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オープニングフェイズ1


 耳を突くような甲高い警報が鳴り響き、あちらこちらで光る赤いランプが非常事態を告げている。床や壁は赤に染まっており、むせ返りそうなほど血の匂いが立ちこめている。

 襲撃を受け、殺されたUGNエージェントの死体があちこちで無惨に転がっていた。

 そんなUGNの研究所内を決死の表情で走るのは、一人のUGNチルドレン――ジバシ。

 彼は知り合いである少女、永見昴を探していた。


「永見さんはどこだ……!?」


 彼女が無事に生きていることを願ってジバシは施設内を走る。すると、廊下の奥の血だまりに横たわる少女の姿を見つけた。


「昴っ!」


 ジバシは叫び、彼女の元へ駆け寄る。そしてぐったりとうなだれる昴の体を抱き起こした。その体は、不安になるほど軽かった。


「昴、大丈夫か!?」


 昴の体は流れ出る血で真っ赤に濡れている。まだ辛うじて息はあるようだが、彼女の命が風前の灯火であることは明らかだった。

 ジバシに抱きかかえられ、昴は薄く目を開けた。そしてジバシの顔を見て弱々しい笑みを浮かべる。


「ジバシ、来てくれたんだ……」

「うん……」

「真っ赤な怪物が襲いかかってきて……逃げようとしたんだけど、逃げ切れなくて」


 彼女の言う怪物とやらが、この研究所内の惨状を作り上げたらしい。

 昴は自分の血で染まった手で首から提げたペンダントを外し、ジバシに差し出した。


「ねぇ、ジバシ。これを持って行ってくれないかな?」


 そのペンダントはジバシが知る限り、彼女がいつも肌身離さず身につけていたものだ。なぜ今、それをジバシに渡そうとするのか。ジバシは首を弱々しく横に振り、拒む。


「いや、そんな……まだ助かるよ!」


 まるで聞き分けのない子供に言い含めるように、昴は精一杯に笑顔を作った。


「これ、お父さんから貰った誕生日プレゼントなんだ……」

「そんな大切なもの、貰えないよ!」

「あたしの宝物だけど……あたしはもう駄目みたいだからさ……。せめてこれをお父さんに返したいんだ。ジバシ、頼まれてくれるかな……?」


 ペンダントを差し出す昴の手が微かに震えていることに、ジバシは気がついた。きっと彼女はもう手を持ち上げるだけで精一杯なのだと。それでも気丈に、ジバシを出来る限り不安にさせないように笑う昴。

そんな彼女の姿に耐えられなくなり、ジバシは昴の手を取ってペンダントを受け取った。

 ペンダントがジバシに手渡されると、昴はいっそう儚げな笑顔を作る。


「ありがとうジバシ。ごめんね……」


 昴の体から力が抜ける。ジバシの腕にかかる重さが、彼女が目を覚ますことはもう二度とないのだと告げていた。


 ――真っ赤な怪物。


 まるで手がかりにはならないかもしれない。だが、そいつがこの惨劇を引き起こし、昴の命を奪った。それだけは確かだ。


 ――見つけ出して、この手で殺してやる。


 ジバシはそう、誓った。




「……クソッ、結局あの赤い怪物は見つからないままだ……!」


 半年前の記憶をふと思い出したジバシは、苛立ち混じりに吐き捨てた。

 今はN市支部所属のUGNエージェントとして活動しているジバシだが、半年前からずっと昴を殺したとされる赤い怪物を追っている。


「……何としても殺してやるっ!」


 ジバシは半年前の事件以来、FHの動向を精力的に調べるようになっていた。赤い怪物がFHの手の者だという確証はないが、何かしらの手がかりを知っているのではないかと考えている。そして何より、レネゲイドの力を悪用し他人を傷つける行為を厭わないFHに強い怒りを覚えていた。

 今もジバシは、この街に侵入したとされるFHのエージェントの捜索任務に就いていた。

 背中に武器である日本刀を背負い、賑わった繁華街の中を歩いてゆく。

 さりげなく周囲に視線を巡らし、怪しげな人物がいないかどうか探す。


 すると、ハヌマーンであるジバシの耳が、繁華街の雑踏に混じる奇妙な音を捕らえた。

 その音は繁華街から外れた路地裏から聞こえてきて、何やら騒がしい足音や怒鳴る男の声などだ。

 荒事の気配を感じ取り、もしかしたら目的のFHたちかとジバシは口元に笑みを浮かべ路地裏へと足を向ける。

 路地裏を進むと、徐々に声がはっきりと聞こえ始めた。それは焦りを帯びた男の声だった。


「――クソッ、逃げ足の速い女だ! UGNに見つかると厄介だ。早く捕まえろ!」


 UGN、という単語にジバシは彼らがFHの者だと確信する。

 そして路地の奥に二人組の男の姿を見ると、すぐに駆け寄った。そこでFHの男達も背後から迫るジバシに気がつき、振り返る。

 その男達の後ろには誰かが座り込んでおり、この男達がその人物に襲いかかる直前だったことがうかがえた。

 男達はジバシを見て短く舌打ちをした。


「チッ、UGNか。邪魔するならば死ね!」


 男の一人が右手を突き出す。次の瞬間、男の手が光を放ち、発生した稲妻がジバシへ襲いかかる。

 ――そして大きな音を立てて、ジバシが居たはずの地面を焼いた。

 稲妻を放った男の顔が驚愕に染まる。


「それは残像だよ……」


 男の背後で囁く声。すでに背中の日本刀を抜いたジバシが、そこにはいた。

 男が反応するよりも速く日本刀を振り抜き、一刀のもとに切り捨てる。ドチャリ、と水っぽい音を立てて男は自らの血の海に沈んだ。

 さらに隣に居た男にも目にも止まらぬ速さで刀を振るった。しかし、こちらは峰打ちだ。

 すさまじい速度で打ち据えられ、二人目の男も地面に倒れ伏す。

 ジバシはその男の右手を踏みつけ、威圧するよう言った。


「さっきの話は何だ?」


 FHの男は半死ながらもジバシを睨み返す。


「誰が話すものか!」


 次の瞬間、ジバシは男の右手の指を踏み砕いた。

 痛みに男は絶叫をあげる。その様子をジバシは冷めた目で見下ろしていた。


 そこでその悲鳴を受け、路地の奥で男達に襲われそうになっていた人物がジバシに気がついた。

 襲われそうになっていたのは一人の少女。彼女は自分が助けられたのだと気がつき、ぎゅっと閉じていた目を恐る恐る開いた。


「ジバシ……?」


 その疑問の声は、すぐに確信へと変わる。


「ジバシだ! ねぇ、あたしのこと覚えてる? 永見昴だよ!」


 そう、その少女はジバシのよく知る少女、永見昴だった。その姿はジバシの記憶の中の昴と何一つ変わっていない。

 ジバシもそこでようやく、昴の姿に気がついた。突然のことで気が動転してしまう。


「ちょ、ちょっと待って! い、いや、これは違うんだ!」


 親しかった少女に自分の冷酷な姿を見られたことに焦り、誤魔化そうと口早に言葉を紡ぐ。


「こ、これは残像なんだ!」


 そんな意味不明なことを口走りながら、手に持っていた刀を慌てて鞘にしまう。さらにそのままさりげなく、踏みつけていた男の指をもう一本踏み砕いた。再びの痛みに男は悲鳴をあげることもなく気を失う。


「いや、これは違うんだよ!」


 視線を左右にさまよわせて狼狽えるジバシ。だが昴はジバシの顔を見て喜んでいるようだった。


「よかった、ジバシに会えた! お父さんの言ってた通りだった!」

「……そんなことを言っていたのか?」


 昴の言った言葉で、ジバシが冷静さを取り戻す。

 昴の父親――永見孝三が昴に、俺に会うように言ったのか?

 落ち着くにつれ、ジバシの思考が纏まり始める。


「うん、お父さんがね。ジバシがN市にいるから、彼に守ってもらえって」

「……どうすればいいんだ? というか、死んだはずだよな?」


 そう、そのはずなのだ。永見昴という少女は半年前、ジバシの腕の中で確かに命を落としたのだ。それが今、当時と変わらない姿のまま、変わらない笑顔をジバシに向けている。

 ジバシの口から零れた疑問に、昴は疑問で返す。


「え? 何? 死んだってどういうこと?」


 その様子はとぼけているようには見えず、どうも彼女は本当に何も分かっていないようだった。

 だが、しばらく頭を捻っていた昴の様子が急におかしくなる。苦しそうに頭を抱え、呻き始めた。そしてそのまま倒れてしまう。

 その明らかにおかしな様子に、ジバシはすぐに携帯電話を取りだして救急車を呼んだ。だが呼ぶのは普通の救急車ではなく、UGNの息のかかった病院のもの。ジバシは昴がFHに追われていたことから、レネゲイドにまつわる荒事の気配を感じたのだ。


 すぐに救急車が到着し、中からUGNの救急隊員が出てくる。

 ジバシは気を失った昴を隊員に任せた。

 そこで、救急隊員が路地の奥に倒れる二人の男に気がついてそちらを見た。その男達も拘束すべきかと彼らは考えたのだが。

 あぁ、とジバシは隊員達の視線に気がつき、ゆっくりとした足取りで気を失った男に近づく。そして何の躊躇いもなく日本刀で男の心臓を貫いた。地面に赤い血がじわりと広がっていく。

 救急隊員はどこか青い顔をしてジバシを見た。その視線を受けたジバシが、無表情で言う。


「……ゴミを掃除して何が悪い?」


・UGN

 ちょっときな臭い噂もあるけど、おおむね世界の平和を守る正義の組織。


・FH

 たまに良い人もいるけど、おおむね悪いことをする悪の組織。


・ハヌマーン

 超能力の一種。振動と速度を司る。とても速い。


・レネゲイドウイルス

 超能力を引き起こす危ないウイルス。人以外にも動物とか無機物とか概念にも感染するという、とても不思議なウイルス。


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