オープニングフェイズ2
瓦礫が散乱するUGNの研究所。乾いた血の跡が残るその施設を、一人の少年が歩いていた。
「何だこれは……!」
彼の名前は八部江。彼はUGNのイリーガルであり、この研究所にも自らのレネゲイドコントロールの訓練のために何度も来たことがある。
だが勿論、彼の知る研究所はこんな惨状ではない。
犠牲となったUGNエージェント達の遺体はすでに回収されているが、それでも破壊された施設の様子から襲撃の苛烈さが想像出来る。
八部江が破壊された施設を進んでいくと、研究所の通路に一人の男性が立っているのが見えた。白衣姿のその男は血の跡が残る地面を、暗い表情で見つめている。
「……何をしているんですか、ここで」
「……やぁ、八部江君か」
八部江に声をかけられ、男は振り返った。
男の名前は永見孝三。この研究所の所長であり、レネゲイドに目覚めて日の浅い八部江にレネゲイドコントロールの手ほどきをしてくれた人物の一人だ。
八部江は孝三のことを、師匠と呼び慕っている。
そんな孝三は心ここにあらず、という様子だった。
「……ここでね、昴が――私の娘が殺されたんだ。たまたま研究報告の為に外に出ていた私が助かるなんて……」
「本当ですか……!?」
UGNの戦闘エージェントだけでなく、研究所の関係者など多くの人間がこの襲撃の犠牲となったとは聞いていた。だがまさか、その中に孝三の娘もいたとは。
八部江は言葉を失ってしまう。
暗い表情で孝三は呟いた。
「……どうせなら、私が死んで娘が助かれば良かったのに」
「そ、そんなこと言わないでください、師匠! 師匠が死んだら、僕は……!」
八部江は必死に孝三を励まそうとする。その言葉に、孝三は優しく笑顔を作った。
「ありがとう、八部江君。だが、今は少し、一人にしてほしいんだ……」
やんわりとした拒絶の言葉に、八部江もこれ以上は師匠を苦しめるだけだと判断する。
「……分かりました。僕は失礼します」
頭を下げ、孝三に背を向けて八部江は歩き出す。
そのとき、孝三の呟きを八部江の耳が捕らえた。
「……私は昴を取り戻す。普通なら不可能かもしれん。だが、レネゲイドの力を使えば、きっと……!」
その何かを決意するような孝三の呟きに、八部江は言いしれぬ不安を覚えた。
自宅の呼び鈴が鳴り、八部江の意識が浮上する。どうも、すこし眠っていたようだ。
師匠の夢を見るのは久しぶりだった。半年前の襲撃事件以来、永見孝三はレネゲイドの研究に没頭しており、八部江と会う機会もほとんどなくなっている。
軽く頭を振ると立ち上がり、玄関のドアを開ける。そこには一人の男性が立っていた。
「八部江さん、ですね。私はUGNの者です。あなたに、報告とお届け物をお持ちしました」
こうしたUGNからの連絡はイリーガルとしてUGNに協力している八部江の元にたびたび届く。
「あ、お疲れ様です」
八部江が手渡されたのは一通の手紙だった。
「永見孝三さんをご存じですね? かつて、あなたの訓練を担当した男です」
「私の師匠です」
「彼が、殺害されました」
告げられた突然の訃報に、八部江は呆然とした表情になる。
「……まだ犯人は捕まっていませんが、FHエージェントの手によるものだと推測されます」
「そ、そんな……!」
拳を握りしめ、八部江は悔しさを滲ませる。
「仇は、俺が、討つ!」
「その手紙は、永見孝三さんがあなた宛てに遺した手紙です」
連絡員の男の言葉を受け、八部江はすぐに手紙の封を切った。
『親愛なる八部江君へ。君がこの手紙を読んでいるとき、私はすでに殺されているだろう』
そんな書き出しに八部江は驚いた。そして食い入るように続きを読む。
『昴を失って以来、私は彼女を蘇らせるために心血を注いできた。そして、ついに私はその手段を手に入れた。だがその研究がFHに目をつけられてしまった。昴が奴らに捕まれば、人体実験の材料にされるだろう。私は手遅れになる前に、一番近くにいる味方となりえる人物、N市にいるジバシ君のもとへ昴を向かわせることにした。そして八部江君。昴を守るために、君にも力を貸してほしい。身勝手だと思うが、最期の言葉だと思って聞き届けてくれないだろうか?』
八部江に宛てた孝三の最期の手紙には、そう綴られていた。
「師匠の言葉なら、命に代えて、守りますっ!」
八部江は指示を仰ぐため、N市のUGN支部へと向かうことにした。
・イリーガル
緊急時にはUGNに協力する、臨時職員のようなもの。