らせ、感情のない瞳で次なる獲物を見定める。
接近戦が不得意な八部江は狼から距離を取るため、もう一つのシンドロームであるバロールの力を行使した。周囲の重力を制御し、体を後ろに引っ張ることで狼から素早く距離を取る。
その動きに反応したのか、逃げる八部江を追いかけようと狼は四肢に力を込める。
だが八部江の移動の隙を埋めるよう、ナツキは化け物へ攻撃を繰り出した。
サラマンダーシンドロームの力で急速に空気中の水分が冷やされ、ナツキの手元に氷の槍が生成される。鋭い切っ先の氷槍が勢いよく撃ち出され、駆け出そうとしていた狼の体を抉るように貫いた。
攻撃を受けても、操り人形でしかない狼は悲鳴一つあげることはなかった。体の抉られた箇所を補うよう、血液で形作られた体が再構築される。
だがナツキの一撃はダメージを与え、狼を怯ませることは出来た。さらに八部江が攻撃を防ぐことで稼いだ隙の間に力を溜めていたジバシが地面を蹴る。
速度を乗せて踏み込み、刀を上段に振り上げ、よろめいた狼目がけて斬りかかる。即席ながら呼吸の合った三人の連携攻撃だった。
風を切り裂く衝撃波を伴った強烈な斬撃。当たればひとたまりもないだろう。
だが狼は巨体に似合わぬ反応を見せ、ひらりと攻撃を避けてみせる。ジバシの放った衝撃波が地面を砕き、破片を舞いあげた。
ジバシは短く舌打ちをする。敵の動きはかなり素早いようだ。
狼は後ろに下がった八部江を無視し、攻撃対象を自分にダメージを与えたナツキへとシステマチックに切り替える。
素早く距離を詰めると、大きな前足を無造作に振り上げるようにして爪を振るった。
八部江が先ほどと同じく地面を持ち上げて盾を作ろうとするが、間に合わない。
ナツキも避けようとするが回避しきれず、前足に引っかけるようにして吹き飛ばされる。
「ぐはぁっ!」
切り裂かれたナツキの体から血が吹き出し、地面を赤く染める。地面を転がりながら、ナツキはレネゲイドを活性化させてどうにか傷口を防いだ。
狼はさらにナツキへ追撃を加えようとする。だが、八部江がそれを防ぐため攻撃を放った。バロールの邪眼が妖しく光り、狼の体を巻き込むように重力がねじ曲げられた。血液で出来た体は歪まされ、過剰な重力により片足を引きちぎられる。重心が崩れ、狼は体勢を崩した。
傷口をどうにか塞いだナツキは反撃のチャンスだと思い、手のひらに大きな炎の球を作り出す。氷を用いた物理的な攻撃は液体で構築された狼には効果が薄いと思い、炎での攻撃に切り替えたのだ。
真っ赤に燃え上がる炎球が放たれる。
だが片足を失っていながら、狼は軽やかな動きで跳躍し炎球を回避してみせる。地面に着弾した炎は周囲を焼くが、その範囲から既に狼は離脱している。
「支部長、弾速が足りてないっす!」
「俺に任せとけ!」
ジバシが再度日本刀を構え、跳びはねた狼の着地点目がけて踏み込んだ。
「昴は渡さねぇ! くたばれっ!」
狼は空中で体をよじりどうにか攻撃を躱そうとするのだが、ジバシはその動きにタイミングを合わせて日本刀を振りきった。
刀は見事、狼の体を真っ二つに切り裂く。残心を取るジバシの背後で、狼はただの血の塊に戻り、べちゃりと地面へ落ちた。
刀に付いた血を振り払うと、ジバシはその切っ先を襲撃犯の男へ向ける。
後方で戦闘を見ているだけだった男は、自らの従者が倒されたにも関わらず余裕の表情だった。
「ほう、やるじゃねぇか。俺の従者をやるとは」
「……やかましいんだよ」
ジバシの放つ殺意を受け、男はニヤリと笑みを浮かべる。
「……コイツは本気でかかったほうが良さそうだな。良いだろう、今回は引いてやる。だが、次は女を頂くぜ。それまでせいぜい大事に扱ってやるといいさ」
捨て台詞を残すと服を翻し、男はその場から逃走を図る。
勿論、ジバシ達がそのまま逃がすはずはない。
ジバシはハヌマーンのスピードを活かし、逃げる男に追いつきその背中を日本刀で切りつけた。男は胴体を半分に切られ、地面に倒れた。だがその体は先ほどの狼と同じように血液の塊へと変化してしまう。どうやら、この男の体も偽物のようだった。
「腹立つ奴だな……」
ジバシは苛立たしげに呟き、刀を鞘へ戻す。
襲撃犯の男を撃退することに成功したが、またいつ襲ってくるか分からない。漠然とした不安だけを残し、戦闘は終了した。
・ワーディング
超能力者たちがバトルしても一般人に被害がでないご都合主義フィールドを形成する超能力。とても便利。
・シンドローム
レネゲイドウイルスによって発症する超能力の総称。
・オルクス
領域を操るシンドローム。とても格好良い。
・バロール
重力を操るシンドローム。とても格好良い。
・サラマンダー
炎と氷を操るシンドローム。とても格好良い。