ミドルフェイズ1
ナツキから今後の任務説明のため支部長室まで呼びだされたジバシ。また、FHに追われているところをジバシが保護した少女――永見昴の処遇についても考えなくてはならないからだ。
ジバシもまた、永見昴を保護した時の状況の詳細をナツキに報告していた。
FHの下っ端らしき男が二人、昴を追跡していたこと。昴は父親である永見孝三に言われ、ジバシの元へやってきたということ。そこで自分に守って貰うよう言われたこと。しかし、昴は半年前の襲撃事件で命を落としているはずだということ。
ジバシからの報告を受け、ナツキは頭を悩ませる。まだ不明瞭なことが多すぎるのだ。
そこでジバシは一つ、思い出したように口を開いた。
「そうだ支部長。死体の処理、二人分お願いします」
ジバシが倒したFH構成員二名の処理だ。ジバシは何でもないように言うが、ナツキは眉をひそめる。
UGNは決して不殺を掲げる組織ではない。UGNは勿論、世界がレネゲイドにより混乱することのないよう活動する組織だが、FHとの凄絶な戦いでUGNエージェントが命を落とす事もあれば、FH構成員の命を奪うこともある。
しかしジバシの最近の行動は目に余るものだった。FHに対する行き過ぎた憎悪はレネゲイドを呼び起こし、ジャームになってしまう危険がある。
そのことをやんわりとジバシに伝えるナツキだが、
「――あんな悪は、処分されて当然なんだよ……」
そう呟くジバシに、ナツキは一層不安を覚えるのだった。
「……次にやったら、処遇を考えないといけないかもな……」
優秀な人材だが、半年前の事件以降、思考が復讐に囚われている。仲間がジャームになってしまわないよう、ナツキはより一層ジバシに注意を向けるよう決めた。
「ひとまず、バンダースナッチの捜索を引き続き頼む。それから、私がそのバックアップに付くことにした。頼むぞ」
ナツキは神妙な面持ちでジバシに告げた。
そのとき支部長室のドアがノックされた。ナツキは声をかけて入室を促す。
ドアを開けて入ってきたのは一人の少年――八部江だ。
「確かお前は、シューラヴァラの時の」
ジバシは部屋に入ってきた八部江を見て呟く。
ナツキも八部江がやってくることは事前に聞いていたため、笑顔で彼を迎える。
「久しぶりだね、八部江君。その後、彼女とはどうなんだい?」
以前、この三人が関わった事件――FHエージェント“シューラヴァラ”により八部江のクラスメイトの少女、綾瀬が誘拐された事件だ。その事件以降、八部江はUGNイリーガルとしてUGNに協力している。
事件以降、綾瀬と八部江は親しい関係にあるようだが。
「……まぁ、良い感じですね」
いきなりそのことを尋ねられ、少し照れたように答える八部江。
だがすぐに調子を戻し、自分が受け取った手紙――永見孝三の最期の手紙の詳細をナツキに報告した。
永見孝三の言う、昴を取り戻す手段。そしてFHに目をつけられたこと。孝三が最期に昴を守ってほしいと八部江に願っていたこと。新たな情報は増えたが、しかしそれだけでFHの目的がわかるわけではなかった。
FHへの対策に、ナツキを始めとする三人は頭を悩ませた。
そこへ、一本の電話が入る。ナツキの元へ届いたそれはUGNの病院に搬送された永見昴が意識を取り戻したという報告だった。
連絡を受け、ジバシ・ナツキ・八部江の三人はUGNの病院までやってきた。
医師によると、昴の容態は安定しており面会も可能とのことだった。三人はすぐに昴の病室を訪れる。
「永見さん、大丈夫?」
「気がついたかい?」
ベッドの上で横になっている昴はジバシの顔を見て、どこか安心したような表情を見せた。
「ジバシ……? あ、そっか……。あたし、キミに助けて貰ったんだ……」
確かめるように呟くと、笑顔をジバシへとむける。
「助けてくれて、ありがとう」
昴の礼に頷きジバシは笑みを浮かべ、
「君は何も見ていない。そう、何も見ていない」
何やら暗示でもかけるかのように昴へ語り始めた。
「暴漢に襲われそうになっていたところを、間一髪で俺が助けたんだ。その暴漢二人は、逃げていったよ」
ジバシが語ったことを、倒れたときの記憶が曖昧なのか昴は素直に信じてしまう。
「そっか、ありがとう!」
「いえいえ」
「それで……後ろの二人は?」
どこか不安そうな表情になる昴を安心させるようにジバシは二人を昴に紹介した。
イリーガルである八部江と、N市支部長のナツキ。二人がUGNの関係者であると知って昴はほっと胸をなで下ろした。
「そっか、二人ともUGNの人なんだね」
「……ところで――この半年間の行動が知りたい」
昴との会話が落ち着いたところで、ジバシがそう切り出した。
昴はジバシに促され自身の記憶を思い出そうとする。しかし、
「……よく分からない。気がついたらお父さんの研究所に居て、すぐにジバシのところに行けって言われて……」
記憶が曖昧で思い出せないようだった。
「そうだ、それから絶対になくさないように、ってこのペンダントを渡されて」
「なにっ?」
昴はそういって首から提げたペンダントを三人に見せた。
そのペンダントに、ジバシは見覚えがあった。それは半年前、昴が命を失う間際に「お父さんに返して」と言われて受け取ったものだった。ジバシは昴から託されたそのペンダントを、事件後に父親の永見孝三に確かに返したはずである。
そのペンダントが再び、永見孝三から昴へと渡されているのだ。
「それから、途中で黒ずくめの変な人達に襲われて……どうにか逃げてこの街までやってきて……」
黒ずくめとは昴が襲われていたFHのことだろう。昴はそうしてさらに記憶をたどっていこうとするのだが、突然首を傾げた。
「あれ? どうしてあたし、お父さんの研究所に居たんだろう。普段は研究所には入っちゃダメって言われているのに……。というか、お父さんにジバシに会いに行くよう言われる前は……あたしは……?」
呟きに困惑が混ざり、徐々に昴の様子がおかしくなる。呼吸が乱れ、苦しそうに頭を抱え始めた。その異常にジバシは慌てて昴に駆け寄り、大声で医者を呼ぶ。
「ドクタ――!」
ジバシの声を聞きつけて病室に飛び込んできた医師が、すぐに昴の容態を確認し始めた。落ち着くように声をかけ呼吸を整えさせると、精神的にも落ち着いてきたらしい。
だが医師は振り返ると、三人に、
「しばらくは彼女を休ませてあげた方が良い。面会はここまでにしておきましょう」
と言った。
「昴さん、また来ます」
ナツキがそう言い残し、三人は昴の病室を後にした。
「もう記憶のことを聞くのはやめておこう」
「そうだな」
昴の身を案じる八部江の言葉に、ジバシも賛同する。
三人は病室の廊下を歩きながらこれからの予定を話し合う。とはいってもその内容は穏やかなものだ。
「とりあえず、これからどうしますか。支部長の店でナポリタンでも食べますか?」
「ナポリタンに一票」
お昼時ということもあって腹を空かせたジバシの意見に八部江も賛同し、
「ナポリタンね」
二人に柔らかい笑顔を向けるナツキ。
そんな穏やかな空気を切り裂くように、病院の前で大きな爆発が起きた。
・ジャーム
レネゲイドウイルスを使いすぎて理性を失ってしまった超能力者のこと。基本的にFHの敵はみんなジャーム。